第11話 『いい警察官』

 種明かしを終えた薔薇子は、高松の方をポンと叩き、警察官たちに指示を出している菊川警部に近づいていく。


「あの、薔薇子さん」


 高松が呼び止めると、彼女は一瞬振り返り「ああ」と話し始めた。


「菊川警部が警察官であったことへの疑問だね? いいかい、それは家族の問題だよ、高松くん。そんなものは、私に問うんじゃあない。だが、これだけは覚えておくといい。菊川警部は『いい人間』で『いい警察官』だ。まぁ、それほど頭がいいとは思えないけどね。しかし、そこに何か理由があると考える、それが一番価値のあることさ」


 内容には触れていないというのに、疑問を掴まれ、諭された高松は黙ってしまう。

 彼は父親の職業を警察官だとは思っていなかった。正確には『もう警察官だとは』思っていなかった。

 母親にはこう聞かされている。警察官だった父親は辞職し、家族にも迷惑をかけるようになったから別れた。もう会うことはできない、と。

 けれど事実は違った。父親である菊川は、高松の目の前で警部として警察官の指揮を執っている。警察官を続けていた、ということだ。

 薔薇子ならなんでも答えられるだろう、と彼女を呼び止めたが、返ってきた答えは『私に問うな』である。


「そうですね。俺は何で薔薇子さんにそんなことを」

「高松くん、無知は恥ずべきことじゃあない。だがね、思考の放棄は恥ずべきことだよ。さて、恥じない思考を始めようか。そろそろ、菊川警部たちが何かを掴んだ頃さ。大切なのは事件を解決することだろう? 何せ、死者が出ているんだからね」


 そう話す薔薇子は、出会ってから一番優しい表情を浮かべていた。最愛の人を抱きしめるような、優しい笑顔である。

 そのまま踵を返し、彼女は菊川警部に声をかけた。


「やぁ、菊川警部。何か見落としたかい?」


 煽るような口調に菊川警部は、顔の疲労感を増して答える。


「どうして見落とす前提なんだ。見つけたかもしれんだろう。それよりも王隠堂さんや駿の痕跡が邪魔でね、調査が進まない。あとで二人の毛髪と指紋を調べさせてもらうぞ。照合の手間が増えるばかりだ」

「やれやれ、どの痕跡が事件に関係しているかを見抜けない目は、警察官の標準装備かい、菊川警部。三人寄れば文殊の知恵という言葉を覆すのには、成功しているけれど。まぁ、それ以外のほとんどに失敗しているね。そんなちまちました調査より、菊川警部に期待していることがあるんだ。いつも通り、雄弁に頼むよ」

「私は雄弁に捜査状況を漏らす、とんでもない警察官ということか?」


 菊川警部はうんざりだ、と言いたいところをギリギリ踏みとどまったような表情で言う。

 すると薔薇子は、菊川警部の嫌味に気づくことなく素直に頷いた。


「ああ、とんでもなく『いい警察官』だよ。事件解決のためには、手段を選ばない。阿部市民はキミに感謝すべきだ。凶悪な事件が発生しても、キミがいれば解決する。私がいるからね」

「私は手段を選ばないわけじゃあない。警察官として、持つべき職業倫理もある。調査情報を漏らすことなどあり得ない。だが、王隠堂さん・・・・・・あなたは特別だ。あなたのお父様には」


 菊川警部は何かを言いかける。語調からその『何か』が非常に大切なものであることは明白だった。

 そして薔薇子にとって、言葉を被せてでも掻き消さなければならないものでもあるらしい。


「菊川警部。それ以上は言わなくていい。ここで大切なのは、菊川警部が私に話をし、私が事件を解決することさ。それ以上でもそれ以下でもないよ」


 言葉を止められた菊川警部は、唾を飲み込んでから問いかける。


「これは事件だ、と?」

「どう見ても事件だよ。私がここにいるのが証拠さ。ちなみに私がここにいるのは、自殺だと判断されかねないから、だけどね。明らかなことを明かだと説明するのは難しい、一番のハードルは私に説明したいと思わせることだけれど」


 薔薇子はそう言いながら菊川警部に一歩近寄り、ネクタイの中心を人差し指で小突いた。

 高松からすれば、久しぶりにあった父親が若い女性と親しげにしており、気分は複雑である。

 息子の微妙な心境にも気づかず、菊川警部は言葉を続けた。


「警察は事件と自殺、両方の線を考えている」

「ああ、それがキミたちの仕事だからね。必要のないことを必要ないと証明するのに、いつだって真剣だ」

「私にだって、必要のないことくらいわかる。王隠堂さんと論戦をしている時間は、間違いなく必要がない」

「そうだね、戦いになっているか、という点は置いておくとして、決まりきった話を続けるのは私も趣味じゃないよ」


 六年以上も会っていない父親だが、若い女性に言い負かされているところを見たくはない。そう思った高松は、二人の間に言葉を割り込ませた。


「そ、それで、薔薇子さんは何を父さんに聞きたかったんですか? 何か聞こうとしてたんですよね。父さんは何かを話そうとしていた」


 高松が話し始めたことで、薔薇子は満足そうに頷く。


「ああ、いいね、高松くん。私は寄り道をしてしまう癖がある。この薔薇子さんにとって必要な人材だよ。推理に集中できるからね。屋上に上がってきた時のように、私の足になってくれると助かるよ」

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