第33話 四魔天

 ──時は少しさかのぼる。


「やはり、なにかがおかしい」


 エルザたちと別れた後。


 目の前のオークを斬り伏せ、街の異常について俺は考えていた。


 前触れもない、突然の《大襲来ラッシュ》。


 そういうこともあるものか、と思考を止めていたが……考えれば考えるほど、違和感は大きくなっていくばかり。


「そもそも、どうしてこれだけ異常が重なる?」


大襲来ラッシュ》だけでじゃない。

 最近の街の異常。


 騎士団が凶暴化した魔物に襲われた一件。B級ダンジョンが、F級ダンジョンとして冒険者ギルドで提示されていたこと。リンピラ盗賊団。吸血鬼の一件。



 もし、これらが全て繋がっていたとするなら?



「教会で見た、隠し部屋。そこでは黒魔法の儀式が行われようとしていたんだったな」


 吸血鬼は黒魔法を使い、魔族を召喚しようとしたのだ。


 もっとも、吸血鬼の企みは俺が潰した。ゆえに魔族が召喚されることはなかったが……あれが吸血鬼単独の犯行じゃなかったとしたら?


「神父は吸血鬼に体を乗っ取られる前、体に異常を感じていた」


 それが前兆だったんだろう。


 もしかしたら、何者かの手によって、神父という依り代に吸血鬼を宿らせたのでは?


「そんな真似が出来るのは、たった一人。黒魔法士だ」


 俺はゲームで起こったイベントをさらに思い出しながら、考える。

 体を魔族に支配されることに関して、最も印象深いイベントがある。


 それが『エルザ、魔族乗っ取り事件』である。


 ゲーム終盤に起こるイベントで、魔族がエルザの体を支配する。

 そして主人公たちに牙を剥くが、仲間の必死の呼びかけにより、エルザは正気を取り戻すのだ。


 しかし、それはトゥルールートの場合。


 あの事件はトゥルーエンドとバッドエンドのルートの二つが用意されていた。選択肢を間違えると、エルザは死に、パーティーから離脱する。


 ゆえに、多くのプレイヤーたちにとって、これは『トラウマイベント』として記憶に刻まれている。


 そして、エルザをそんな目に遭わせた元凶──最終的にラスボスとなるは黒魔法士だった。


「まさか……こんなゲーム序盤の街で起こったイベントも、全て彼女の仕業だったのか?」


 そう考えると、辻褄が合う。


 は黒魔法によって、影で街の異常を引き起こしてきた。

 そして今回の《大襲来ラッシュ》も、彼女の手によって引き起こされたもの。


 となると──次に、彼女が目を付けるのは。


「……っ! エルザが危ない!」


 プレイヤーたちにトラウマを植え付けた事件。


 エルザの体を依り代として、魔族を現世に降臨させる。それによって、最終決戦の火蓋を切るのだった。


「俺としたことが……気付くのが遅すぎた。間に合ってくれよ!」


 今頃、エルザはカルラを治癒ギルドまで送り届けているはずだ。

 地面を蹴り、エルザのもとへ駆け出した──。





 ◆


「あなたがどうしてここに……」

「詳しい話なら後だ」


 エルザの体に治癒魔法をかけながら。

 俺は目の前の男に顔を向ける。


「まずは、あいつをなんとかしなくちゃならない──」


 あいつ──アラン。


 しかし、その姿はまさしくアランのものであったが、体に纏っている雰囲気は明らかに違った。


 の姿をした男は楽しそうな笑みを浮かべ、肩を剣でポンポンと叩く。


「なかなか面白そうな男ではないか。そっちの女より、我を楽しませてくれそうだ」


 この雰囲気……喋り方……。


「お前は……四魔天のバジャルドか?」

「ほお! そっちの女は知らなかったので、この時代で我の名前は轟いていないと失望していたが、そうでもなかったか! 嬉しいばかりだ」


 男──バジャルドはますます楽しそうに笑う。


 エルザがいつも通りなことを見るに、魔族バジャルドはアランの体に乗り移ったか。


 俺がすぐに、アランの体に宿っている魔族の正体が分かったことについては、理由がある。

 ゲームなら本来、バジャルドはエルザの体に宿っていたのだから──。


「それが、どうしてアランの方にいっちまってるのかは分からないが……俺がストーリーを改変した? ──影響なのだろうか。そもそもゲーム終盤で起こるイベントだしな」

「マリウス? さっきから、なにをぶつぶつと呟いているの?」


 エルザが質問してくるが、今はそれに答えている余裕はなかった。

 何故なら少しでも視線を外せば、バジャルドにられると思ったからだ。


「バジャルドの挑戦推奨レベル──って、ところだったか?」


 しかもバジャルド戦は一回だけではなく、何度も主人公たちの前に現れ、勝負を挑んでくる。

 その姿はまさしく、戦いに飢えた戦士といったところで、自信満々な言動から主人公の好敵手ライバルとして、プレイヤーからの人気も高い。


 さらに人気が高い理由は、バジャルドの強さにもある。


 奥義や治癒魔法を使うと妨害してきたり、初見殺しの一撃必殺技『ジェノサイド・ストライク』は、アルクエを知らない人にも有名である。


 こんなゲーム序盤に出てきていい敵ではないのだ。


 少なくとも、推奨レベル30のジャイアントワームを倒すのに、ひいひい言ってた俺たちの前には。


「どうして汝は我の名前を知っていたのか……気になるが、今はそんなことを問いただす時間はない。もっと楽しいことが待っているのだからな」


 そう言って、バジャルドは剣を構える。


「さあ──戦おう。汝は我を、少しは楽しませてくれるかな?」

「……見逃してくれるってわけにもいかないか」

「ハハッ! 実力の差が分かっているのか。しかし、つまらぬことを言うな。我も久しぶりに、こっちの世界に顔を出せてうずうずしているのだ。たとえ汝が命乞いをしようとも、我は戦うのをやめん」


 ……やっぱり、ダメか。


 ゲーム中のバジャルドも、なにを言っても戦うのをやめてくれなかったしな。

 そんな彼の一貫した言動は人気が高い一因にもなっており、俺もどちらかというと好感を覚えていたが……現実で目の当たりにすると、この上なく厄介だった。


「マリウス、気をつけて。彼、今まで戦った誰よりも強いわ」

「分かってる」


 と頷く。


「エルザは下がっていてくれ」

「え? なにを言ってるのよ。心配してくれているのかしら? だけどそれは不要。私も一緒に戦う──」

「勘違いするな。別にエルザの身を案じてるわけじゃない。エルザでは、この先の戦いについていけないと思ったまでだ」


 それに……黒魔法によって、いつエルザの体に異変が起こるのか分からな方。彼女はなるべく、バジャルドからは遠ざけておきたい。


「せいぜい、俺の勇姿を目に焼きつけてくれ。そして語り継いでくれ、俺が魔族を倒したって。そうすれば、治癒ギルドの評判がまた一段と上がるかもだからな」

「あなた、まだそんなことを……それに、まるで最後の戦いに挑むみたいなことを──」


 エルザからの言葉を待たず、俺はバジャルドとの戦いを開始した。

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