第12話 被害者

 彼女は高松を特殊な言い方で称えると、菊川警部に「さて」と目を向ける。


「菊川警部、被害者の素性を教えてくれるかい? 得意技だろう。見えている真実を見えていると声高らかに言うのは」

「・・・・・・ここには駿がいる。あなただけならまだしも、駿は関係者じゃない」


 会話の中でも突然蚊帳の外に放り出されるのは、気分がいいものではない。けれど高松自身、自分が部外者であることは理解していた。

 被害者の素性など、聞いていいはずがないことも。

 しかし、薔薇子はそう思っていなかった。


「待ちたまえ、菊川警部。高松くんは第一発見者だよ」


 第一発見者は高松の他にも数名いる。嘘ではないが真実でもない。


「それに、今は私の足になってくれている。それとも私の足を追い出すのかい? その次は腕?」


 薔薇子は屁理屈を繰り出す。

 何度もそんな会話を繰り返してきた菊川警部は、彼女を説き伏せようとすることの無意味さを理解している。

 彼は諦めた様子でこう話し始めた。


「遺体は宮崎 健二、四十二歳男性。市内にある人材派遣会社を経営している。主に建設の現場へ人材を派遣する会社だ。詳しい人間関係などはまだわからないが、だいぶ借金も抱えているらしい」

「会社名は?」


 薔薇子が問う。


「『キャッスル人材派遣』だ」


 被害者が経営している会社名を聞いた薔薇子は、即座に振り返って高松に声をかける。


「よし、検索だ、高松くん」

「はい?」

「検索だよ、高松くん。ネットでキャッスル人材派遣の情報を調べてくれ。社員数や資本金、そんなものは大抵ネットで調べられる」


 どうして自分が、と思わないでもなかったが、薔薇子の指示に逆らえる気がしない。それに事件解決の役に立つなら、出来ることで協力するのはやぶさかでない。

 言われるまま彼は、携帯電話で『キャッスル人材派遣』を調べる。


「薔薇子さん、これ」


 キャッスル人材派遣の会社概要がまとめられているページを表示し端末を手渡すと、薔薇子は眼球だけを動かして情報を読み上げる。


「資本金は一千万。社員数、二十人。設立からおよそ六年か。ありがとう、高松くん。社員数や設立からの年数に相応しくない資本金額が気になるところだね。中小企業の資本金の平均は三百万から五百万程度。大きい借金を抱えているのなら、減資を考えてもいいはずだ。何かあるのかもしれない。菊川警部、その辺りを詳しく調べてくれるかい?」


 資本金が多いことのメリットは対外的な信用が高まること。融資を受けるときに有利になる。それに対してデメリットは、税負担や事務手続きが多くなることだ。薔薇子はキャッスル人材派遣が、借金を抱えているのにも関わらず、資本金を減らさずにいることを妙に思ったらしい。

 一般市民から指示を受けた警部は、腑に落ちないという表情を浮かべながらも、自分の携帯電話を操作し始めた。

 薔薇子は菊川警部の動きを視認してから、高松に携帯電話を返すと柵から下を眺める。

 彼女の目に映ったのは、遺体が周囲から見えないようにブルーシートの幕を張っている警察官たち。ブルーシートの内側には、警察に通報した例の中年男性もいる。


「高松くん」


 薔薇子が呼ぶ。手招きもせずに呼ばれたが、高松は飼い犬のように素直に従った。

 彼女が何をさせたいのかわからず、ともかく真似をするように柵から顔を出す高松。

 見えたものは、薔薇子が見ているものと違いはない。ただ、得ている情報の違いは大きいのだろう。高松は薔薇子の表情からそれに気づいた。

 彼女の視線は慌ただしく動き、表情は目まぐるしく変わる。

 高松にとって一番の疑問は、自分が呼ばれたことだった。


「薔薇子さん?」

「何か気づいたことはあるかい、高松くん」

「少なくとも、ここから飛び降りて着地できる気はしないですね」

「ふむ、新しい視点だね。試してくれるかい? 被害者の気持ちを理解し、私に伝えてくれ。いつも残念に思っていたんだよ。被害者の気持ちを直接聞けないことをね」

「死人に口無しですよ。遺体が増えるだけです。やりません」

「そうか、仕方がない。もう一つ頼みがあるんだ」


 先ほどの『試してくれるかい』が冗談ではなく、頼みだったことに恐ろしさを覚えながら、高松は彼女の言葉に集中する。


「あの男性に話を聞いてきてほしい。最初に声を上げたのは彼だ。彼の名前から年齢。事件をどこから見ていたのか、いつ気づいたのか、どう思ったのか詳しくね」


 第一発見者の中でも、いの一番に反応した中年男性。彼にしか知り得ない情報を得たいのだろう。

 意図は理解できるが、疑問も生じる。


「それならあの人が警察に話していませんか? 薔薇子さんなら、父さんにでも他の警察官にでも話を聞けるはずでしょう」

「それじゃあ駄目なんだよ、高松くん。私が聞きたいのは脚色されていないオリジナル。誰かが編集した言葉じゃあ駄目だ。一言一句の全てを私に教えてほしい。頼めるかい?」


 そう依頼された高松は、階段の上り下りを想像してしまい、上がってきた時の疲労度を思い出した。

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