第30話 簡単に負けられたら苦労はしない

 翌朝。

 アランとの約束を守り、俺は広場に向かった。


「逃げなかったことは褒めてあげよう! だけど、今日で君の悪事は終わりだ! 覚悟するといい!」


 アランは剣を突きつけて、そう宣言する。

 そんな俺たち二人を、街の住民たちが取り囲んでいた。


 結構、人が集まっちまったな……。


 まあ観客が少なすぎて、あとでアランに難癖をつけられないとも限らない。人が集まるのはいいことだろう。



「マリウス、ボコボコにしてさしあげなさい」

「頑張ってくださーい!」



 もちろん、エルザとカルラの姿もあり、俺に声援を送っていた。

 他の人たちも、全員が俺を応援しているように聞こえる。


 だがそんな声援も、アランの耳には入っていないだろう。きっと今も、アランは『悪を倒し、弱き者を救う』という勝手なストーリーに酔いしれているはずだ。


「ルールはどうする?」

「どちらかが敗北を宣言するか、地面に両手がついたら負け……っていうのはどうかな? いくら君が悪者でも、殺すのは英雄らしくないからね。ここらへんが落とし所だと思うけど」

「分かった。それでいい」


 先に死んだ方が負け……というルールを決められたら反対するところだったが、それなら問題はない。


 俺が頷くと、アランは満足そうに真剣を鞘におさめ、代わりに木剣を手に取った。


「真剣を使わないのか?」

「言っただろ? 君を殺すわけにはいかないって。それに君は、武器としてそのメイスしかないように思える。僕だけが真剣を使うわけにはいかないよ」

「ふっ、なにを言い出すかと思えば……」


 つい笑みが零れてしまう。


「手加減など不要だ。俺にはこのメイスが最高の武器だからな。使えよ──真剣。本気でやらなきゃ意味がない」

「度胸だけはあるようだね。君が言うなら分かった──怪我をしても、あとで文句を言わないでよね」


 アランは木剣を放り捨て、再び真剣を手に取る。


 これも、あとで「本気じゃなかった」と再戦を申し込まれたら困るからだ。ヤツに本気を出させることに意味がある。




 ──ボーーーーーーンッ。




 時計台の鐘の音。


 それが自然と戦いの合図となった。


「いくよ──っ! せめて僕を楽しませてくれ」


 そう言って、アランが地面を蹴る。


 彼が振るう剣を、俺はメイスで受け止める。


「ほお……意外とやるじゃないか。そんなもの、真っ二つに出来ると思ってた」

「生憎だが、このメイスは特注製でね。生半可な力では、叩き斬れないようになっている!」


 アランの剣を押し返し、一旦距離を取る。


 メイスと剣の応酬が始まった。


 俺とアランの実力は拮抗しており、両者なかなか決定打を与えられずにいた。



「マリウスさんが苦戦していますっ!」

「なんてこと……あのアランっていう男、噂はあながち誇張でもなかったようね。それにしても、マリウスの動きも悪いような……」



 カルラとエルザの声が聞こえてきた。


 周りの観客も熱狂している。広場のボルテージは最高潮だ。


「エルザには気づかれたようだな。だが……他の人が気がついてない」


 アランの攻撃を見切りながら、俺は考える。




 この戦い──俺は負けるつもりだ。




 当然である。

 ここで俺が勝っても、なんらメリットがない。


 現時点でのアランの実力は分かった。これなら俺が本気を出せば、負けることはないだろう。


 だが……仮に俺が勝ったとして、果たしてアランは納得してくれるだろうか?


 昨日の言動から、彼が向こう水で負けず嫌いな性格であると感じた。

 おそらくここで負けても、勝つまで何度も何度も俺に戦いを挑んでくるはずだ。


 しかしそれは俺の目的には沿わないし、なによりキリがない。


 俺はただ、自分が破滅したくないだけだ。そのためなら、プライドなんていくらでも捨ててやろう。


「それにここでアランをボコったら、弱い者虐めに見えてしまう。そうなっては、まさに悪者って感じだからな」

「さっきからぶつぶつと……随分余裕だねえ!」


 アランが怒りに身を任せて、剣を振り下ろす。

 俺はその攻撃も、冷静に受け止めた。


 さあて……ここらへんで終いにするか。


 リンピラ盗賊団や吸血鬼の事件を俺が解決したことは、街の人たちも知っている。あまりにすぐ負けてしまっては、違和感を抱かれるだろう。

 だから適当なところで負けるつもりだったが……なかなか難しいもんだな。


「おっと」


 わざとらしくならない範囲で、俺はよろけたポーズを取る。


 それをチャンスだと思ったのだろうか、アランが一気呵成に攻め込んできた。


「はあああああっっっっ!」


 アランの鋭い剣が一閃!


 俺の手から、メイスを弾き飛ばした。


「っっっっ!」

「頑張ったと思うけど、これで終わりだよ。これでもう、僕に勝てないってことは分かってくれたかな?」


 兎を追い詰めた獣のような表情を浮かべるアラン。


「ギブアップ……してくれるよね?」

「……ふんっ、自ら敗北を宣言するなど、愚の誇張だ。俺は最後まで、自分の勝利しか見えていない」

「負けを認めるのも強さだと思うけどね。失望したよ。君はもっと賢いと思っていた」


 好き勝手なことを言ってくれやがる。


 俺も、ギリギリの戦いをどう演出しようか、苦心しているところなのだ。


 簡単に負けられたら苦労はしない。


「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさとこいよ」

「言われなくても、そのつもりだよ」


 アランが剣を最上段に構える。


 だが、すぐにかかってこない。さっさとトドメを刺せばいいというのに……早くこいよ!


「マリウス!」


 だから俺のことを心配してくれて、今にも駆けつけそうな女がいるじゃないか。


 ──エルザが胸のところでぎゅっと拳を握り、勝負の行方を見守っていた。


「どうやら住民の中には、君の勝利を願っている者もいるみたいだね。あの女の顔を見てみなよ、必死だ」

「あの女……エルザのことか?」

「エルザっていう名前なのかい? うん、そうだよ。キレイな子だから、僕の女にしてあげようと思ったけど、あれだけ愚かだったらやめようかな。っどっちが強い男なのかも見定められない女は、僕にふさわしくない」



 …………。



「あのバカな女も失望するだろうね。だからこの戦いが終わったら、僕が代わりに言ってあげるよ。君が信じた男は──弱かったって」


 そう言って、アランの目が光る。


「余興としては、意外と楽しかったよ。トドメだ──」


 アランの姿が目の前から消失する。


 一秒も満たない時間で──彼の剣は、俺の体に叩きつけられるだろう。




 ──勝つメリットなんてないはずだった。


 ──最初から、負けるつもりだった。





 だが──

 こいつは俺の逆鱗に触れやがった。





「エルザを……バカにすんじゃねええええええええ!」




 ──アンリミテッド・ブレイク、出力上昇。


 俺はアランの剣を間一髪のところで避け、彼の顎に渾身のアッパーカットをくらわせる。


「ぐぼあぁっ!」


 間抜けな声を上げて、アランの体が宙に舞う。


 そのまま落下し、彼の体が地面に強く叩きつけられた。


「負けるつもりだったが……エルザのことを好き勝手言うなら別だ。あいつはお前の女じゃねえよ」


 拳をポキポキ鳴らしながら、アランに近づく。


 その直後──歓声。



「うおおおおおお! マリウスさんが勝ったぞ!」

「さっすが聖人様だ! 生意気なガキに鉄槌をくらわせてくれた!」

「マーリウス! マーリウス!」



 ここで我に返った。


 アランは地面で大の字になっている。剣も手から零れ落ちて、その両手はしっかり地面についていた。


 ……ありゃ。

 俺、もしかして勝っちゃいましたか?

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