第10話 二つの『またか』

 そんな高松の反応に気を良くしたらしく、口角を上げた薔薇子は話を続けた。


「顔立ちはそれほど似ていないけれど、耳の立ち具合がそっくりだったのさ」

「耳の立ち具合?」

「ああ、耳だ。中々馬鹿にできない要素だよ、耳は。耳の形は遺伝しやすくてね、私は初対面で耳を見るようにしている。他にも顔は遺伝要素の塊だ。鼻の高さは約八割遺伝するといわれているし、顔の輪郭なんかもそうだね。それに高松くんも菊川警部も目がぱっちりとしていて二重。おそらく高松くんの顔はお母さん似なんだろうが、要素要素に菊川警部の成分が浮き出ている。他にも細かな理由は二十ほどあるけれど、それを含めて五割強さ」


 簡単に話す薔薇子だが、その難易度は高い。新しく出会った者の身体的特徴を捉え、正確に記憶と照らし合わせる。過去に出会った者と肉親である可能性はそれほど高くないはずなのに、だ。

 高松は薔薇子の底知れぬ能力に気持ち悪さを覚える。考えてみれば薔薇子と出会った時、二人の足元には落ちてきたばかりの遺体が転がっていた。当然ながら高松は狼狽え、自分にできることを考えるので精一杯だった。他の情報に気を配る余裕などあるはずがない。

 そんな状況で薔薇子は、高松の耳を確認し、脳内で記憶と照合。同時に遺体の状態を観察し、これを殺人事件だと断定していた。

 彼女の冷静さと、並列的に思考を進める人間離れした精神力に、驚きを通り越してゾッとする。

 戸惑った高松は、どうしようもなく状況通りの言葉しか吐き出せない。

 

「あんな状況で、俺の顔を記憶の中にいる父さんと照らし合わせるなんて・・・・・・」

「あんな状況だからこそ、脳みそを働かせるべきなんだよ。馬鹿とハサミよりも、使い所を選ぶべきは脳みそさ。そのために頭なんていう狙われやすい場所に、致命的な弱点が存在している。身体中に指示を送りやすい位置にね」

「その時、薔薇子さんは財布の中身を半分賭けてもいいほどの確率で、俺が父さんの息子かも知れないと思ったんですね。本当に賭けていたら、財布の中身が五割り増しになるところだ」


 冗談まじりに高松が感心を見せると、薔薇子は下唇を突き出してわかりやすく呆れる。


「その推理は間違いだよ、高松くん。私の財布には一円も入っていない。ゼロを半分にしようが、五割り増しにしようがゼロだよ。砂糖の分量を間違えた手作りジャムのように甘いね」

「推理が甘すぎってことですか?」

「その上、果実の味を消している。大切なことを見失うな。私が何を伝えたいのか、考えるんだ」

「薔薇子さんが伝えたいこと、ですか? えっと」

「いいかい、高松くん。私の財布にはお金が入っていない。紙幣も硬貨もだよ。つまり、帰りの電車賃を貸してくれないかってことさ」

「よくもまぁこのタイミングで、そんな言い方できますね。電車賃は貸しますから、話を進めてください。俺が父さんの息子だと確信したのは、ついさっきですよね」


 財布の中に紙幣も硬貨もない。それが薔薇子の冗談なのか、真実なのかはどうでもよかった。ともかく高松は、話の続きが聞きたい。マジシャンの種明かしを催促するように。


「その通りさ」


 薔薇子は言う。


「菊川警部は事件現場に現れる私に対して、通常二つの感情を見せる。わかりやすく言語化するなら『またか』と『またか』だよ」

「一つじゃないですか」

「いいや、二つさ。一つは『またあなたか』もう一つは『また・・・・・・』いや、この話はよそう。まぁ、とにかく今回の警部は珍しい感情を見せたってことだよ。これは本人が言語化をしているから、高松くんにもわかるよね?」

「・・・・・・『どうしてここにいるんだ』ですね」

「記憶力は問題なく機能しているようだね、高松くん。そう、その言葉は私にではない。菊川警部が驚き、親しげにする高校生男子といえば、離れて暮らす息子だ。さらに言うなら、菊川警部はキミの顔を見てから、制服をまじまじと観察していた。つまり制服姿を見慣れてはいない。阿部市の公立高校は全て詰襟の制服を採用している、中学校もだ。ということは警部はキミの学生服姿を目にしたことがない。五年以上会っていないと判断した理由は納得できたかい?」


 肺の中に蓄積した感情が、深い息になって溢れ出そうだった。それがため息なのか、感動によって漏れる息なのか、高松にはわからない。

 話を聞けば理解はできる。けれど、その計算式は複雑で難解なものだ。そしてそれは薔薇子にとって、息をするように行う習性であり、癖のようなものである。もっと言えば、知らないことを知ろうとする、人間にとって自然な欲求でもあった。

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