第23話 まだまだ足りねえよ!

「終わんねえええええええ!」



 ギルドマスターの一室。

 俺はそう叫び、頭を抱えていた。


「ファイトですよ! わたしも手伝いますから!」


 そんな俺を、カルラが優しく応援してくれる。



 ──現在、俺の前には大量の書類とエナジードリンク。



 異世界にもエナジードリンクがあるのかと驚いたが、よくよく考えれば、珈琲があるのだからカフェイン摂取手段としてあってもおかしくはない。


 星の砂の販売、マリウスがこさえた借金の返済、リンピラ盗賊団の壊滅。

 主人公アランの存在は気になるが、順風満帆の日々を過ごしていた。


 だが、治癒ギルドのマスターとしてやるべきなのは、派手なことばかりではない。


 大量の書類にサインをしたり、予算案の作成。部下には指示も出さなければいけないし、そのためにはマニュアルも作らなければならない。


 会計部分はカルラに手伝ってもらったとして、限界がある。


 ゲスオの野郎の顔も、最近は見ない。逃げたんだろうか……まああんなヤツ、どうでもいいけどな。


 というわけで──最近の俺は雑務の忙しさに殺されそうになっていた。


「あなたは一人で、なんでもかんでも背負いすぎなのよ。治癒ギルドの経営も安定してきたし、人を雇えばいいじゃない」


 エルザがそう提案してくれる。


 彼女も俺の雑務を手伝って、毎日忙しい日々を送っているはずだ。


 しかしそんなことは微塵も感じさせず、涼しげな顔をしている。体力お化けかよ……。


「うーん、しかしだな……自分でやれるなら、すればいいだけだし。それにギルドが不正に利用していた税金の返還も終わっていない」

「市長は待ってくれると言ってたじゃない。もう少し、ゆっくり事を進めれば?」

「んー……」


 エルザの言うこともごもっともであるが、俺が簡単に首を縦に振れない理由がある。


 それは……まだまだ不安だからだ。


 なにか見落としはないか?

 これで本当に破滅から逃れられるのか?


 ……という焦りに日々急かされていた。


 どうやら俺は、自分が思っている以上に小心者らしい。

 ゲームでマリウスがいかに悲惨な最期を迎えたか知っているので、ついつい心配になってしまう。


「今までが今までだったから、すぐにまた治癒ギルドの評判が悪くらないかと不安になる気持ちは分かる。だけど、あなたは頑張ってきた。まだそんなに不安なの?」

「不安だ。確実にから逃れるためには、まだ足りねえよ」

「破滅……少しでも気を緩めれば、また昔に後戻りするかもって考えてるのね。そう考えるのは立派だけど、最近のあなたを見ていると、私こそ不安になってくるわ。潰れちゃわないか……って」


 うっかり口を滑らせてしまったが、どうやらエルザなりに解釈してくれたらしい。


 彼女は俺を見て、そう溜め息を吐く。


「そうですよ! マリウスさんが倒れないかって、わたしもハラハラしてます。最近、休んでるんですか?」

「ヤス……ミ……?」


 いかん、いかん。


 あまりに忙しすぎて、そんなことまで頭が回らなくなっていった。


「そういや俺、休日って存在するのか……?」


 転生してからここまで必死だったので、休日らしい休日を取った覚えがない。

 いつも夜遅くまで仕事をして、眠気が限界にきたら寝る生活を続けてきた。


「……ダメね。忙しすぎて、当たり前のことも忘れてたのかしら」

「そうですよ! 仕事が好きなのかもしれないですが、だからこそ休める時にはちゃんと休みましょう! 仕事の効率も落ちますよ!」

「別に仕事が好きってわけでもないが……」


 それに俺のモットーは『スローライフ』だ。


 前世でも、老後は海が見える街に引っ越して、毎日釣りでもしながら過ごしたいと考えていた。


 せっかく異世界に転生したし、破滅から逃れることが確定したら、ぜひスローライフを満喫したいと思っていたが……。

 これではなかなか実現出来そうにない。


「休みなさい。これは部下から、ギルドマスターへの命令。疲れた状態で仕事をしても、重大なミスをおかしちゃうわ」

「とはいっても、たとえ休日をもらっても、なにをすればいいか分からないさ」


 と肩をすくめる。


「なにをすればいいか分からない……そう言ったわね?」


 その時。

 エルザの目が光った……ような気がした。


「じゃあ明日一日、あなたの時間を私にくれない?」

「どういう意味だ?」

「私が休日の時間を教えてあげるって言ってるのよ」


 エルザがそう言うと、「エルザさん! 大胆!」とカルラが口を抑えていた。


「い、言っとくけど、別に深い理由はないからね。私はあなたに倒れてほしくないだけ。あなたが倒れたら、割を食うのは私たちなんだから」


 するとすぐにエルザが慌てた様子で、そう補足を入れた。


「まあ……休日を取るのはいいかもしれないな。よかったら、カルラも一緒に教えてもらうか?」

「え、いいんですか。ぜひ──」


 とカルラが言葉を続けようとすると、エルザが鋭い目つきで彼女を見た。


 何故か、カルラは「ひっ」と短い悲鳴を上げ、肩を震わせてから。


「……いえ、実は他に用事があるんです。申し訳ないんですが、エルザさんとマンツーマンで教えてもらってください」

「そうか。それは残念だ。用事って、もしかしたらデートか?」

「デ、デート!? そんなわけないでしょ! デートに行く相手もいないんですから! マリウスさん、わたしが今言ったことを覚えといてくださいねっ」

「お、おう」


 前につんのめって、すごい勢いで口にするカルラを見ていると、そう頷くしかなかった。


「じゃあ決定。カルラのことだけじゃなく、明日のことも忘れないでよね」

「当たり前だ」


 忘れたら、あとが怖いし……。


 なんにせよ明日の休日のために、この大量の書類を今日中に片付けなければ。


 そう思い、再び書類と向き合った。

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