第26話 真実

 隠し階段の先にあった部屋の中に入ると──そこは、なにかの儀式が行われていそうな場所だった。


 青白い光が部屋を照らし、床には不気味な五芒星が描かれている。その周囲を囲むように、燭台があった。

 部屋の奥には高く積み重ねられた本棚があり、びっしりと本が収納され。

 その前にはぽつんと小さなテーブルがあり、一冊の本が開かれた状態で置かれていた。


「神父の書斎……というわけでもなさそうね」

「ああ。そうだとしたら、床や壁に付着している赤い跡の理由が説明つかんからな」

「赤い跡──薄暗くて、気づかなかったわ。これは……」


 エルザは付着している赤い跡に鼻を近づけると、


「……血ね」


 すぐに顔をさっと離して、そう言った。


「でも書斎でもないとしたら、ここはなんの部屋かしら?」

「黒魔法の儀式を行う場所だ」

「黒魔法?」

「エルザが知らなくても、仕方がない。一部の人しか知り得ない情報だからな」


 黒魔法は闇の存在。

 黒魔法を極めれば、普通の魔法なら成し得ないことも出来るのだという。


 たとえば……人間の蘇生。


 このゲーム──アルカディア・クエストでは、HPがなくなった仲間を蘇らせる『復活魔法』も存在するが、それはあくまで仮死状態になっているだけだから可能だと説明されていた。


 完全に死んだ人間を蘇らせるなど──それこそ、治癒魔法をいくら極めていようが不可能。


 無論、黒魔法がしようとしていることは、ほとんどが夢物語だ。

 人は死ねば蘇らないし、そのような命を弄ぶような行為を、この世界では禁忌としている。


 しかし黒魔法の中にも例外的に、実現可能とされている術があった。


「魔族の召喚だ」


 エルザに説明しながら、俺はゲーム内の知識を思い出す。


 邪悪な存在で、大昔はたった一体の魔族に滅ぼされた国もあるのだという。

 ゲームでも序盤から存在を匂わせ、中盤から魔族は本格的にストーリーに絡んでくる。

 終盤には『四魔天』と呼ばれる、四体の最強の魔族が現れ、その戦闘はゲーム中屈指の難易度だった。


「人間でありながら、このような黒魔法に手を染める人間の者を、黒魔法士と呼んだりもするな」

「なんてこと……! そいつらは、なにを考えてるっていうの!? 生きる災厄とも呼ばれる魔族を召喚しようとするなんて……正気を疑うわ」

「実際、正気じゃないんだろうな」


 ゲーム中でも、これは黒魔法士と魔族の存在を匂わせる、大事なサブイベントだった。


 とはいえ、匂わせるだけ匂わせただけで、具体的な繋がりまでは示唆されなかったがな。

 もしかしたらゲーム会社も、忘れてた設定なのかもしれない。


 だが──ここは現実世界。


 人の都合によって、忘れられた世界の都合などない。


「これで分かっただろう? 教会内部にこんな部屋があるなんて不自然だ。吸血鬼かどうかはともかく、あの神父は黒だ」

「ええ。正直、あなたに言われるまで信じられなかったわ。早くこの場所のことを、冒険者ギルドに伝え──」


 とエルザが言葉を続けようとした時だった。




「おやおや、迷子ですか? こんなところに来てはダメではないですか」




 ──後ろ。

 振り返ると、昼に会話をした神父が立っていた。


「……神父様。もう一度、問います。人々を襲う吸血鬼を、どのようにお考えですか?」


 ここまできたら誤魔化しもきかないし──きかせる必要もないと思い、冷静に話を始める。


「神の試練です。人がさらに大きく前進するように、神は時々我々に試練を与えます」

「では、吸血鬼はどこにいると思いますか?」

「さあ……? 私が知っていたら、とっくに吸血鬼は捕まっているでしょう」

「まどろっこしいな。単刀直入に聞く。お前がその噂の吸血鬼本人じゃないのか?」


 口調を元に戻して、神父を追及する。


 しかし神父は表情を一切変えず、「はて」と首を傾げ。


「ははは、面白い冗句ですね。ですが、神に仕える私が、人を襲う吸血鬼など有り得ませんよ」

「じゃあ、この部屋はなんだ? 怪しい儀式道具のようなもの。床や壁に付着した、夥しい血の跡。ただの書斎には見えないが」

「ああ……実は私の方でも、吸血鬼について調査していましてね。儀式道具のように見えるものは全て、吸血鬼に繋がる証拠なのです。血の跡は、大昔に付けられたものだと聞いています。それ以上は知りません」

「そうか。だったら、この日記はどうだ?」


 部屋の奥。

 テーブルの上に開かれていた一冊の本を手に取り、神父に見せつける。


 そこにはこう書かれていた。



『○月○日

 

 満月の晩。

 今宵の獲物はまことに執拗で、煩わしい人間であった。

 無意味な抵抗を繰り返し、我が圧倒的な力の前に無力であることを悟ることなく、最期の瞬間まで最愛の者とその娘の名を叫んでいた。


 だが、その絶叫こそが我ら吸血鬼にとって至高のかてである。


 豊潤なる血潮も次第に蓄えられ、儀式の成就は目前に迫っている。

 魔族様がこの世に降臨なさるとき、この街はどれほどの悲鳴で満ち溢れるのだろうか。


 嗚呼ああ、待ち遠しい』



 記述はそのページだけではなく、何ページにも及んでいた。

 内容は全て似ている。『人間を殺した』『吸血鬼は人間に劣る』『魔族召喚の儀式が進展した』……というようなもの。


「お前の書いた妄想……って言い逃れも苦しいぜ。なんにせよ、まだ自分が白だと自供するなら、俺はこれらのことを冒険者ギルドに伝えるだけだ。反論したいなら、ギルドの取調室の中で好きなだけ言ってくれ」

「……ふっふっふ」


 ここまできて神父はとうとう堪えきれなくなったのか、くぐもった笑い声を零す。


「驚いた。まさか、ここまで辿り着いているとはな。昼間に貴様を見た時から、なにか怪しいと感じてはいたのだ。私の勘も侮れない」

「褒められるのは、悪い気はせんな」

「だが、間抜けだ。私が貴様らごとき侵入に気づいていないとでも、思っていたか? わざと誘き寄せたのだ。裏口の南京錠も古いものに変えておいた。さぞ、侵入しやすかっただろう?」


 やはり……か。

 あっさり壊れるものだから、少し違和感があったところだ。


「いかにも──私は誇り高き吸血鬼。昨今、この街の劣悪種にんげんどもを殺していたのも私だ」

「どうして人間を殺す? 吸血鬼は血が栄養というのは知っているが、わざわざそれが人間である必要はないはずだ。そこらへんの魔物でも狩ってればいいじゃないか」

「貴様は面白い。我らの生態についても、よく知っているようだ。ならば、気づいているのだろう? 私が人間を殺して血を集める理由、それは劣悪種の血が魔族様の召喚に必要だからだ」

「っ……!」


 隣でエルザが神父の言ったことに、顔を歪める。


「そして、あと一人……いや、二人分の血でもあれば、儀式を始められる」

「ギリギリのところだったんだな。やっぱり、日を改めなくて成功だったよ」

「やけにペラペラ喋るわね。吸血鬼ってのも、随分お喋り好きみたい」


 敵意を込めて、エルザが挑発する。


 しかし神父は余裕を崩さず、俺たちにこう告げた。


「それは──貴様らはどうせここで死ぬからだ! 魔族様召喚のため、貴様らを最後の贄にしてやろう!」

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