第28話 破滅へのカウントダウン

「ここがセレスヴィルかあ!」


 僕──アランは馬車に乗り、ようやくセレスヴィルに到着した。


 馬車は上等なものではなく、乗っているだけで腰とお尻が痛くなった。


 僕はいずれ英雄になる男なのに、こんな扱いを受けるなんて……と内心憤っていたが、しょうがないと思うしかない。


 英雄になった頃には、こんなボロっちい馬車に乗ることなんてないからね! 下積み期間だと思って、今は我慢しよう。


「まあ今は、そんなことより人助けだ」


 僕は乗ってきた馬車を率いる商団の人に、顔を向ける。


「君が言ってた治癒ギルドってのは、どこにいるんだい?」

「さあ……私もこの街に来るのは初めてですから。そこまでは知りません」

「ちっ、役に立たない男だね。商人っていったら、情報が大事だろう? なんでそんなことも知らないんだい」

「……お恥ずかしいばかりです」


 悔しさを堪える感じで、商人の男が言う。

 どうして、そんな顔をするんだろう? 僕は当然のことを言ったまでなのに!


 とはいえ、こいつに構ってる暇はない。


 僕は近くを歩いている街の住民を見つけ、こう声をかける。


「すまない! この街の治癒ギルドはどこにあるんだい?」

「治癒ギルド……ですか。怪我をなさったんですか? 健康そうに見えるんですが……」

「僕が怪我? 違う違う! 僕がそんな間抜けな目に遭ってるはずないだろ! 僕は治癒ギルドのマスターに会いたいんだ」


 そう言うと、住民は怪訝そうな顔つきで僕を見て、こう口を動かす。


「治癒ギルドのマスター……というと、マリウスさんですね。マリウスさんなら今頃、広場で怪我人や病人の治癒に当たっていると思います」

「なんだって!?」


 それは大変だ!


 商人の話いわく、治癒ギルドのマスター──確か名前はマリウスっていったっけ。彼は人々から法外な料金をぼったくり、私服を肥やすとんでもない悪党。


 今頃、広場でも怪我人や病人から、治療費としてお金を巻き上げているだろう。由々しき事態だ。


「僕は広場に向かう。君たちとはここで一旦お別れだね」


 と僕は振り返り、商団の人々に別れを告げる。


「そのようですね」

「あっ、報酬金のことは忘れないでね? 僕がこの街を発つまでには、きっちり耳を揃えて、用意しといてよ! またしばらくしたら、君たちのところに顔を出すから」

「もちろんです。まあ……その必要はないと思いますが」


 ……?


 なにか気になることを言っていたが、今の僕には治癒ギルドのマスターのことしか頭にない。


 違和感を無視して、再び街の住民に顔を向ける。


「広場はどこにある?」

「あちらの方角を歩いていけば、直に辿り着きますが……」

「助かった! 安心してくれ。悪徳治癒ギルドは、僕が必ず改心させてあげるから!」

「悪徳治癒ギルド……? どうして、そんな──ああ、昔のことを言ってるんですね。誤解ですよ。もう、治癒ギルドは……」


 住民が話を続けようとしていたが、僕はそれを聞かず、彼の前から去る。


「マリウス……! 僕は君のことを許さない!」


 まだ顔すら知らぬ男のことを思い浮かべながら、広場の方へ駆け足で向かっていると、



 コホン。



 一回、口から咳が出た。


「風邪かな……? ここまで来る時も、微妙に体調が悪かった。長引かなかったら、いいけど……」


 これも、馬車がボロかったからだ! 風邪の治療費も含め、あとで商団に請求しないと!


「まあ大したことじゃない。急ごう」


 倦怠感を堪えながら、僕は走り続けた。





 ◆


「マリウスさん、ありがとうございます! おかげで体の調子もよくなりました!」


 俺は現在、広場で人々の治療にあたっていた。


「礼なんて必要ない。俺は当然のことをやったまでだからな」

「なにをおっしゃいますか! そんなことよりも……治療費ですが、本当にこれっぽっちでよかったんですか?」

「なにを言う。君が必死に働いて稼いだお金じゃないか。それにこれは適正な料金だ。特段、少ないわけでもないよ」


 と俺は肩をすくめる。


「やっと、一段楽ってところね」

「お疲れ様です! マリウスさん!」


 行列を捌き切ると、エルザとカルラの二人が、俺の労をねぎらってくれた。


「ふう……エルザとカルラも、ありがとう。君たちが手伝ってくれなければ、もっと時間がかかっていただろう」

「私たちは大したことしてないわ。ただ、あなたが治療していたのを見ていただけ」

「その通りですよ!」


 そういうわけでもないが……謙虚な二人だ。俺が気を遣わないよう、そう言ってくれているんだろう。


 俺は近くのベンチに座り、広場の様子を眺めていた。



「マリウスさんのおかげで、安心して暮らせるようになったな」

「ああ。今までは、ちょとでも病気や怪我をしたら……って思うと、気が気じゃなかった」

「マリウスさんがいてくれて、本当によかった。彼こそまさしく、聖人の名にふさわしい」



 ふっふっふ……。


 転生した頃は、こんな風に言われるようになるとは思わなかったな。


「ずいぶんと治癒ギルドの評判もよくなったものだ」

「そうね。だけど、これもあなたのおかげ。マリウス──あなたの名前は治癒ギルドの象徴になってるわ。聖人……という名前も同時にね」


 とエルザが俺の後方に視線を送る。


 そこには、リンピラ盗賊団を倒したことによって市長が作った、俺の銅像があった。


「これ、マリウスさんなんですよね……銅像になっても、凛々しくてかっこいいです。わたし、一日一回はここに来て、拝み倒してますから」

「どうして、そんなことをしてるんだ!? カルラはもっと、有効なことに時間を使ってくれ!」


 完成した俺の銅像は……途中からなんとなく分かっていたが、かなり美化されていた。

 だが、エルザとカルラに聞いてみても、「そんなことない」ということだ。


 こいつらの目には、俺がどう映っているんだろう?


「まあともあれ、最近は忙しさもマシになってきたわね。休日が取れそうだし、またパンケーキを食べにいく? 今度はカルラも一緒に」

「ぜひ!」

「おお、それはいいな」


 繰り返すが、今の忙殺されている日々は本意ではない。本来の俺は『暇』をこよなく愛しているのだ。

 このまま、異世界スローライフに移行してもいいかもしれない。




 しかし──スローライフをするには、まだ早い。

 順風満帆すぎて忘れそうになるが、この平和がいつ崩れてもおかしくないのだ。

 危ういバランスの上に、俺は立っている。




 それを、あらためて感じさせる──鐘の音が聞こえた。



「君が悪徳治癒ギルドのマスターなのかあ!」



 響き渡る声。

 広場にいるみんなの顔が、一斉に声の方へ向く。


 ……来たか。

 全然来ないから、もう現れないもんだと思っていたぜ。






 ──アラン。

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