第6話 冷たい鉄の閉塞感

「気になること、ですか。あ、そういえばあの部屋は何ですか? 巻き上げ室って書いてある、あの部屋です」


 人差し指を向けながら高松が問いかけると、薔薇子は腕を組みながら答えた。


「ああ、あれはエレベーターの巻き上げ室だよ、高松くん。エレベーターの箱はワイヤーで吊っている。そしてワイヤーを巻き取ったり、伸ばしたりすることで上下させているんだ」

「へぇ、そういう仕組みなんですか」

「キミは他人に命を預けられるタイプなのかい? 仕組みのわからない機械に命懸けで乗るなんて、随分勇気があるんだな」


 嫌味な言い方をするものだ、と高松は唇を尖らせる。


「ほとんどの人が、仕組みのわからない機械に命を預けてますよ。車も飛行機もそうじゃないですか。それに機械に預けているんじゃなくて、機械を作った人を信頼しているんです。日本企業への信頼ですよ」

「高松くん、機械は不具合を起こすものだよ。エレベーターが安全なのは、定期的に整備をするからさ。厳しい検査項目を突破しなければ、人を乗せることはできない。多くの人間が知識を持たない代わりに、誰かが知識を活かしてくれているんだね。今の私のように」


 答え方こそ他人への思いやりに欠けているが、薔薇子の話は聞いていて飽きない。素直に感心できる知識だった。

 さらに高松を感心させたのは、薔薇子の視線である。

 彼女は高松の質問に答えながら、視線を上下左右に動かし周囲をくまなく調べていた。義足のため屈むことが難しい中、上半身の動きだけでできる限りの情報を得ようとする。一見すると不審な動きだが、事件に対する彼女の姿勢が見て取れた。

 話しながら別のことを考えるのは、そう容易ではない。しかもこんな状況で、だ。

 

「あの、薔薇子さんは何か気になりましたか?」

「私が気になったことか。そうだな、少し汗臭いぞ、高松くん」

「当たり前じゃないですか。人を背負って、屋上まで上ってきたんだから。デリカシーは持ち合わせていないんですか」

「デリカシーとは本来、繊細さや優美さを指す言葉だよ。私ほど繊細で優美な者はいないと思うがね。よし、屋上の状況は大体わかった。どのように殺したのか、もね」


 薔薇子の言葉を聞いた高松は、自分の耳を疑う。

 今、この人は何を言ったのだろうか。耳と思考が確かなら『どのようにして殺したかがわかった』と言っている。


「薔薇子さん、今なんて言いました?」

「私以上に繊細で優美な」

「ありきたりなボケはいいです」

「ボケているつもりはないのだが。まぁいい。わかったと言ったんだよ。どのようにして殺したのか、が」


 聞き間違いではなかった。そして、薔薇子の表情を見る限り、ふざけているわけでも、いい加減なことを言っているわけでのないらしい。

 彼女は、雲ひとつない空の太陽のように、堂々たる顔で話している。驚くほどまっすぐな瞳は、薔薇子の眩さを増すばかりだ。

 そして、どこか危うさも感じる。殺人事件の現場だというのに彼女は、楽しいという感情を隠しきれていないのだ。何より薔薇子は『どのように殺したか』と言っていた。

 そう『どのように殺されたか』ではない。彼女の視点は犯人側にある。


「薔薇子さん・・・・・・」


 様々な感情が入り混じる自分の心を整理しきれず、高松は彼女の名前を呼んだ。今にもどこかへ消えてしまいそう彼女を、この場所に留めようとしたのかもしれない。どれもこれも、高松の勝手なイメージだが、確かに薔薇子が消えてしまいそうだと思ってしまった。


「さて、高松くん。そろそろ警察官が屋上に上がってくる。私の個人的な感情だけで言えば、彼らと顔を合わせたくはないんだが、どうするかね」

「どうするって・・・・・・」


 問いかけられた高松は、その問いの意味がわからず言い淀む。

 全ての行動がいきなりだったため、先のことなど考えていない。高松の困り顔から心情を察した薔薇子は、呆れたように口角を下げた。


「やれやれ、高松くんは考えなしに動いていたのかい。無鉄砲と愚かさを兼ね備えているのは結構だが、勇気の裏返しであってほしいね」

「もしかして、ものすごく貶されてます? っていうか、薔薇子さんが巻き込んだんじゃないですか。ともかくですけど、警察に見られたら、俺たちが疑われません?」

「いい推理だ、高松くん。その調子で頼むよ。もう少しだけ、思考を進めてみようか。私たちがここにいた痕跡はすでに残されている。足跡に指紋、髪の毛なんかも落ちているかもしれない。つまりだ。逃げたとしても、いずれは捜査線上に浮かぶ。間違いなく、ね」

「ちょ、ちょっと、薔薇子さん! 大問題じゃないですか。ああああ、どうしよう。足跡と指紋を拭いて、髪の毛を拾う? いや、そんな時間はないし、ここに残って誠心誠意説明するか。どうやって? 殺人事件だと思って調べに来た、なんて誰が信じてくれるんだよ」


 これからのことを考え、取り乱す高松。想像力逞しい彼は、自分の両手首に手錠がかけられるのをイメージしてしまった。冷たい鉄の閉塞感は、絶望そのものである。

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