第13話 薔薇子の依頼

「それって断れるんですか?」

「高松くんなら、断らないと信じているよ。私のために走ってほしいな」


 ずるい、と高松は思う。薔薇子はこんな時ばかり、上目遣いで懇願するような表情を浮かべていた。自分の容姿を理解し、最大限に利用している。

 健康な高校生男子に断れるはずもない。

 

 ホテル内のエレベーターは止まっている。

 屋上から下りて、十階のエレベーターの前に立ってから、高松はそれに気づいた。どれだけボタンを押してもエレベーターは反応しない。


「宿泊客が外に出ないよう、エレベーターを止めたのかな。ってことは・・・・・・」


 先ほど薔薇子を背負って上ってきた階段を、今から下らなければならない。身軽になったとはいえ、十階分の階段は長い。

 それでも高松は、一度した約束を破ることなどできない性格だ。薔薇子との約束を反故にし、家に帰ったところでゆっくり眠れないだろう。

 そもそも、屋上には久しぶりに会った父親もいる。片足を突っ込んでしまった事件の真相も気になる。

 仕方がないのだ。刺さってしまった棘は、そう簡単に抜けないのだから。

 他人事でいるのを諦めた高松は、強く息を吐いてから非常階段に戻る。

 数分前、もしくは数時間前よりも外の風は冷えていた。規則的な自分の足音が、高松に今は一人なのだと強く思わせる。先ほどまで隣、あるいは背中にいた薔薇子の心強さを今更ながらに理解した。

 人が死んだのだ。肉体から血液と精神が流れ出し、一つの人生が終わる。その事実は薔薇子よりも重い。階段を下っている高校生の高松には重すぎる。


「人が・・・・・・死んだ」


 冷静さを取り戻した成長途中の精神は、ふと状況を理解した。あまりにもショックは大きい。本当に今更ではあるが、当然だ。命にはそれほどの重量がある。

 しかし、高松は足を止めない。事件発生時には救急に電話をすることが、先ほどまでは薔薇子が、高松の心を支えていた。そして今は、父親譲りだろう正義感と事件への好奇心、薔薇子への不思議な感情が足を動かしている。

 肺に、濡れた布でも貼り付けられたような鋭い痛みを感じながら、高松は大地を踏んだ。大地とは言っても、舗装されたコンクリートである。

 彼はそのままホテルのエントランスを通ろうと考えるが、中では警察官が聞き取り調査を行っていた。非常階段から下りてきたとなれば、調査対象になってしまうだろう。ここで足止めを食らうと薔薇子の期待に添えないことは、高松にもわかっていた。


「ホテルの中へは入れないか。別に悪いことはしていないはずだけど・・・・・・いや、事件現場への無断侵入か。めちゃくちゃ悪いかも」


 後ろめたさも相まって、高松はエントランスを通らず外に向かう方法を探す。

 非常階段は同時に非常口でもあった。緑色の金属製ネットフェンスで囲まれており、階段から正面の位置に蝶番によって稼働する門扉。そこには内側から簡単に開けられる錠がかけてあるだけで、簡単に解錠できる形になっている。

 警備上の不安は覚えるが、今の高松にはありがたい。


「よし、こっちからホテルの裏手に出られる」


 そのまま解錠し、高松は暗く細い道を進む。角を二回、右に曲がるとブルーシートに囲まれた現場に行き当たった。

 凄惨な現場が見えないように設置されたブルーシートの幕だが、完全に遮断されているわけではない。その隙間から、中の様子を見ることはできた。さらに高松にとって都合よく、例の中年男性の顔がそこにある。


「あの!」


 緊張から裏返りそうになりつつ声をかける。

 周囲にいた制服の警察官に止められるが、中年男性の説明によって高松も第一発見者の一人であると証明され、彼との会話にこぎつけた。

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