第18話 人助けは気持ちいい

 ──あれから、特に大きなトラブルもなく、治癒ギルドの改革は順調だった。


 最近では『星の砂』の利益もあり、従業員に還元出来ている。


 自分で言うのもなんだが、俺もなかなか頑張ってるんじゃないだろうか?


 しかし気を抜けない。

 破滅を回避するため、やるべきことはまだまだある。


 ゲーム通りなら、そろそろが発生しても、おかしくないんだが……。


 若干の焦りを感じつつ、俺は街を散策することにした。


「おうっ! マリウスさん! 前は息子が世話になった。今では仕事も再開してるよ!」

「それはなによりだ」


 こうして道を歩いているだけで、人々に感謝の言葉を投げかけられたり。


 ふふふ、治癒ギルドの評判も随分よくなったものだ。

 今までのマリウスなら、考えられないことだろう。


 だが、それもまだ一部。


 中には、昔の悪いイメージが先行しているためか、俺を見るなり露骨に顔をしかめる者もいる。


 まあこの街──セレスヴィルも広いし、人がたくさん住んでいるからな。


 一朝一夕でマリウスの評価を覆せるとは、俺も思っていない。


 そのためにも、やっぱりは逃したくないんだよな……。


 そんなことを考え、歩いている時であった。


「ん……?」


 大きな男組二人が、老人を道の端まで追い詰めている光景を目にする。



「おい、爺い! 逆らうんじゃねえよ」

「怪我したくねえなら、さっさと金を出しな」



 男組二人に詰め寄られ、老人はぶるぶる震えるだけで、抵抗しようとしない。


 二人のやっていることは明らかな犯罪行為ながらも、通行人はさっと目を逸らすだけで、関わろうとしなかった。


「まさか──」


 俺はを持ちながら男たちに近づく。


「おい、お前ら」


 声をかけられた男組二人と老人の視線が、俺に向く。


「なんだ、てめえはあ?」

「この街に住んでいて、俺の名前を知らないのか」

「知らねえよ。俺ら、女以外の顔と名前は覚えない主義なんでな」


 ぐっへっへ……とゲスめいた笑い声を零す二人。


 最近ではおとなしくなったゲスオも、最初はこんな感じだったな……。


 転生した当初を懐かしみ、俺はこう続ける。


「まあいい。そんなことより、なにをしている? 少なくとも、孫とお爺ちゃんの心温まる光景には見えなかったが」

「この爺いが俺らの前を歩いていたんだ。だったら、通行料が必要だろ?」

「オレらは当然の権利を主張しただけだ」

「なるほど……外道だ」


 前世の日本でも、このような『恐喝行為』を何度か目にしたことがある。こういう輩は嫌いだった。前世の嫌なことを思い出し、不快な気持ちになる。


「だったら、今すぐやめろ。俺の前で悪事は許さん」

「なんだとお!? てめえこそ、俺らが誰だか分かっていて、そんな口を利いてやがんのか?」

「知らん。俺もモブキャラの名前と顔は、覚えない主義なんだ」

「モブキャラ……? なにを訳わかんねえことを言いやがる」

「おい、よく聞け。俺らは泣く子も黙る『リンピラ盗賊団』だ。俺らに逆らったらどうなると、教えてやろうか?」


 ──ビンゴ!


 やはりこの容貌、リンピラ盗賊団だったか!


 とうとう訪れたチャンスを前にして、笑いを堪えるので必死だった。


「分かったら、さっさと俺らの前から消え失せろ。俺らは忙し──ぐぼぉぇ!?」

「うるさい。クズは、もうそれ以上喋るな」


 男たちはまだごちゃごちゃ言っていたが、躊躇なくその頬に拳をくらわせた。


「てめえ──!」

「教育してやんよ!」


 俺のやったことに激昂した二人が、顔を真っ赤にして襲いかかってくる。



 ──アンリミテッド・ブレイク。



 こいつらなんて、魔物に比べたら遅い遅い。欠伸が出そうなほど、動きがスローモーションに見える。


 あっという間に俺はリンピラ盗賊団の二人を叩きのめした。


「間抜けな姿だな」


 地面に倒れ、悔しそうに俺を見上げる二人にこう告げた。


「これでどっちが強いか分かったな? お前らの方こそ、さっさといなくなれ」

「ち、ちくしょう!」

「覚えてろよ! ボスに言いつけてやる!」


 完全な雑魚モブキャラのような台詞を吐き、男たちはそそくさと俺の前から去っていった。


「ふう……あんた、大丈夫だったか?」

「あ、ああ」


 俺がリンピラ盗賊団をボコってる光景を、少し離れて見ていた老人は、震えた声で返事をした。


「ありがとう。この街にも、君のような正義の心を持った若者がいるとは」

「感謝なんていらない。当然のことをやったまでだ」


 実際、俺にも俺の考えがあっただけで、正義の心なんてこれっぽっちも持ち合わせていないしな。


「いやはや、その謙虚な姿勢。強いだけではなく、心もキレイで──くっ!」


 老人がそう言葉を続けようとした時、彼は顔を歪めてその場で蹲ってしまった。


「爺ちゃん!?」

「だ、大丈夫だ……さっき男たちに蹴られたところが……少し痛むが、ほっとけば治る」


 しゃがんで老人の足の脛を確認すると、赤く腫れていた。

 地味に痛そうだ。


 あいつら……俺が来る前に、既に暴行を加えてやがったのかよ。俺が言えることでもないが、とでもないヤツらだ。


「ちょっと待ってろ」


 そう言って、老人の赤く腫れている部分に手をかざし、治癒魔法を発動した。


「これでどうだ?」

「おお……! 痛みが完全になくなっておる。その見事なお手前。もしや、治癒士の方かな?」

「そうだ。マリウスっていう名前なんだ。一応、治癒ギルドのマスターをしている」


 ここまできて名乗らないのも変かと思い、そう自己紹介をすると、老人は驚いたように目を見開いた。


「そうか。君が治癒ギルドの……」

「知ってるのか?」

「噂でな。治癒ギルドは変わり始めている……と。半信半疑だったが、どうやらそれは事実のようだ」


 よし……これは本来の目的を果たすための副産物のようなものであるが、治癒ギルドの評判がまた一段とよくなった。

 小さなことからコツコツだ。


「まあ、今はともかく……ヤツらはリンピラ盗賊団って言ってたよな? 爺ちゃん、なにか知ってるか?」

「当然じゃ。リンピラ盗賊団は──」


 と老人が説明を始める。


 いわく、最近巷を騒がせている犯罪組織だと。

 主な犯罪は大規模な窃盗だが、その下っ端は街のチンピラのようなもので、通行人にも手を上げる。

 そのため、リンピラ盗賊団の名前を聞けば、震え上がる者も多いという。


「街の自警団や冒険者はどうしてんだ? あいつらのような存在を取り締まるために、いるんだろ?」

「うむ……耳が痛い話だな。すまない」

「どうして、爺ちゃんが謝るんだ」

「ヤツらを検挙出来ないのには、二つ理由がある」


 俺の質問を無視して、老人はさらに続ける。


「まず一つ、ヤツらは武装している。生半可な実力を持った者では、返り討ちにされてしまうだろう。

 そしてもう一つ、ヤツらはアジトを転々とし、居処をなかなか掴めずにいるんじゃ。そのせいで自警団も冒険者も、手をこまねいている」


 やっぱり……か。


 老人に説明してもらったものの、俺の知識と完全に一致していた。

 全てが計算通りで、鼻息の一つでも歌いたくなったほどだ。


「そうか、ありがとう」

「……まさかだが、リンピラ盗賊団と事を構えるつもりではないな?」

「察しがいいな。正解だ。俺があいつらを潰してやる」

「なっ──!」


 俺の答えに、老人は慌て出す。


「悪いことは言わん! 君がいくら強くても、ヤツらには敵わん! それに、どうやってヤツらのアジトを突き止めるつもりじゃ!?」

「それについては考えがあるもんでね」


 と言って、俺は手のひらの上でポンポンとを弾ませる。


 それは先ほど、リンピラ盗賊団の二人と戦っている最中、どさくさに紛れて奪った、彼らのアクセサリーだった。


 自分自身の破滅とか抜きにしても、あのような輩に手を抜いていやる趣味はない。


 なのにどうして、俺がわざわざヤツらを逃したと思う?


 ヤツら──リンピラ盗賊団のアジトを突き止めるためだ。


「あんな下っ端、いくら懲らしめても盗賊団を潰したことにはならん。徹底的にやってやる」


 そう言って、俺は悪者っぽく笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る