第15話 エルザの真価

「今度は私に任せて。雪花族の奥義、あなたに見せてあげるわ」


 そう言って、エルザは刀を抜く。


 細い刀身だ。

 日本刀……と呼ばれる種類だろうか。


 もっともここは異世界なので、別の呼び方がされていると思うが。


 なんにせよ──思わず見惚れてしまうくらいに美しい刀であった。


「来るぞ!」


 エルザが構えるよりも早く、シルバーワームが今度は一斉に彼女に襲いかかった。


 しかしエルザに焦りの様子は一切なく、シルバーワームたちの動きを冷静に観察する。


「氷息」


 唱え、エルザはふっと刀に息を吹きかける。

 刀が、白く小さな粒をまとった。


「よく見ててね。──はああああああっ!」


 今日のエルザはいつもより、気合いが入っているようだ。

 彼女にしては珍しく大きな声を発し剣を振うと、向かってきたシルバワームの動きが空中で静止する。


「凍っている……?」


 氷漬けになったシルバワームは、そのまま重力に引っ張られて地面に落ちた。


「なるほど。氷魔法との混合技か」


 ぼそっと一言呟く。


 ゲーム中でもエルザは、氷魔法と剣技を組み合わせ、華麗に戦っていた。まさかお目にかかれるとは……。


 しかしまだ落ち着くには早い。

 シルバーワームを全て倒したわけではない。


 だが、残りのシルバーワームは仲間がやられたことに怯んだのか、残りのシルバーワームたちは軽率に彼女に襲いかかってこない。


「あら、つまらないわね。もっと遊んでよ」


 ぞっとするくらい蠱惑的で美しい笑みを浮かべて、エルザは地面を蹴る。


 こうなっては、シルバーワームも黙って見ているわけにはいかない。

 次に、シルバワームは四方八方に散り散りになって、多角的に彼女に攻撃を仕掛けた。


「飛んで火にいる夏の虫というやつね。もっとも、あなたたちにプレゼントするのは、極上の氷になるんだけど」


 一振りでカバー出来ないほどの、大量のシルバーワーム。しかし変わらず、エルザは戦いを楽しんでいるかのようだった。


 彼女が大きく刀を振りかぶる──。




「雪花族奥義──『雪月一刀』」




 その時、俺が幻視したのは辺り一面が銀色の世界と化した光景。

 白く冷たい一刀となった刀で、エルザは渾身の一振りをお見舞いする!


 四方八方から襲いかかったシルバーワームは、全て銀色の氷となり、動かなくなった。


 全滅である。


「ふう……腕が鈍ってるわね。でも久しぶりに剣を振るったら、こんなものかしら」


 エルザが一息吐き、刀を鞘におさめた。


「さすがだな、エルザ。久しぶりに……いや、リアルでは初めて見たよ」

「久しぶり……? リアル? なにを言ってるのかしら。私が剣を振るった瞬間を、初めて見せたつもりなんだけど」


 うっかり口を滑らせてしまうと、エルザは怪しむような視線を向けてきた。


「コ、コホン──まあいいじゃないか。それよりも行くぞ」


 わざとらしく咳払いをして、俺は再び歩き出した。


「……ちょっと不満ね」

「不満?」

「ええ。もう少し、驚いてくれると思ったわ。雪花族の奥義、見せて損しちゃったかも」

「ん……? なにを言い出すかと思えば……」


 思わず、きょとんとなってしまって。



「お前ならこの程度、余裕だろ?」



 俺はゲーム内でエルザの強さを実感している。


 AGL(速さ)値が高く、氷属性の魔法を高火力で放てるエルザは、ゲームクリアまで散々助けられたものだった。


 その中で、先ほど『雪花族の奥義』と語った『雪月一刀』にいたっては、コストも低く安定した火力も出せるので、アルクエの技Tier表においては常に上位だったな。


 だから驚くというより、「ま、エルザなら本格的に育成を開始する前でも、シルバーワームくらいなら楽に倒せるよな」という当然の感情だった。


「だから今更驚かない。これくらい、エルザなら簡単にやってのけると思っていたから」

「ふ、ふふふ」


 今度はエルザが笑いを漏らし、こう続けた。


「私のことをそれほど信頼してくれてるってことね。私は見誤っていたわ。あなたからの信頼ってのを」

「信頼されていないと思ったか?」

「いいえ。あなたって、そういう人だったわね。ほんと……無自覚な人たらしなんだから……」


 最後の方はぶつぶつ呟いていて、なにを言っているかまではよく聞き取れなかった。


「そんなあなたに質問。やっぱりこのダンジョン、やっぱりおかしいと思わない?」


 楽しげな表情から一転。

 エルザは瞳に真剣味を宿して、そう尋ねる。


「F級ダンジョンで、これだけの数のシルバーワームが出てくるっていうのは異常よ」

「ふむ……確かにな」


 シルバーワームもさほど強くはないが、それでも倒すための推奨レベルが20くらいの敵だった。


 ちなみに……セレスヴィルでのマリウス戦──つまり俺との戦いだが、アランの推奨レベルが15くらいだったはず。

 初心者用のダンジョンで、こいつらがほいほい出てこられたら、全滅必至だろう。


 なんとかなっているのは、バランスブレイカーの『無限アンリミテッド・ブレイク戦法』と、強キャラエルザのおかげだ。


 それにブロンズワームとシルバーワーム、これだけ続けば、否応がなしにワームシリーズのが頭をよぎる。


「しかし強い魔物がいるということは、それこそ高価な素材が手に入る可能性があるしな……」


 悩ましいところである。


 マリウスよ……お前が勝手に借金なんて作っていなかったら、こんな危ない橋を渡る必要なかったんだぞ。


 自分のことながら、呆れるばかりである。


「あなたの言うこともごもっともね。でも、私は引き返した方がいいと思う。あなたと私がいれば大丈夫だと思うけど、不測の事態が起こり得──!?」


 その時。

 ダンジョン全体に訪れた異変に、エルザも気づいた。




 ゴゴゴ……。




 地面が震える。


「……どうやら、ダンジョンの主は俺たちをおとなしく帰してくれるつもりはないらしい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る