第5話 好奇心とは節操がない
「薔薇子さん、もしかしてこのままじゃあ俺たちが疑われるんじゃないですか。警察官が何人も来てますし、落ちたのがここからだってことくらいすぐにわかりますよね」
「おや、高松くん。キミはモテないな?」
「はい? 突然何の話ですか」
「女性のちょっとした変化に気づくのは、モテるための必須条件だよ。つまりだね、違和感に対して敏感であるかどうか。そういう話さ。柵の外を見て、キミはどう思ったかな」
薔薇子にそう問われ、高松は首を傾げる。
「どうって・・・・・・確かにここから落ちたら助からないな、と。あと、警察官が遺体を囲んでて、その周りをさらに通行人が」
「なんだ、気づいているじゃないか。そう、ホテルの前には遺体を中心に警察官が円を作っている。その外側には野次馬の円。おかしいとは思わないか?」
「おかしい?」
「遺体の男性が『自ら飛び降りた』としよう。飛び降りる途中、ためらいが生まれ振り返ったが、間に合わなかった。そうするとどうだろう。おかしな矛盾が生まれる。どうしてこの場所から遺体まで、あれだけの距離が生まれるんだい?」
その瞬間、高松は柵から少しだけ顔を出し、下の様子を確認した。薔薇子の言うように、柵の真下から遺体までは二メートル近く離れている。
高松の頭に嫌なイメージが過ってしまった。何者かが遺体の男性を突き飛ばし、落下させ、その命を奪うシーン。空中に投げ飛ばされた男性は、恐怖や恨みを言葉にする前に、帰らぬ人になってしまったのである。
「じゃあ、これは・・・・・・」
「ああ、殺人だ。悪意によって理不尽に他人の人生を終わらせた。そして隠蔽。いくつもの悪が重なって生まれた、殺人事件だよ、高松くん」
この人は何なのだろう。高松はそう思った。突然現れ、不思議な魔力で高松の心を掴み、足にし、この短時間でこれが自殺ではないと断言。
最も不可思議なのは、高松自身これが『殺人事件』であると思い始めていることだった。
整然とした話を、淡々と心に打ち込んでくる薔薇子。気づけばその痛みに魅了され、さらにその奥を覗きたくなる。真実に近づくため、棘だらけの茎をよじ登りたくなるのだ。真っ赤に咲いた美しい真実を得るために。
「薔薇子さん、あなたは一体・・・・・・」
「いい質問だね、高松くん。私は探偵だよ、吸血鬼なんかじゃなく、ね」
「探偵? 探偵って、あの探偵ですか?」
「とはいえ、私は私のためにしか動かない。不倫調査や迷い猫探しは請け負っていないんだ。事件限定の探偵さ」
薔薇子の言葉を聞いた高松は、先ほどの言葉を思い出す。彼女曰く『創作の中では良くある話』だ。
「事件限定の探偵って、探偵には捜査権なんてないでしょ。事件を解決する探偵なんて、それこそ創作の中では良くある話ですけど、実際にそんな探偵なんているわけ・・・・・・」
「それはおかしいな、高松くん。目の当たりにしているのに、信じられないというのかい?」
そう話す彼女は、薄ら笑いを浮かべており、どこかふざけているようにも見えた。
つまり、まともに返答する気がない。
高松はそう考え、ため息を吐いた。
「・・・・・・わかりましたよ、もう。それで、薔薇子さん。探偵はこのあとどうするんですか?」
「そうだね。とにかく警察官が屋上に上がってくるまで、少しだけ調べようか。何か気になることはあるかい?」
高松の納得を得た、と薔薇子は話を進める。
彼女が探偵であることを信じたわけではないが、これが殺人事件である可能性は無視できない。そして、薔薇子の話はどれも説得力のあるもので、その行動は真実に近づくものだ。
もはや高松は、彼女の行動を止めようとは思わない。自分自身もその真実を知りたくなっていたのである。
好奇心とは節操がない。
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