第25話 調査

 カフェから出た俺たちは、その足で街の教会に向かった。


「教会……っていったら、吸血鬼と関わりが深い場所ね。ここに吸血鬼の手がかりがあるの?」

「まあ、まずは黙って見といてくれよ」


 俺はエルザにそう言ってから、教会の中に足を踏み入れる。


 中では信者らしき人たちがたくさんいて、奥では神父が彼・彼女らと順番に言葉を交わしていた。

 みんな、よほど神父のことを信頼しているようで、少し喋っただけで満足そうな顔で教会を出ていった。


 俺たち二人は律儀にその行列に並び、順番を待つ。


「おお、迷える子羊よ。本日はどのような悩みがあって、この場を訪れたのですか?」


 神父は人当たりのいい笑顔を浮かべながら、俺たちに問いかける。


「神父様、最近人たちを騒がせている吸血鬼を知っていますか?」

「もちろん、存じ上げていますよ。由々しき事態ですね」


 俺の問いかけに、神父は淡々と答える。


「しかし、なにも恐れることはありません。神はいつでも我らを見ています。我らが神を信じれば、自ずと吸血鬼もいなくなるでしょう」

「確かにその通りかもしれません。ですが、不安なのです。神がたとえいるとするなら、どうして吸血鬼による被害が出ているのでしょうか?」

「そのような疑問が生じるのも、仕方がないでしょう。あなたたちは……見かけない顔ですね。最近、神への信仰を始めた方ですか?」


 別に神など信じちゃいないが、ここで否定する意味はないだろう。神父の質問に、俺は首を縦に振る。


「でしたら、こう考えましょう。神は我々に試練を与えているのです。神は必ず、乗り越えられる試練しか提示しません。この試練を乗り越えた時、我らはまた一つ大きく成長するでしょう」

「なるほど……素晴らしいお考えですね。ありがとうございます。心の不安が拭えました」


 今のところ、これ以上ここに用事はない。

 俺はあっさりと列から離れ、踵を返す。


「もし、またなにか悩み事があれば、この教会を訪れなさい。信ずるものは救われる。あなたたちに神のご加護があらんことを」


 去りゆく俺たちの背中に、神父のそんな言葉がかけられた。


 教会を出て少し離れたところで、俺はエルザと話し合う。


「優しそうな神父様だったわね。だけど、今更神に頼る気はないんでしょう? さっきの時間はなんだったのかしら」

「あの神父が吸血鬼の正体だ」


 俺がそう告げると、エルザは驚いた様子。


「冗談……じゃないのよね? でも、怪しそうな様子は見えなかったけど」

「まあヤツも簡単に尻尾を出さないさ。カマをかけてみたが、動揺した様子は一切なかったしな」

「信じ難いわね」


 エルザがそう思うのも、しょうがないだろう。


 吸血鬼は今まで、自分の正体に繋がる手がかりを残してこなかった。目撃者は全て殺したからだ。


 ゲーム中の主人公アランも、ひょんなことから吸血鬼の正体を看破する。その道のりは偶然なものであった。


 だが、俺は偶然や神には頼らない。


 あの優しそうな神父の面を一皮剥けば、恐ろしい吸血鬼であることを知っている。


「だとして……彼が吸血鬼だという確信があるなら、さっきの時に仕掛けなかったのかしら?」

「バカ言え。ヤツが神父だとしても、決定的な証拠がないのには変わりない。仮にあの場で俺がヤツを追い詰めたりでもすれば、悪くなるのはこっちだ。さっきのは話している最中に、なにかポロっと失言を零さないか……と思ったまでだ」


 ヤツもそこまで愚かではなかったがな。


 とはいえ、大して期待していたわけでもない。

 どちらかというと、神父の顔を見て、ちゃんとゲーム通りなのかを確認したかった意味合いの方が強い。


「それもそうね。だったら、これからどうするつもりなのかしら?」

「ふっ。分かってるのに、聞くなよ。証拠がないなら、今から探すまでのことだ」


 ニヤリと笑い、俺はこう続ける。


「あの神父が吸血鬼であるなら、教会に証拠が隠されている。とはいえ、今は昼時で人も多いし、それを探すのは向かない」

「となると……チャンスは夜ってことかしら」

「そうだ。そうじゃなくても、吸血鬼の活動時間は夜だからな。その時、ヤツが行動を起こす可能性が高い。今夜、忍び込むぞ」

「分かったわ」


 頷くエルザ。


 神父の野郎め、『神による試練』とか言っていたが、全部自分のせいなのによくも言えたものだ。

 たとえ気づかれても自分には勝てないとでも思っているかもしれないが、その自信、俺が打ち砕いてやるよ。





 それから夜になるまで適当に時間をつぶし、俺たちは再度教会に足を運んでいた。


「今なら忍び込めそうね。行くの?」

「まあ待て。俺の考え通りなら──」


 物陰に隠れ教会の様子を探っていると──動きが出た。


「昼に見た神父──」


 エルザが言葉を漏らす。俺は「しっ」と口元に人差し指を当て、息を潜めた。


 俺たちに気づかず、神父は教会の中に入っていった。どこかに外出していたのだろうか?


「運が向いてるみたいだ。ただ証拠を見つけるだけじゃなく、ここで全て片付けられそうだ」

「そうかもね。だけど……あなたの言ってることだから本当だと思うけど、まだにわかには信じ難いわ。たとえ夜でも、あの人が教会に入るのはおかしいことじゃないし」

「今から分かる。エルザもを見れば、はっきり分かるはずだよ」


 そうと分かれば、俺たちも動き出そう。


 俺とエルザは足音を忍ばせながら、教会に近づく。


 無論──馬鹿正直に真正面から入るわけではない。


 俺たちが向かったのは、教会の裏口だ。


「ちっ……やっぱり鍵がかかってるな」


 裏口の扉には南京錠がかけられていた。


「なら、少し手荒な真似になるが、窓を割って中に入るか。神父には気づかれるかもしれないが、やむを得ん……」

「そんなこと、する必要ないわよ。この程度の南京錠なら──」


 なにをするのかと思うと、エルザは南京錠に手をかける。


 そして持っていた剣の柄の部分を、ガッ! と南京錠に叩きつけ、破壊してしまった。


「ほら、これで入れる」

「……エルザって怪力なんだな」

「女の子にあまり言っていい台詞じゃないわね」


 そう言って、不満そうに唇を尖らせるエルザ。


 なんにせよ、これで中に侵入出来る。


 俺たちは裏口から入り、息を殺しながら教会の奥に進んでいく。


 教会内部はゲームと同じであることを、昼の時に確認済みだからな。昼には、もうここまで計算していたので、こういう意味合いもあった。


 そしてより一層暗く、じめじめとした場所。

 廊下の行き止まりの前まで来る。


「行き止まりみたいね。引き返す?」

「まあ待て。俺の考えが正しければ……」


 俺は近くにあった火の付いていない燭台を触り、確かめる。


 えーっと、ゲームではここに……。


 ……あった!


 燭台の下の方にスイッチらしきものがあることを発見し、早速押してみる。


 ゴゴゴ……!


 すると壁がひとでに動き、隠し階段が出現したのだ。


「まさかこんなものが……!」

「ますます、あの神父が怪しく見えてきただろう? あまり時間をかけては、ヤツに気づかれる。行くぞ」


 俺が言うとエルザは頷きで応え、隠し階段の先を進んでいく。

 そして階段が終わり、重厚な扉が現れた。


「この先だ。この先に、ヤツが吸血鬼である証拠が隠されている」

「……行きましょう」


 緊張した面持ちでエルザが言い、俺は扉を押す。


 その部屋の中には……。


「ここは……!」

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