第7話 事件解決に必要なもの

 だが、同じ立場だというのに薔薇子は余裕そうに微笑みを浮かべた。


「幸運を喜びたまえ、高松くん。偶然にもここに私がいる。私がいれば、誤認逮捕などさせはしないさ」

「そもそも、薔薇子さんが俺をここに・・・・・・いや、結局は自分で決めたことですけど」

「潔さは男らしくて、私は好きだよ。個性的な髪型や髪色、主張の激しい香り、ジャラジャラとした装飾品。そんなものより遥かに好ましい要素だ。よし、高松くんに倣い、潔く待つとしようか。どのみち、全てはこの場所で完結できる話だ」


 高松には彼女の言っていることが半分も理解できなかった。


「屋上で完結できる? つまり、事件を解決できるってことですか?」


 殺人に限らず、事件に関しては全くの素人である高松。それでも、ミステリーを扱った映画やアニメを目にしたことはある。それらと比べれば、この場には不足しているものが多い。

 その一つが登場人物である。

 この事件をミステリー小説に置き換えるのならば、主な登場人物は四人。高松と薔薇子、遺体の男性に通報した男性だ。

 投身ではない前提で話を進めるなら、遺体の男性が犯人である可能性は存在しない。また、事件発生時に地上で見ていた残りの三人にも、犯行は不可能だ。

 簡潔に言うなら、容疑者がまだ登場していない。そんな状況でどう解決しようというのか。

 高松はさらに言葉を続ける。


「推理するにも情報が足りないはずです。こんな状況でする推理は、ただの憶測じゃないですか」

「中々良いことを言うな、高松くんは。ところでキミは、事件解決に必要なものは何だと思うかね?」

「警察?」

「先ほどの賛辞を撤回しよう。頓珍漢だ、キミの言葉は。いいかい、高松くん。事件解決に必要なのは、事件と犯人だよ。事件がなければ解決は存在しない」


 薔薇子の言葉が回りくどく、多少嫌味なのは最初から変わりない。それでも高松は顔を顰める。あまりにも納得がいかなかったのだ。


「俺の言葉が頓珍漢なら、薔薇子さんの言葉は頓知じゃないですか。事件が起きてて犯人がいるから解決しなきゃならないんでしょ」

「面白い返答だな、高松くん。本当に必要なのは、動機と決定的な証拠さ。そして動機は事件の根源であり、決定的な証拠は犯人を炙り出す。警察はそれらを調べるための存在と言って、まぁ差し支えないだろうね」


 じゃあ『警察』が正解でも良いだろう、と高松は心の中で呟く。これ以上反論したところで、さらに言い返されてしまうだけだ。そう考えられるのは、少しずつ薔薇子に慣れてきたからなのかもしれない。

 無駄な問答で時間を浪費し焦りだけを感じるのなら、建設的に話を進めたほうが利口である。


「それじゃあ、薔薇子さんは動機と決定的な証拠を見つけてるんですか?」


 これだけ大袈裟な物言いをするのなら、何かを掴んでいるのだろう。そんな思いを込めて高松が問いかける。皮肉的な意味合いもあったが、薔薇子に対する期待も込められていた。常に自信を纏い、揚々と語る彼女ならば、もしかすると事件を解決できるかもしれない。

 高松は若干ながらも、そう思い始めていた。

 しかし、その薄い期待は簡単に切り捨てられる。


「いいや、どちらもまださ。動機なんて被害者の素性がわからなければ、わかるはずがないだろう。当たり前じゃないか、高松くん。だが、証拠の方は目星がついている」

「え、いつの間に証拠を見つけたんです。そんなものがどこに」

「日本語のリスニングは苦手かな。目星がついている、と言っただけで見つけたとは言っていないさ。そうだな、証拠の証拠と言うべきかな。アリスを見つけたければウサギを、桃太郎を見つけたければ犬と猿の足跡を、蜘蛛を見つけたければ糸を追えばいい。それ即ち、アリスであり、桃太郎であり、蜘蛛ってわけさ」


 薔薇子の言葉は、それこそ蜘蛛の糸のように掴みどころが難しい。厄介なほど絡みついてくるのに、細くて目視すらできない。


「アリスに、桃太郎に、蜘蛛? 例え話はやめてくださいよ。薔薇子さんの推測が正しければ、いや、こんなのは推測しなくてもわかる。もうすぐここに警察が来るんですよ。一体、どう説明すれば・・・・・・」

「心配しなくてもいい、キミの前にいるのは王隠堂 薔薇子だ」


 不安を感じる高松に改めて名乗る薔薇子。今更知っている彼女の名前を聞いて、どう反応すればいいというのだろうか。

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