第24話 吸血鬼の噂

 翌日。


 無事に書類仕事も一段落つき、俺は街の広場でエルザと待ち合わせをしていた。


「待たせたわね」


 銀髪を揺らしながら、エルザのご登場だ。


 いつもキレイで人目を惹く彼女であるが、今日はさらにその美しさに拍車がかかっていた。

 実際、エルザが歩くと、周囲の人々の視線が自然と彼女に向いていた。


「俺も今、来たばかりだ。なんというか……今日は私服なんだな」

「だって、いつもと同じ服だったら、仕事みたいじゃない」


 ジロジロ見ていたらセクハラを疑われそうなので、あまり直視出来ないが……今日の彼女は、いつもより女の子成分が上がっている気がする。

 星型の髪飾りも、今日の彼女によく似合っていた。


「そういうあなたは、いつもと同じ服なのね」

「ん……これ以外に服を持ってないからな。ダメか?」

「ダメではないわ。でも……これだったら、気合いを入れた私がバカみたいじゃない」


 気合い?

 どうして、入れる必要がある。


「まあいいわ。早く行きましょう。昼時になったら、混んでお店に入れなくなるかもしれないから」

「おう。昨日聞くのを忘れていたが、どこに行くつもりなんだ?」

「行ってからのお楽しみよ」


 そう言って、エルザはウィンクをする。


 歩き出す前、彼女は自分の髪を何度か触りながら、俺にこう問いかける。


「……他に気になったことはないかしら?」

「はあ? どういう意味だ」

「なんでもないわ」


 ぷいっと顔を背けて、エルザがそそくさと歩き始める。


 なんだ、そりゃ。


 もしかして、今日のエルザは機嫌が悪いのか?

 自分から誘ってきたわりに、自分勝手なヤツだな。


 訳が分からないまま、俺は彼女の後をついていった。





 ──大した会話もなく歩き続けていると、やがてエルザはカフェらしき建物の前で足を止める。


「ここが、君の連れてきたかった場所か?」

「そうよ。ここのパンケーキが前から評判で一度、食べてみたかったの。一人で行くのも抵抗があったから、良い機会だと思って」

「ほほお」


 パンケーキ……甘いものは苦手ではないが、わざわざ自分で足を運ぶほどではなかった。

 そういう意味でも、エルザのお店選びのセンスはよかったかもしれない。


 カフェに入り、窓際の席に座りメニュー表を広げた。


「俺はパンケーキと珈琲でいいかな。エルザは?」

「私も同じものを。あっ、私はカフェラテの方がいいわね。苦いのはあまり得意じゃないから」


 子どもっぽいエルザの一面を知れて、ほっこりする。


 その後、やってきた店員に注文を伝え、程なくして品がテーブルに並べられた。


「で、でかい……!」


 珈琲は普通だ。

 しかし運ばれてきたパンケーキは予想以上にでかく、つい億してしまった。

 その大きさときたら、俺とエルザの顔を合わせても、まだ足りないくらいだ。


「ビビってるのかしら?」


 ニヤリとエルザが笑う。


「ビビる? 心外だな。これくらい、ペロリと平らげてみせる」

「頼もしいわね」


 俺たちはお互いの顔を見合って笑い、いざ尋常にクソデカパンケーキに向き合った。


 ナイフとフォークで一口サイズにしてから口に運ぶと、中の生クリームの甘さが口に広がった。

 途中でしんどくなるんじゃ……と危惧していたが、不思議とパンケーキを食べる手が止まらない。

 くどくない甘さというんだろうか、一緒に注文した珈琲との相性も抜群だった。


 一心不乱にパンケーキを食べ続け、ようやくお皿が空になる。


「ふう……」


 珈琲を飲んで、一息吐く。


 最初はどうなることかと思っていたが、期待以上の満足感がある。こりゃ、評判になるのも頷けるな。


「どうだった?」

「美味しかった。今日はお腹いっぱいだからいいが、後日また来て食べてみたいと思うほどにな。エルザは?」

「言わずもがなね。最高だったわ。お代わりしようかしら」


 とエルザは優雅にカフェラテを口に流し込む。


 彼女は俺が完食する十分前くらいに、既にパンケーキの入った皿を空にしていた。


 しかもこれでは満足せず、お代わりするだと……?


 いつもは少食なイメージのある彼女だが、甘いものは別腹なのかもしれない。


「エルザって、意外と女の子らしいところもあるんだな」

「失礼ね。今まで、男だと思ってたとでも?」

「そうじゃない。どちらかというと、エルザはキレイめの女性だと思っていたんだ。しかし今日の私服といい、意外と可愛いところがあるなって。その星型の髪飾りだって、よく似合っている」

「え……」


 俺の言葉に目を丸くし、エルザは星型の髪飾りに手を触れる。


「気づいてたの?」

「ん? 当然だろう。いつも君と一緒にいるんだ。些細な変化すら気づかない方が、おかしいに決まっている」

「だって、待ち合わせの時は言ってくれなかったじゃない」

「ああ……だからあの時、機嫌が悪くなったように見えたのか。別に気づいてなくて言わなかったわけじゃない。ただ……なんというか、俺は女性と喋るのに元々慣れていないんだ」


 前世でも彼女がいなかったことはないが、どれも長続きせず、すぐに途絶えてしまった。

 そういうこともあり、どちらかというと女性には苦手意識がある。


「そんな細かいところまで、見やがって……と君に嫌われると思っていた」

「誤解ね。私があなたのことを嫌うわけがないのに」


 そう溜め息を吐くエルザであったが、どことなく嬉しそうに見えた。


「素晴らしい休日だ。日々の疲れが取れたよ。ありがとう」

「あら、まだ一日は始まったばっかりよ? まだまだあなたに休日の過ごし方を教えてあげるんだから」


 と声を弾ませるエルザ。


 彼女のそんな言葉に、俺は救われた気持ちになるのであった。





 パンケーキを食べ終わった後も、珈琲をお代わりしてエルザと時間を潰していると、店内が混んできた。


 気づけば、もう昼時だ。

 入り口の方をよく見たら、行列らしきものも出来始めていた。


「そろそろ出るか。お店の迷惑になるかもしれないしな」

「そうね」


 と席を立とうとした時──。



「おい、知ってるか──吸血鬼の話」

「ああ。吸血鬼に連れ去られた人間は、二度と帰ってこないらしい。噂によると体中の血を吸われて、絶命するだとか」

「おっかない話だねえ」

「せっかくリンピラ盗賊団も捕まったのにな。この街の治安も悪くなったものだ」



 隣の席の客から、そんな話が聞こえてきた。


「吸血鬼……」


 ああ──そういえば、ゲーム内で『吸血鬼の謎を解き明かせ!』というサブクエストがあった気がする。

 やたら設定が凝っていたくせに、あっさりと解決出来たのでやけに記憶に残っている。


「エルザ、知ってるか?」

「噂くらいは……でも最近耳に入ってきた噂だし、あまり詳しくは知らないわ」


 再度、椅子に座り直して、隣から聞こえてくる話に耳を澄ませる。



「全く、自警団や冒険者ギルドはどうしてんだ?」

「吸血鬼の目撃者はいない。何故なら、目撃者は全て吸血鬼に殺されているんだからな。捜査も難航しているらしい」



「……どうやら、吸血鬼の正体も掴めていないそうね」

「だな」


 この吸血鬼の噂は一種の怪談話で、人々から本気に思われていないかもしれない。

 だからこそ、今頃この噂が俺の耳に入ってきたんだろう。


 だが、俺は知っている。


 吸血鬼は実在するし、今現在どこにいるのかということもな。


「……吸血鬼を探すつもりなのね」


 俺の考えを読んだのか、エルザがそう口にする。


「そうだ、よく分かったな」

「あなたが本当はどういう人間だってことも、最近分かってきたからね」

「すまない。せっかくの休日だが、放置すれば手遅れになるかもしれない。今から吸血鬼の調査をしようと思うが……」

「いいわよ、私も付き合う。困っている人を見過ごせない、あなたらしい行動だわ。なんなら、そう言い出さない方がちょっと幻滅してたかも」


 助かる。


 しかし……丁度、「このまま、本当に破滅しないのか?」と不安になっていた頃だ。

 ここでダメ押しとして、吸血鬼の事件を解決しておけば、少しは安心出来るはず。


「でも、どこから調べるのかしら。前の盗賊団の時とは違い、全く手がかりがないのよ」

「大丈夫。それについては、もう知ってるんだ」


 本来なら、ここで推理パートが始まるのかもしれない。


 だが、ゲームをプレイし真実を知っている俺にとって、そんなまどろっこしいものは必要ない。


『吸血鬼の犯人』の顔を思い出しながら、カフェを後にした。

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