第31話 《大襲来(ラッシュ)》

 ──とんでもないことになってしまった。


 アランは呆気に取られた表情で上半身を起こし、左右にキョロキョロと顔を振る。なにが起こったのか、分かっていないんだろう。



「さすがね、マリウス。苦戦してたから、どうなることかと思ったけど……最後にはやっぱり、あなたが勝つのね」

「マリウスさんっ、かっこよかったです!」



 人々の歓声に紛れ、エルザとカルラもそう言ってくれている。


 いや……勝つ気はなかったんだが……。


 エルザのことをバカにされ、スイッチが入ってしまった。

 どうやら俺は知らず知らずのうちに、アランへのヘイトが溜まってたらしい。


 お前にだけはエルザを渡したくない──そう思ったら、普段では感じたことのないような怒りが湧いてしまった。


「……ま、やってしまったもんは仕方がないか」


 と頭を掻く。


 ここでようやくアランも自分が負けことに気付いたのか、勢いよく立ち上がり、


「ノ、ノーカンだ! これはなにかの間違いだ! もう一回やれば、負けるはずがない!」


 そう叫び出した。


 こいつ、往生際が悪すぎだろ……。


 とはいえ、勝負をやり直すのは俺にとって、悪い提案ではない。再戦で勝ったら、アランも満足して街から出て行ってくれるだろう。


 しかし街の住民はそう思わなかったようで。



「はあ!? ノーカン? この期に及んで、なにを言いやがる!」

「お前はマリウスさんに負けたんだよ。男らしく、負けを認めやがれ!」



 広場にブーイングが巻き起こった。


 さすがのアランもこの声は耳に届いたらしく、「くっ……!」と顔を歪め、俺を指差す。


「そもそも! あんな卑怯な真似で勝って、恥ずかしくないのか!」

「卑怯な真似……?」

「ああ。僕の油断を誘うために、手を抜いていたんだね? 君の最後のパンチ、今までとは比べものにならないくらい速かった」

「なにを言い出すかと思えば……」


 思わず、溜め息を吐いてしまう。


 仮に手加減していた──ってか実際してたわけだが──だとして、それがどうして卑怯な行為になる?


 問題は勝負の最中、油断したアランの方にあるんじゃ?

 こいつは魔物に殺された後も、地獄で同じことを言うつもりだろうか?


「俺も別に再戦はやぶさかじゃない。だが、観客がそれを認めてくれないようだ」

「う、うるさい! とにかく勝負はやり直しだ! 今度は正々堂々と、決闘を──」


 アランが必死に捲し立てていると……。




「大変だ! 街に魔物が入り込んできやがった!」




 ──街全体に響き渡るような声。


 俺への喝采や、アランへのブーイングをしていた住民も一斉に動きが止まる。


 続けて、誰がこう口にした。


「《大襲来ラッシュ》……!」




大襲来ラッシュ》。


 本来、街の外にいるはずの魔物がなんらかの要因で増え、街の中に雪崩れ込んでくる現象。


 街には戦えない者もたくさんいる。

 それなのに、魔物が街の中にまで入ってくれば……広がるのは、阿鼻叫喚の地獄絵図。


 まさに災厄。この《大襲来ラッシュ》を防ぐために、冒険者や騎士団が存在していると言っても過言ではない。


「どうして《大襲来ラッシュ》が……」


 周りの住民が慌てふためている姿を見て、俺は思考する。


大襲来ラッシュ》なんてものは、滅多に起こらない。

 この国でも、最後に《大襲来ラッシュ》が起こったのは十年前だと聞く。


 冒険者ギルドや国の騎士団も、《大襲来ラッシュ》には強く目を光らせており、通常なら前兆が現れた時点で鎮圧されるものだ。


 なのに、《大襲来ラッシュ》の前兆があるなんて話は、聞いたことすらない。


「ということは……やっぱり、なのか?」


 急な《大襲来ラッシュ》が起きるのは、ゲーム中でもたった一つしか要因が考えられず──。


「マリウス!」


 思考に没頭している俺を、エルザが声で引き戻す。


「どうして《大襲来ラッシュ》が起こったのかは分からないけど、ここでぼーっとしているわけにもいかないわ」

「そ、その通りだ。《大襲来ラッシュ》は本当に起こっているみたいだしな」


 現にここにいるだけでも、人々の悲鳴や魔物の鳴き声が聞こえてくる。


「というわけで──勝負はお預けのようだ、アラン」


 そう言って、俺はアランに顔を向ける。


「まさかこんな状況になってまで、決闘をやり直そうなんてことは言わないよな?」

「あ、ああ……まずは魔物を退治することが先決だ。こうしている間にも、弱き人々が魔物に襲われている」


 よかった。


 ここで再戦をゴリ押ししようとしてきたら、頭を抱えてたところだが、さすがの彼も優先事項を理解しているらしい。


「俺たちも手をこまねいて、《大襲来ラッシュ》が収まるのを待っているわけにはいかん。傷ついた人々の治療に当たりたいところだが……それも魔物を全滅させてからだ」

「そうね。魔物がいなくならないと、いくら治療してもキリがないでしょうから」

「俺とエルザは手分けして、魔物の掃討にあたろう。カルラは……治癒ギルドの本部に戻ってくれるか? そこにいる治癒士たちと一緒に、怪我人の救護にあたってもらいたい」

「わ、分かりました!」


 指示を出すと、カルラは元気よく返事をした。


「ぼ、僕も戦うぞ! 僕はいずれ英雄になる男だ。君にばっか、良いところを見せるわけにはいかない!」

「おう、助かる」


 少々理由が不純な気がするが……贅沢は言ってられない。今は猫の手でも借りたいくらい。相手が俺だから悪かったものの、彼の実力は本物だ。


「よし──行くぞ! エルザはまず、カルラを安全に治癒ギルドまで送り届けてくれ!」

「ええ!」


 号令をかけると、エルザとカルラ、アランの計三組が散り散りになって走り出した。


 俺もそれを見届け、魔物の鳴き声がする方へ駆ける。


「それにしても……違和感があるな」


 こんな状況はゲームで起こらなかった。


 そもそも、アランが俺に決闘を挑むイベントも存在しなかったので今更かもしれないが──この《大襲来ラッシュ》はなにか違う気がする。


「……いや、今は魔物を退けることだ。急ごう」


 一旦違和感の正体を突き止めるのをやめ、俺は走る速度を上げるのであった。

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