第32話 きっと彼は、私の勝利を信じてるから

 広場から離れ、僕──アランは街の魔物の掃討にあたっていた。


「どうして《大襲来ラッシュ》が……」


 普通、《大襲来ラッシュ》って前兆があるはずだけど、そんなことはなかった。


「だけど、これも考えようかもしれないね」


 あの男──マリウスとの決闘では恥をかかされた。


 勝てる相手だと思った。しかし僕のほんの僅かな油断をつけ狙われ、地面に両手をついてしまう。


 屈辱だった。

 いずれ英雄になる僕が、たかが一介の治癒ギルドのマスターにやられるなんて、有り得ないからね。


 あの時、集まっていた住民も僕が敗北する姿を見ている。「アランは弱い」と吹聴するかもしれない。


 だけど今回、《大襲来ラッシュ》を僕の力で収めることが出来れば、その悪評も覆る。


「これは、神がくれた挽回のチャンスってことかな? こんな雑魚ども、さっさと片付けないと!」


 目の前の魔物を倒し、僕は別の場所に移ろうとした。


「ん……」


 その時、見知った顔を目にする。


「君は……ここまで、僕を劣悪な馬車に乗せた旅商人じゃないか。逃げ遅れたのかい?」


 商人の男は、周りにうじゃうじゃと魔物がいるのに、落ち着き払っている。その瞳は冷静に僕に向けられていた。


「ダメじゃないか。君は弱いんだから、早く逃げないと。どこに行けば分からないのなら、治癒ギルドに行けば……」

「まだ分からないんだ」


 ……?


 何故か、商人の男の口から女の声が聞こえた。


「え?」

「あなたは他の男とちょっと違うと思ったから、あの治癒ギルドのマスターにけしかけてみたけど……とんだ期待外れ。ここまでバカだと思ってなかったよ」

「君は──うっ……!」


 問い詰めようとすると──急な頭痛が襲いかかり、その場で蹲ってしまう。


 そういえば、少し前から体調が悪いんだった。

 ボロい馬車に乗せられたせいだと思っていたが……ここまで体調が悪くなるのは異常だ。

 ただの風邪じゃない?


「へえ、その程度で済むんだ。精神力の強さは認めてあげるよ」

「さっきから訳の分からないことを……」


 それに──目の前の男は、まるで妖艶な女性のようなオーラを纏っているのも気になった。


 こいつは……あの時の商人じゃない?

 だったら誰だ?


「だけど、もう実験は済んでるの。あなたのその強さだったら、を召喚することが出来る」


 そう言って、男(?)はゆっくりと手をかざす。


 まずい──と本能が告げる。


 咄嗟に逃げようとするが、耐え難いほど頭痛が酷くなり、僕は雄叫びを上げた。


「があああああああ!」

「おいで、バジャルド。あなたの力を存分に振るって」


 その声を最後に。

 眼前が闇に覆われ、意識が途切れた。






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「カルラ、あとは頼むわね。あなたが頑張ってくれたら、私とマリウスも安心して戦えるわ」

「任せてください!」


 治癒ギルドの本部建物にカルラを送り届けて、エルザは再び街の惨状を眺める。


「酷い状況ね」


 そこらかしらで人々の悲鳴が聞こえ、魔物が彼・彼女らを襲っている。


 ここからでは把握しきれないが、怪我人も続出しているだろう。


 この状況で、仮に治癒ギルドが昔の悪徳ギルドのままだったら……と考えると、エルザはぞっとする。


「だけど治癒ギルドは変わった。今の私たちなら、きっとこの災厄も乗り越えられるはずよ」


 こうしている間にも、マリウスは街のどこかで戦っているはずだ。


 私も足を引っ張らないようにしないと──そう考え、エルザは駆け出そうと足を前に出す。


「……あら。あなたは──」


 しかしそんな彼女の前に、一人の男が現れる。


 何故か男は俯いており顔は見えづらかったが、エルザには彼の名前が分かった。


「アランだったわね。そんなところでなにをしてるのよ。まだまだ街には魔物がいるわよ。なのに……」


 そう言葉を続けようとすると、彼──アランはバッと顔を上げる。

 



「強者を求めて街を彷徨ったが、ようやく見つけられた。汝なら、我を少しは楽しませてくれそうだ」




 ──っ!


 エルザは反射的に剣を抜き、戦いの構えを取る。


 昨日──そして、マリウスと決闘している時のアランは、良くも悪くも素朴な少年といった印象だった。


 だが、今エルザの前にいる男はがらりと雰囲気を変え、獰猛な竜のような威圧感を放っていた。


「あなた……アランじゃないわね。誰かしら?」

「ほお? の名はアランというのか。まあ、今はどうでもいい」


 ニヤリと男が笑う。


「我は四魔天の一人、バジャルド。この男の体を借り受けた」

「四魔天……?」

「この時代では、まだ四魔天の名前を知られていないか。ならばこう言えば、分かるな? 魔族──と」


 男──バジャルドが言った言葉に、エルザは体が強張る。


 そんなバカなと否定してやりたい。


 だが、先ほどから本能がエルザにこう語りかけるのだ。




 ──私では、こいつに勝てない。




 故郷でどんな魔物と戦っても、感じたことのない焦りであった。


 ゆえにバジャルドが語る言葉がどれだけ非現実的でも、信じざるを得ないのだ。


(大昔には、たった一体の魔族で国が滅んだ例もあると聞くわ。普通の魔族ですらそうなのに、こいつは四魔天という大仰な名を語った。どれほどの力を有しているのかしら……?)


 エルザは思考しながら、相手の実力を推し量る。


「強者を求めてっていうのは?」

「そのままの意味だ。我にとって、強者との戦いとはどんなに美しい女性を抱くより、美味なものである。もっとも……汝の器量であれば、そっちの方でも楽しませてくれそうだがなあ?」


 とバジャルドが顎を撫でる。


「お生憎様。私は誰にでも体を許すビッチじゃないわ。あなたなんてお断り」

「そうか。ならば戦おう」


(こいつが油断している間に……斬る!)


 疾駆する。


 エルザは一瞬でバジャルドの懐に入り込み、雪花族奥義『雪月一刀』を放った。


 その刃はバジャルドの皮膚に届き、肉を断つ──。


 ……はずであったが。


「……!?」

「なんだ? こんなものか。この時代の剣士も、ずいぶんと弱くなったものだ。見込み違いだったか?」


『雪月一刀』は間違いなく、バジャルドに命中した。


 だが、刀は鋼に当たったかのように弾かれ、バジャルドの体には傷一つなかった。


「ふんっ」


 困惑しているエルザの一方、バジャルドは緩慢な動きで剣を抜き、振るう。


 適当な太刀筋──という印象。


 しかし一閃すると同時、衝撃波が生じ、刀では受け止めたもののエルザは後方に吹き飛ばされる。


「ほほお、今の一撃に耐えるか。適当に払い除けただけとはいえ、普通の人間なら今ので死んでいるはずだがな」



 はあっ、はあっ──。



 今のエルザにはバジャルドの言葉に答える余裕がない。


 体に無数の小さな切り傷をつけたエルザは、息を整えながらそれでもなお、バジャルドから視線を逸らさなかった。


「分かっただろう? 汝は我に勝てぬ。そうだというのに逃げようとすらしないのは、大したものだ。なにが汝を突き動かす?」


 問う、バジャルド。


 確かに、逆立ちしてもこの男には勝てない。

 どう足掻いても勝てない相手を前にしたら、するべき選択は逃げの一手だ。普段のエルザならそうしている。


 しかし彼女は思うのだ。



 きっとは、私の勝利を信じてるから──。



 仮にそこは死地であっても、エルザに後退の選択はない……!


「いい目だ」


 バジャルドはふと、柔らかく笑って、


「謝ろう。失礼なことをして、すまなかった。汝は立派な強者だ。ならば我も全力で汝と向き合おう」


 剣を構えた。


(分かってたけど、さっきのは全然本気じゃなかったってことね。バカにしてるわ)


 だが、それはエルザにとって最悪であることは事実。


 バジャルドの体から殺気が放たれる。彼の必殺の一撃を、エルザは受け止めようとして──。





「待たせたな、好敵手ライバル





 ──その瞬間であった。


 エルザとバジャルドの間に割って入るように一人の男が現れ、彼女を死から救った。


 誰よりも大きく見える背中。

 エルザは彼の名前を叫ぶ。


「マリウス!」

「エルザ、俺が来るまでよく頑張ったな」


 と彼──マリウスは優しげな表情を浮かべた。

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