第27話 吸血鬼をワンパンしてみた
彼がそう叫ぶと闇に覆われ、その体を隠した。
闇が消滅し現れた姿は、人間としての最低限の形を残しつつも、まさしく異形と呼ぶのにふさわしいものであった。
「ようやく本性を現したか」
そう言いながら、アンリミテッド・ブレイクを発動し、臨戦体制に入る。
赤いタキシードに身を包み、シルクハットを被る異形。
宙に浮かび、俺たちを見落とした神父──いや、吸血鬼は尊大な態度でさらにこう告げる。
「私の真の姿を見ても、余裕を崩さないのは褒めてやろう! だが、その余裕がいつまで持つかな?」
「エルザ、いくぞ!」
「ええ!」
最後までヤツの言葉を聞いてやる道理はない。
素早く刀を抜き、エルザが吸血鬼に斬りかかる。
「雪花族、奥義──『雪月一刀』」
跳躍し、エルザが一閃。
だが、刀は不可視の壁によって阻まれ、吸血鬼の体に触れることすら叶わない。
エルザは少し驚いた様子で、すぐに吸血鬼と距離を離した。
「フハハ! 人間にしては、なかなかの太刀筋だったと褒めてやろう。しかし私には効かぬっ! 貴様らは、私に指一本触れることすら叶わぬ!」
やはり──『闇の加護』が発動しているのか。
ゲーム中でも、ヤツは闇の加護を
正攻法なら、まずは吸血鬼の闇の加護を剥がすことから始めなければならず、長期戦を強いられたものだ。
「サブクエストにしては、面倒臭い敵だったんだよな……」
と俺は呟く。
「平伏せよ。何人たりとも、私の前に立つことを許さぬ」
吸血鬼がそう唱えると、彼の手から黒塗りの矢──闇魔法が放たれる。
複数放たれた闇の矢によって、無数の弾幕が張られた。
俺のアンリミテッド・ブレイクにも限界がある。これは元々の能力を底上げしているだけだからだ。
全て避けたつもりだったが、そのうちの一本が右腕にかすってしまう。
「マリウス!?」
「問題ない。こんなの、虫に刺されたようなものだ」
だが、吸血鬼が放った闇の矢は服の裾を破り、皮膚まで到達した。
アドレナリンが出ているためか、痛みは感じなかったが……痛々しい傷跡が出来る。
治癒魔法で治せるが、それをしてもジリ貧だな。いずれ魔力が尽きてしまうだろう。
「ただの傷と思うまい。治さず時間が経てば、直にその腕は腐食し、二度と使いものにならぬ」
彼は既に勝ち誇っているようであった。
エルザにも視線を移すと、彼女は「あれはヤバい──」と本能で感じ取っているようであった。
「くくく……絶望したか?」
「はっ! 絶望する? バカ言え」
俺が今、思っているのは……。
「──安心してんだよ。ゲームと
もしかしたら違っているかもと思って、しばらく様子見していたが……この調子だと大丈夫そうだ。
内心ほっと安堵の息を吐きながら、俺は手をかざし、治癒魔法の発動準備をする。
発動の矛先は──
「お前の弱点は知ってんだよ」
「ま、まさか──ちっ!」
舌打ちし、回避行動を取る吸血鬼であったが……もう遅い。
俺は吸血鬼に向かって、治癒魔法をぶつける。
「グアアアアアアアッッッッッ!」
先ほどまでの余裕の態度が嘘だったかのように、吸血鬼が断末魔が辺りに響かせる。
本来──治癒魔法は、人の傷や病気を治すための術。
癒しの光は、人間を救う。
だが──闇に生きる吸血鬼にとって、癒しの光は毒となった。
「き、貴様……最初から気づいていたのか。何故だ。どうして知っている……」
「ん? 吸血鬼っていう怪奇には、治癒魔法が特攻なのは定番だろ?」
そう言って、ニヤリと笑う。
わざわざ敵に治癒魔法を当てる酔狂は、この世界にいない。
しかしそれは現実での常識。
ゲーム脳の、現代っ子には通用しないもんでね!
「さあ、戦いはこれからだ。せっかくだから、治癒魔法特攻を、もうちょっと確かめさせてくれよ。今後のためにも、吸血鬼にどれだけ治癒魔法が効くかってのを──ありゃ?」
残り数発、治癒魔法を当て続ける必要があると思ったが……その必要はなくなった。
闇の覇者──吸血鬼は地に堕ち、動かなくなってしまったのだ。
「もしかして、これで終わりか?」
近づき、彼の頬をペチペチと叩いてみるが、やはり目を開ける気配はない。
「なんだよ……偉そうにしてた割には、ワンパンかよ」
頭を掻いて、俺は戦いの終わりを締めくくった。
「倒したの……?」
床に倒れ伏せ、目を開けない吸血鬼を前にしても、エルザは半信半疑といったところだった。
「ああ、間違いなくな」
……それにしても弱かった。
だが、俺が危険を承知で、吸血鬼退治に乗り出した理由。
それはこの攻略法を知っていたからだ。
相手が未知の相手だったら、たとえ『街の人々からの評価を上げたい!』という邪な理由があっても、俺が飛ぶこむわけがない。
「まさか吸血鬼に治癒魔法が効くだなんて、知らなかったわ。ゲームと同じ……って言ってたけど、どういう意味なの?」
「そ、そんなこと言ってたっけな」
適当に誤魔化し。
「とはいえ、この程度の相手なら、治癒魔法特攻を使う必要もなかった。あのまま殴り続けていれば、吸血鬼の防御手段──闇の加護も剥がれていただろうしな」
「でも、こっちの方が安全だと思って、やったのよね?」
「もちろん、それもある。もう一つの理由は……」
と言葉を続けようとすると、突如吸血鬼の体から光が溢れ出したのだ。
「も、もしかして、まだ終わってないの!? マリウス、倒したって言ったじゃない!」
「いや、心配するな。言っただろ? 吸血鬼
再び剣を抜こうとするエルザを手で制しながら、光る吸血鬼の体を眺める。
やがて光が収まると、異形の吸血鬼の姿ではなく、元の神父の状態に戻っていたのだ。
「こ、ここは……」
神父は頭をさすりながら、上半身を起こす。
「
「本物? いかにも、私は普段神父をしているが……」
「突然で驚くかもしれませんが、あなたは今まで吸血鬼に体を乗っ取られていました」
「な、なんだって!?」
目を見開き、驚愕する神父。
一方、エルザは訳が分かっていなさそうだった。
「マリウス、これは……」
「そもそも彼の正体が吸血鬼だとしても、どうして神父として教会に勤めることが出来ていたのか? って疑問もあるだろ。少なくとも、信者の人たちからは信頼されていたようだし……」
これが今回の裏の真相。
彼の正体が吸血鬼なことは本当だが、それは体を乗っ取られていただけに過ぎなかった。
彼の様子を見るに、その間の記憶はほとんど残っていないんだろう。
普通に殴り続けても吸血鬼に勝つことが出来たのに、わざわざ治癒魔法で倒した理由。
それは治癒魔法を使うことによって、彼の体から吸血鬼を追い出し、無傷のまま救い出したかったからだ。
彼の人格がまだ残っていることは、ゲーム内の知識で知っていたからな。
たとえばこれが──吸血鬼の人格と混ざり合い、別のアイデンティティとして生まれ変わっていたなら、手遅れだった。
「説明……してくれるかな?」
「はい」
まだ事情を飲み込めない様子の神父に、俺はここまでの経緯を伝える。
最初は俺の話を疑っていた彼だったが、やがて信じてくれて。
「そうだ。頭が闇に覆われる前、具合が酷く悪かったんだ。しばらく寝込んでいたら……暗闇に呑まれて……ずっと、遠くで声が聞こえてくるとは思っていたが……記憶も曖昧で……」
「おそらくそれが、吸血鬼になる前兆だったのでしょう。声が聞こえていたというのも、あなたの人格が残っている証拠です」
「そ、そんな……私は……なんということを……」
「そう気落ちしないでください。あなたがたまたま、吸血鬼の依り代に選ばれただけです。あなたでなければ、他の人が依り代になっていました」
教会という隠れ蓑にするにしては的確。人がよさそうな性格も、吸血鬼に狙われる要因となってしまった。
まさか、みんなから信頼されている教会の神父が吸血鬼だと、誰も思わないだろうからな。
しかしそれは彼の責任ではない。
「だから、罪悪感を抱く必要はありませんよ。俺の口からも冒険者ギルドに説明するので、あなたが罪に問われることはないでしょう」
「いや……自首するよ。たとえ吸血鬼に体を乗っ取られていようが、私の手で人を殺めたのは事実だ。これも私の心が弱かったせいだろう。しっかりと罪を償う」
うーん……心が弱いだとか、そういう話じゃないんだけどな。
だが、彼がそう言うのなら、俺がこれ以上口を挟む問題でもない気がする。
フォローはするが、あとは彼がどう動くのかを見守っておこう。
「これで本当に解決……ってところかしら」
「……そうだな」
「なにかしら? 盗賊団に続き、吸血鬼の謎も判明させたっていうのに、浮かない顔じゃない」
「うーん……なーんか、さっきから引っかかるんだよなあ」
今回の吸血鬼の一件。
そして今まで、この街に起こっていた事件──。
それらが全て、一つの線で繋がるような感覚だ。
「……ま、直に分かってくるだろう」
今日は疲れた。
せっかくの休日なのに、いつもより忙しかったんじゃないか、これ。
だが、これも俺らしいかもしれないな。
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