第21話 マリウス、聖人と呼ばれる。俺はただ破滅したくないだけだが?
その後、自警団員や冒険者たちによって、リンピラ盗賊団は無事にお縄となった。
今回のことは冒険者ギルドによって表彰され、報酬金ももらったが、それはあくまで副次的なもの。
俺はアランの行動を先に潰し、街の住民からの評価が上がればそれでいい。
そして変化はもう一つ。
後日──盗賊団がいなくなってからの街の様子を見るため、エルザとともに散策している時であった。
「ん……あそこでなにかしているようだな」
「ほんとね」
広場の方に指を向けると、そこには多くの人が集まり、なにかを作っているようだった。
あれは……銅像を作ってるのか?
だけど、なんの?
本来ならさほど気にする必要もなかったかもしれないが、嫌な予感がした。
俺とエルザは、人々が集まっている場所に近寄る。
「おお、マリウスくんかあ。先日は世話になったな」
すると、その中には先日リンピラ盗賊団の下っ端から助けた、老人の姿があった。
「怪我の方は大丈夫なのか?」
「もちろんじゃ。君に治癒魔法をかけてもらったおかげか、今では怪我をした前よりピンピンしておるよ。ハッハッハ」
「それはなによりだ。そんなことよりも、これは……」
と俺は言いながら、建設されている銅像の方に顔を向ける。
どうやら、人間の銅像らしい。
まだ建設途中なのではっきりとしないが、男のように見える。かっこいいポーズをして、キメ顔をしていた。
むむむ……。
「誰かに似ているような……」
「あなたにそっくりだわ」
やっぱりか。
エルザに言われて、作られている銅像の顔が俺に似ていることに気づく。
少々、美化されているにも思えるが。
「まあ自分で言うのもなんだが、俺みたいな顔はよくあるだろう。極々平凡な顔だ」
「平凡な? あなた、自分の容姿が優れていることに気づいてないのかしら?」
「ん? なんか言ったか?」
「なにも言ってないわ。それよりも……見れば見るほど、あなたに似てるわね。どうしてかしら」
エルザに質問するが、その答えは返ってこず、彼女は誤魔化すように銅像に視線を向けた。
「似ているに決まっているじゃろう。何故ならこれは、マリウスくん──君自身の銅像なのじゃからな」
「はあ!?」
疑問に思っていると老人からとんでもないことを聞かされ、声を大にしてしまう。
「どうして、俺の銅像が!?」
「ふむ……儂のような弱き者を助け、冒険者ギルドが手出し出来なかった、リンピラ盗賊団を壊滅させた。その功績を讃え、マリウスくんの銅像を作るように儂が指示を出したんじゃ」
なんでそんな話になる!?
大きな声で話をしてしまったためか、周りの人たちも俺がいることに気がつく。
彼・彼女らは「おお、マリウス様だ……!」「あれが治癒ギルドのマスター……」「結婚したい!」とか声を上げ、広場は軽い騒ぎとなってしまった。
「……っ! そもそもなんで、あんたが銅像を作るように指示を出せる? まさか、かなりの資産家……」
「ん? そんなの決まっておるじゃろう」
なにを当たり前のことを……と言わんばかりの表情で、老人はこう告げた。
「儂はこの街の市長だからな」
……は?
「待て待て。そんなの聞いてないぞ」
「そうじゃったか? 言ったつもりになっておったが……」
言ってない!
エルザにも視線を移すが、彼女は表情一つ変えていなかった。
「エルザは知ってたのか?」
「ええ。市長っていったら有名だもの。一目見て分かったわ。逆にあなたが知らないことの方が不思議だけど?」
いやいや。
転生してから破滅しないことで必死だったし、わざわざ市長の顔を確認する気にはなれなかったのだ。
ゲーム中では登場しなかったキャラクターだったしな。これも、この世界を成り立たせるための『細部』といったところか。
「だったら俺……リンピラ盗賊団に接近するだけのつもりが、うっかり市長を助けてたってことなのか……」
「ほっほっほ! 儂が市長だということも知らずに、助けたその器量。ますます器の大きい男じゃ」
老人……いや、市長は楽しそうに笑っていた。
俺は笑えなかったが。
「まあ、それは置いておこう。しかしだからといって、俺の銅像を作るなんてやりすぎなんじゃ? これがなんの銅像だって、分からない人もいるだろうし」
「だからこそ……じゃよ。まだ昔の治癒ギルドの悪いイメージが残って、マリウスくんを悪く言う者はいる。そんな者たちの目を覚まさせるため……そしてマリウスくんの功績をもっと広めるために、銅像を作る必要があったのじゃ」
「とはいえ、文句を言う者もいるんじゃ……」
「もちろん、そのような者もいるじゃろう。じゃが、マリウスくんが少しずつ、儂らに税金を返していることも知っている。その余剰金で作ったと思えば安いもんじゃろう。それに──少なくとも、この場にいる者はそう思わん」
そう言って、市長は周りの人々に視線を移した。
「まさか、この街から聖人のようなお方が生まれるとは……!」
「聖人様! 握手してください!」
「僕も聖人様のような人間になりたいです!」
そういった声が伝播して、「聖人! 聖人!」と辺りに響き渡った。
「聖人……って大袈裟だな」
聖人の伝承については知っている。
なんでも、昔にいた偉人で弱きを助け強きをくじき、人々から尊敬されていた人物だということを。
ゲーム中ではさらりと出た情報だったのでうろ覚えだが、何故だかやけに印象に残っていた。
「大袈裟じゃないわよ。セレスヴィルにも、あなたを認める人が少しずつ増えてきている。ゆくゆくはこの街だけではなく、世界中にあなたが『聖人』だって知れ渡るでしょうね。ふふふ」
「勘弁してくれ」
そう肩をすくめる。
俺はただ、破滅したくなかっただけなんだが?
とはいえ、この流れは止められそうにない。俺や治癒ギルドの評判が向上することは悪いことではないので、今は深く考えないでおこうか。
「今のところ順調にいっている。だが……リンピラ盗賊団イベントが始まったってことは、そろそろ
「あいつ?」
エルザがそう首を傾げたが俺は答えず、思考に耽る。
俺が呟いたあいつというのはもちろん、主人公アランのことだ。
本来、リンピラ盗賊団はアランが街に来た頃に現れ、人々を困らせていた。
ゲーム通りに進むなら、そろそろアランが来てもおかしくないはず。
「今頃、どこにいるんだろうな」
ゲーム中でしか知らない彼の顔を思い浮かべて、俺はぼそっとそう呟くのだった。
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