第17話 警察官の主な仕事
「本当に面白いな、キミは。面白いからそのまま見ているといい。私には無い視点を持ちながら、私のような視点を持とうとしない。これは褒め言葉なんだがね、高松くんには強いプライドも向上心もない。すごく価値があることだ」
「褒め言葉って知ってますか?」
「この世界には『薔薇子さん下位互換』が多すぎるのさ」
なんて不遜な言葉だ、と高松は絶句する。この人は、ほとんどの人間を自分の下位互換であると言い切ったのだ。その上で、高松を別軸に置いている。
「高松くんは、私のようになりたいと思わないだろう? だからこそ、価値がある」
「はぁ・・・・・・なるほど?」
「いいね。キミは何もわかっていないキャラクターとして、この薔薇子さんの隣にいればいい。そして『な、何だってー』などと言ってくれる。読者共感型のキャラクターは、探偵につきもの。今の私に足りないピースだよ」
「必要ないピースじゃないですか」
自嘲気味に言う高松。彼が薔薇子の行動力や推理力を目の当たりにしているからこそ、自分は何も出来ていないのだと痛感していた。そんな高松の心情を察した薔薇子は、下唇を噛むようにして色っぽい笑みを浮かべる。
「そんなことはない。高松くんは、これと同じだよ」
そう言いながら、薔薇子はスカートを膝まで捲り、自分の右足を指差した。彼女の半分を支えている義足。確かに薔薇子の足代わりとして、走ったことだけは間違いない。それが薔薇子にとってどれほどの価値なのか、高松には漠然としかわからない。けれど、自分は無価値ではなかったのだと納得してしまった。
さらに不思議なことに、彼は嬉しいと感じてしまっている。彼女の綺麗な足をまじまじと見てしまったことは、今の感情とそれほど関係ない。
「と、とにかく、俺が言いたいのは、この屋上で事件解決するんですか、ってことです。俺と薔薇子さん、父さんと警察の人たち。それと飯島さんしかいないのに」
菊川警部、彼と共に屋上へ上がってきた制服警察官二人。薔薇子の指示で菊川警部が呼んだ飯島と、スーツを着た案内係の刑事。高松と薔薇子の他には、その五人しかいなかった。
新しい登場人物がこの場には存在しない。案内係の刑事も、高松が飯島の証言を聞いたときに側で制服警察官と話をしていた。
つい先ほど、飯島が屋上に上がってきたばかりで、刑事は彼に状況を説明しているところである。
「どうして私が、屋上まで呼ばれるんだ」
そう刑事に不満を漏らす飯島に対して、菊川警部が「詳しい状況をお聞きしたくて」と答えていた。
飯島の不満はそれだけではなく、高松や薔薇子が屋上にいることに対しても言及する。菊川警部としては「第一発見者の皆様を集めておりまして、彼らにも協力してもらっています」と返答するしかない。
時間がないといった様子で苛立っている飯島を宥めてから、菊川警部は薔薇子に歩み寄った。
「王隠堂さんに言われた通りにしたぞ、これでいいんだろ? さっさと始めてくれないか。警察はサンドバッグじゃあない」
飯島の苛立ちを受け止めていた菊川警部は、眉間に皺を寄せ、薔薇子に言う。
感情表現の機能が壊れている薔薇子は、率直な疑問を口にする幼児の如く、純粋な表情で聞き返した。
「おかしいな。警察官の主な仕事はサンドバッグだろう? 守っているはずの市民から、不満という石を投げられる。そんな仕事だ」
「そんな仕事はない」
「本質の話さ。職務質問や交通検問で嫌われてしまう。法律を守らせているだけなのにね。職務を全うしているだけなのにね。ああ、勘違いしないでくれよ。嫌われ役を買って出ている、と褒めているんだ。素晴らしいじゃないか。手帳の旭日章も誇らしいはずだよ」
「手帳の旭日章も、王隠堂さんを何らかの罪で逮捕できれば、喜ぶかもしれんな」
菊川警部にとって、最大の皮肉だった。しかし、薔薇子に嫌味など通じない。そもそも彼女は嫌味を言っているつもりなどないのだから、彼女の中にそんな概念は存在しない。
「菊川警部に『そんな仕事はない』はずだよ。私は何の罪も犯してはいない。さて、菊川警部の無駄話に付き合っても、時間を浪費するだけだ。さっさと幕を下ろすとしようか。もしくは幕を上げるとしよう」
「・・・・・・」
自分勝手な振る舞いをする薔薇子に対して、菊川警部は諦めたかのように口を閉じた。
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