第16話 ダンジョンボスを倒したら、宝玉を手に入れた

 ジャイアントワーム。

 経験値稼ぎ用のゴールデンワームは例外として、ワームシリーズの中で最強の魔物だ。


 鈍重で技のレパートリーも少ないが、高い攻撃力と防御力を持ち、プレイヤーたちを苦しめる。


 そのことから『中級者の門番』とも呼ばれ、油断していたら一度か二度は全滅を経験する魔物……である。


「確か、適正レベルは30っていったところか。どうして、ジャイアントワームがこんなところで現れるのか分からないが……」

「マリウス! 来るわよ!」


 エルザの声に顔を上げると、ジャイアントワームが口から毒糸を吐いた。


 そうそう……状態異常技も使ってくるため、こいつと戦うの嫌いだったんだよなあ。


「アンリミテッド・ブレイク!」


 俺は自らの体にアンリミテッド・ブレイクをかけ、ジャイアントワームの毒糸を見切る。

 毒糸の隙間を掻い潜りながら移動し、エルザともにジャイアントワームから距離を空けた。


「逃げられそうには……ないわね」


 ジャイアントワームから視線を切らず、エルザがそう口にする。


「だけど、こいつ相手には私も苦戦するかも。どうする? 一か八かで逃げてみましょうか」

「はっ! 逃げるだと?」


 彼女がそんなことを言うとは思わず、俺はつい吹き出してしまう。


「せっかくの強敵なんだ。こいつが間違いなく、ダンジョンの主だろうしな。借金を返すためにも、逃げるわけにはいかない」

「なんとなく、あなたならそう言うと思ってたわ」


 エルザが溜め息を吐く。


 しかしそれは呆れているようなものではなく、感心しているような類に感じた。

 その証拠に、彼女の口元に薄い笑みが浮かんでいる。


「だったら……気合い、入れないとね!」

「ああ! 俺たちなら、ジャイアントワームでも倒せるさ」


 なにせ──ジャイアントワームは強いことは強いが、あくまでゲーム上では雑魚敵なのだ。

 この程度のモブ魔物に怯んでいるようでは、主人公アランにも勝てない。


 再び毒糸を吐こうとするジャイアントワームを見てから、俺とエルザは地面を跳躍する。


「雪花族、秘技──『氷天烈落ひょうてんれつらく


 空中でエルザは体勢を整える。

 獰猛に光る瞳は、闇夜の狼を思わせた。


 落下──そして一閃。


 ジャイアントワームの脳天に、雪花族の秘技が叩き込まれた。


 だが。


「ちっ……」


 ジャイアントワームに傷一つ付けられず、エルザはすぐに距離を取る。


「分かってたけど、固いわね。一撃じゃ倒せないみたいだわ」

「だったら、何度でもくらせればいいさ」


 大したダメージは負わなかったものの、まともに攻撃をくらいジャイアントワームから怒りの感情が迸る。


 大きな咆哮を上げ、その巨体からブロンズワームを召喚する。


 飛び道具としてのブロンズワーム。

 雨のように降り注ぐブロンズワームを、エルザは冷静に斬り伏せていった。


「やるな! 俺もいいとこ、見せなきゃだな!」


 ──幸い、アンリミテッド・ブレイクで向上させた動体視力のおかげで、ジャイアントワームごときの動きならはっきりと捉えられる。



 遅い──っっっっ!



 だが、一発でも当たれば致命傷にならないとも限らない。


 俺は毒糸やブロンズワームの集中砲火を避けながら、持っていたメイスで何度もジャイアントワームの頭を打つ。


「もう少し……もう少しなんだ……」


 このジャイアントワームには、有名な弱点がある。


 アルクエの攻略wikiに書かれている内容を思い出しながら、思考する。


「エルザ──」

「ええ、私も気づいたわ」


 さすがはエルザ。戦闘センスはピカイチだ。


 俺の場合は、ゲーム会社がバランス調整をミスったのを利用した、いわばのようなものだ。

 純粋に強く、気高い彼女に嫉妬心すら抱いた。


 しかし──今はそれがなによりも頼もしい。


「俺は右からいく! エルザは左へ!」

「了解!」


 まとまって戦っていた俺たちだが、爆散するように勢いよく散り散りになって、ジャイアントワームに向かう。

 アンリミテッド・ブレイクのおかげで限界を超えた俺の脚力は、素のエルザとタメを張った。


 挟み撃ち──そして強襲。


 突如分かれた俺たちに、ジャイアントワームは狙いが定められず、一瞬動きが止まる。


 そして──ジャイアントワームの瞳は天性の獣より、ズルをした小狡い人間に向けられた。


 ジャイアントワームが体をくねらせ、巨大な尾が俺の眼前に迫る。


「マリウス!」


 エルザの声が聞こえる。


 これは……ちっ、さすがに避けられねえか。


 ジャイアントワームの尾が、俺の体に直撃する。


 視界が真っ赤になり、口内に血の味が広がった。


 一瞬、死神が俺の首元に鎌を当てた情景が浮かぶ。




「まあ……こんなんじゃ、死なねえけどな」




 俺は治癒ギルドのマスターである前に、一人の治癒士だ。

 一撃必殺でない限り、何度攻撃をくらおうが、その度に回復してやる。


 俺は即座に自分の体に治癒魔法を施し、間髪入れずにジャイアントワームと距離を詰める。


「よくも手こずらせてくれやがったな。悪いが、『中級者の門番』だろうと、俺は世界ゲームの終わりに一度、辿り着いているもんでね」


 見えた──。


 ジャイアントワームの濁った瞳。


 ヤツの唯一の弱点。


「こんなところでつまずいているわけには、いかないのさ。最強アタッカーの治癒士を舐めんなよ!」


 メイスを大きく振りかぶり、ジャイアントワームに一撃必殺の打撃をくらわせた──。






「お疲れ様」


 ジャイアントワームとの戦いも終わり、周囲の雑魚もあらかた片付け終わった後。


 エルザが俺に労いの言葉をかけた。


「エルザの方こそ、お疲れ様。君がいなければ、ジャイアントワームに勝てなかった」

「どうだか。あなた一人でも勝てたんじゃない? 途中、ジャイアントワームの攻撃をモロにくらってた時は、どうなることかと思ったけどね」

「驚いたか?」

「驚いた? ふふっ、そんなわけないじゃない。あなたがあんなので、死ぬわけないと思ってたもの」


 と口元に人差し指を当てて、エルザが言う。


 さっき、俺が彼女に言った意趣返しだろうか。小悪魔的な彼女の表情にドキッとしてしまった。


「さて……と、魔物の素材だが、どうやって採取するんだ?」

「あなた、なんでも知ってるかと思ったら、たまにビックリするほどものを知らない時があるわね」


 いや、そりゃあ……ゲームだと、魔物を倒したら自動的に道具リストに入ってたし。


「素材なら……こうするのよ!」


 ずぼずぼずぼっ!


 なにをするかと思ったら、ジャイアントワームの瞳に腕を突っ込みやがった。


 グ、グロテスク、すぎやしませんか!?


 だが、エルザは表情を一変もさせず、頬に返り血を付けたまま俺に振り返った。


「これが素材……ってところかしら」


 エルザの右手には、紫色の宝玉が乗せられていた。


「お、おう」

「……? どうして、そんな顔するの?」


 そりゃあ、さっきの光景を見せられたら、現代日本でぬくぬくと育った俺ではビビるって……。


「な、なんでもない。そんなことより、それ──いくらくらいの値が付くと思う?」

「さあ……そこまでは分かんないわ。でもそこそこの値段は付くんじゃないかしら?」


 うーん、残念。


 ジャイアントワームから取れた素材は、ゲーム知識を遡っても、存在しなかった気がする。

 これも、ゲームでは再現されなかった『細部』といったところか。


 とはいえ、『中級者の門番』であるジャイアントワームから取れる素材なのだ。

 最低でも十分の一くらいは借金を返せないかな……いや、そうじゃないと困る。


「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。長居は禁物だわ」

「だな」


 そう言って、俺たちはダンジョンを後にした。



 ──俺たちが手に入れた宝玉、これがとんでもない値段を付けられることは、まだ予想していなかった。




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ジャイアントワームから取れた宝玉は、どれほどの値段がつくのでしょうか……?

次回、明らかになります。


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