第29話 主人公というもの

 一目ですぐに分かった。


 アラン。


 瞳は真っ直ぐ前だけを見続け、自信に満ちている。


 ゲームと同じ姿の、主人公アランが、そこにはいた。


「あなたは……?」


 エルザが一歩前に出て、怪訝そうな顔つきでアランを見る。


 アランは彼女の敵意のこもった視線を受けても、全く怯まず、


「僕はアラン! いずれ英雄になる男だ! この街に悪徳治癒ギルドがあると聞いてね。僕が懲らしめにきたんだ!」


 と宣言した。


 悪徳……なるほど。ゲームとは少し違うが、どこかでここの噂を聞いたらしいな。

 だとしたら、誰から?


 考えていると、次へカルラが少し怒ったような表情で。


「悪徳治癒ギルド……って、誰が言ったんすか! そんなの出鱈目です!」

「君のその猫耳……獣人族かな? 誰だい? それに、どうしてそう言える?」

「わたしはカルラです。この街の治癒ギルドで働いています。だから、分かるんです」

「ああ! なんて可哀想に!」


 彼女の話をちゃんと聞いていないんだろうか。

 アランは自分に都合のいいように、話を続ける。


「ギルドで無理やり働かされているんだね! きっと悪いことを言いたくても、口止めされているに違いない。でも、僕が来たからにはもう大丈夫。君を悪徳治癒ギルドから救ってあげよう」

「遠慮します! わたしは自分の意志で働いているんです。マリウスさんも優しくて、わたしにそんなことを──」

「マリウス……治癒ギルドのマスターの名前だね」


 と次に、アランは俺に視線を向けた。


「君が治癒ギルドのマスタで、間違いないかな?」

「……いかにも。俺がギルドマスターのマリウスだ」


 ここで嘘を吐いてもしょうがないと思い、正直に伝える。


 俺の言葉を聞き、アランはカッと目を見開く。


「警告する! 今すぐに、彼女を解放してあげるんだ! ぼったくり商売みたいなことも、即刻やめろ」

「だからわたしは……」

「いいんだ、カルラ。ありがとう。こいつにはなに言っても、通用しないみたいだ」


 続けて反論しようとするカルラを、俺はさっと手で制する。


 ゲームでのアランは、喋らないタイプの主人公だった。

 所謂、プレイヤーの分身だったわけである。


 だから性格こそ分からなかったが……こんなヤツだったのか?


 ゲーム中でも選択肢からなんとなく察せられる限り、正義感が先走る傾向はあった。

 しかし主人公のくせに、ここまで人の話を聞かないように出来るものなのだろうか。




 ──俺は間違っていたのか?




 俺は転生した最初、『物語の強制力』が働き、いくら善行を重ねても破滅に至る可能性を危惧していた。


 俺がこれまで、治癒ギルドを改革してきたことは事実である。

 この街ではもう誰も、俺のことを『悪徳治癒ギルドのマスター』と呼ぶ者はいない。



 しかし『物語の強制力』が働くなら──。



 アランの性格が、人の話を聞かないように矯正されたということなのだろうか?


「マリウス……? 大丈夫? あなたにしては、暗い顔をしてるけど」

「へ、平気だ」


 ふらつくのを堪えていたら、エルザがそう心配をかけてくれた。こいつは俺のことをよく見てくれているな。


「さあ、ここで彼女とみんなに謝罪しろ。今すぐ謝れば、情状酌量の余地くらいは……」


 とアランが言葉を続けようとした時だった。



「黙って聞いてれば……好き勝手なことを言いやがって」

「マリウスさんは悪くねえ! 悪徳治癒ギルドなんて話は、嘘っぱちだ!」

「昔はそうだったかもしんねえが、治癒ギルドは変わったんだ。もうこの街で、マリウスさんのことを悪く言うやつはいない」



 帰れ! 帰れ!


 広場にいる人たちによって、「帰れ!」の大合唱が起こる。


 みんな……。



 ──そうだ。俺は間違ったことをやっていない。



 いくら『物語の強制力』が働こうが、治癒ギルドの評判がよくなったのは事実。

 それはここにいるみんなが、証明してくれるはずだ。


「え……?」


 予想だにしていなかった光景なのか、初めてアランの顔に戸惑いの色が浮かぶ。


「そ、そんな……嘘だ。だって、あの旅商人は言ってたんだ。ここの治癒ギルドは悪の枢軸って。だけどこの状況は……?」


 旅商人?


 ああ、なるほど……街の住民ならともかく、外から来た人間なら、まだ治癒ギルドが昔のままだと信じてる可能性があるか。


 もっとも、シャロン率いる騎士団が治癒ギルドの良い評判を広げてくれているはずだし、アランがたまたまそういう旅商人に出くわすしたのも違和感があるが。


「……分かったか? アラン……といったな。お前の思っていることは誤解なんだ。分かったら、さっさとこの街から出ていった方がいいんじゃないか?」


 その旅商人の話も聞きたいが、今はアランが俺の目の前からさっさといなくなってほしい。


 そう思って、言った言葉だったが──。




「ぼ、僕は認めない! 君に決闘を申し込む! どっちの『正義』が強いのか、証明しようじゃないか!」




 ……は?


「どうして、そんな話になる?」

「この街の住民はみんな、君に洗脳されているだけだ! だったら僕が君を負かせば、みんなも目を覚ますはず! まさかギルドのマスターともあろう人物が、戦いから逃げるつもりかい?」


 挑発的な笑みを浮かべるアラン。


 ……まいったな。ここまで突っ走る性格だとは思っていなかった。



「マリウスさん、やっちゃってくださいよ。その生意気なガキを懲らしめてやってください」

「マリウスさんなら負けませんよ!」



 アランの言う『決闘』を受ける義理はないので、断ろうと思ったが……どうやら、広場にいるみんなはそうでもないらしい。


 みんなは見たがっている。

 俺のことを悪く言ったガキが、される瞬間を。


「……分かった。それでお前が満足するなら、決闘の一つや二つ、安いもんだ」

「そうこなくっちゃね!」

「だが、こっちにも準備がある。決闘は明日でもいいか? 明日、もう一度ここに集まって決闘を行おう」

「僕も、もっとたくさんの人に見てもらいたいからね。承知したよ。逃げるんじゃないよ?」


 そう言ってアランは満足したのか、ようやく俺の前から去ってくれた。


 ……さて、面倒なことになった。





「マリウスさん、大丈夫ですか? 決闘なんて……」


 治癒ギルドの本部建物に戻り。

 俺はエルザとカルラの二人と、作戦会議を開いていた。


「ああでもしないと、あいつも引き下がらないだろうからな。社会を知らない子どもに、道理を教えてあげるのも大人の役目だよ」


 もっとも、転生した俺も子どもと言えるべき年齢ではあるが……。


「あなたの強さは今まで、何度か見ている。だから明日も勝てると思うけど……気になるわね」

「なにがだ?」

「思い出したのよ。あのアランっていう男──最近、巷を騒がせている英雄志望の子だわ」


 ほほお? それは初耳だ。


 エルザの話に、ぐっと引き込まれる。


「詳しく知りたい」

「私もそこまでは知らないけどね。だけど旅を続けながら魔物を倒したり、人助けをしているらしいわ。それだけやれるってことは、あの男──アランはただの自信家ではなく、ちゃんと実力もあるってこと。少なくとも、明日の決闘、楽には終わらない」


 ふむふむ……。

 ゲーム通りならまだ序盤だし、アランの強さもそこまでじゃないと思うが……警戒はして損はないだろう。


「ま、勝負は時の運だ。どっちに転ぶか分からないが、でやってみるよ」

「応援してるわ」

「わたしもです!」


 エルザとカルラが、そう言ってくれている。




 ──しかし今回、俺には考えがある。




 俺の作戦通りにいったら、明日はみんなが予想しない結末に至るだろう。

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