第15話 気遣いの欠如

 一瞬だが高松は、言葉の意味がわからず呆然としてしまう。


「クライマックス?」

「言葉の意味は『最高潮』だよ」

「いや、そうじゃなくて・・・・・・もしかして、事件の真相がわかったんですか?」

「真相と呼べるほど、隠された内容でもないじゃないか。これくらい、誰にだってわかる。ああ、高松くんと菊川警部以外にはね」


 出会いから揺るぎない、薔薇子が吐く言葉の嫌味さ。共に過ごした時間で慣れてきた高松には、大して効かない。そもそも薔薇子に相手を傷つける意思などないので、過剰反応されない方が彼女にとって楽だった。

 

「何か言ったか?」


 ちょうど薔薇子が菊川警部の名前を出したタイミングで、本人が近づいてきており、訝しげな顔で頭を掻いていた。


「真相を暴くことが仕事であるのなら、少しくらい考えてみればどうかな、菊川警部。私が何を言ってたのかを、ね」

「どうせ褒められてたわけじゃないだろうし、そんなこと気にしてても仕方がないか。まぁ、いい、さっき王隠堂さんに言われたことは準備できたぞ。小さな痕跡だが、見つけたものもある」


 不満げに菊川警部が言う。納得できないが、そうせざるを得ない。そんな表情だった。これも薔薇子がいう『いい警察』の理由だろうか。

 事件解決につながるのであれば、意見を聞き入れ、捜査を進める。それは薔薇子にとっても好都合だった。


「当たり前だろう、菊川警部。完全解答を出した計算式の計算方法を、説明しているに過ぎないのさ。完全解答なのだから、間違えようがない。それと、あっちの方はどうなっているんだい? どれだけ推理しようと、調べなければわからないことはあるからね。それはキミたち警察の得意分野だろう。それ以外にできることがないとも言えるけれど」

「どうして毎回こうも一言多いんだ。警察がするのは事実と証拠に基づいた、科学捜査。根拠のない推理に頼ったりしないだけだ」

「せっかくそこにある証拠を、見事にも見落としているとは考えないのかい? 私は根拠のない推理はしないよ。むしろ根拠のない推論を嫌悪する側のつもりだがね。見えているものを正しく組み立てる。私はそれをしているだけだ。あと、菊川警部、昼に餃子を食べたね? 臭いのきつい食材を摂った後は、ブレスケアをするのがマナーだと思うのは私だけかな? と、一言多いのが不満そうだから、二言にしておいたよ」

「御配慮痛みいるよ、まったく。余計な言葉を省け、と言っているんだがな。いや、私の方で余計な話を省こう」


 菊川警部はそう言って、胸ポケットから手帳を取り出す。

 黒革の手帳をパラパラとめくり、ちょうど中心辺りで止めた。彼は再び頭を掻きながら、話を続ける。


「依頼された調査は現在進めている。詳細な情報はまだだが、被害者との繋がりは王隠堂さんの推測通りだった。新しい情報は連絡が届き次第、報告させる」


 菊川警部の話を聞いた薔薇子は、意外そうな表情を浮かべ自分のこめかみを指で叩いた。


「ふむ、動きが随分ゆっくりだね。どうしたんだい? 私の知らない間に『亀のような歩みをすること』なんて決まり事が出来たのかな」

「動かせる人員は無限じゃあない。事件だって、ここの一件だけじゃないからな。これでも全速力のつもりだ」

「なるほどね、菊川警部が制服警察官を二人しか連れていない理由も、それだね」


 二人の会話を聞いていた高松は、話の概要がわからず視線を左右するばかりだ。事件の話をしていることは間違い無いのだが、輪郭が掴めない。

 薔薇子の言葉を全て信じるのなら、彼女の頭の中に真相はある。菊川警部は、薔薇子の真相を裏付けるために行動しているのだろう。

 けれど、高松にはわからない。目まぐるしく飛び交う情報の尾にすら、手が届かないのだ。

 今のままでは蚊帳の外だ、と高松は言葉を挟む。


「父さんも事件の真相を知っているの?」

「あ、いや、私は知らない。王隠堂さんはいつも、最後の最後にしか話してくれないからな。そういう人なんだ」


 息子からの期待まじりな言葉に菊川警部は、申し訳なさそうに答えた。彼の中には『自分の無力さ』と『信じる正義』、そして罪悪感が入り混じっているのだろう。優先順位を考えると、そうするのが最適だとわかっていながらも、抵抗感が拭えない。菊川警部の『いい人』である部分だ。

 すると薔薇子が、含み笑いをしながら「だって」と話し始める。


「何度も同じ話をするのは面倒じゃないか。どれだけ美しい花でも、見慣れれば感動が薄れる。一度きりの美しさってものがあるだろう? 無粋なことを言うなよ、親子してさ」


 彼女はそう言うと、高松に歩み寄り彼の肩を掴んだ。


「薔薇子さん?」

「少しだけ肩を貸してくれるかな、高松くん。ずっと立っているのは疲れるんだ」


 思い返すと薔薇子は、自分の体重を左足に預けるようにして立っていた。その傲慢ともいえる態度と、凛とした姿のせいで失念しがちだが、彼女の右足は義足である。立っているだけでも疲れるのは当然だ。立っているだけ、という表現すら不適切かもしれない。


「あ、そうですね。えっと、どこか座れる場所・・・・・・」


 気遣いの欠如を反省しつつ、高松が周囲を見渡す。しかし、薔薇子は首を横に振った。

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