第14話 F級ダンジョンはB級ダンジョンだった

 ──マリウスたちが向かったダンジョンについてだが、真実は別にあった。


 彼らがF級だと思っているダンジョンは、ただのF級ダンジョンではなかった。


 新発見のダンジョンであり、まだ冒険者ギルドの職員たちがランクを付けられず、本来なら『立ち入り禁止』となるべき場所である。


 あとから分かることなのだが、そのダンジョンの本来の適正ランクは『B級』

 S級、A級と続く、上から三番目に危険なダンジョンであった。


 そのような危険な場所が、により、何故か公表され。

 それを、マリウスたちが見つけてしまう。


 マリウスという悪徳ギルドのマスターの器に転生した男のせいで生まれた、大きな運命の歪みを感じさせるものであった。

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「魔物がなかなか出てこないな」


 街を出て、しばらく歩いた先にあるダンジョンの内部を進みながら、俺はエルザにそう声をかける。


 どうやら、ここは洞窟型のダンジョンらしい。

 若干薄暗いながらも、灯りもないのに、内部がはっきりと視認出来るのはどのような仕組みだろうか。


 異世界というのは、つくづく不思議なものである。


「……そうね。F級ダンジョンなんだし、そもそもの魔物の数が少ないんじゃないかしら?」


 とエルザは推測する。


「となると?」

「魔物がいない……ってことは、そこから取れる素材も少ない。一攫千金は難しいかもね」

「だよなあ」


 あんまり魔物が来られるとそれはそれで困るわけだが、全くいないのも困る。


 どうしたものか……と思っている矢先に、幸運の女神は俺たちに微笑んだようだった。


「おっ、噂をすれば早速」


 地面からずぶずぶと魔物が湧き、俺たちの前に立ち塞がる。


 銅色をしたミミズのような姿をしていた。


 確か……ブロンズワームという魔物だっただろうか? F級ダンジョンにしては、少し強めの魔物だ。


 もちろんゲームのように戦闘曲が流れるわけでも、コマンドが現れるわけでもなく、ブロンズワームは俺目掛けて飛びかかってきた。


「ぼーっとしないで」


 しかしエルザが即座にブロンズワームを叩き落とした。


「助かった、エルザ」

「礼ならいらないわよ。そんなことより、あなたは下がって。ここは私がやるわ」


 戦闘モードに入るエルザであったが、その間に次から次へと二体目、三体目とブロンズワームが湧いてくる。


 数はおよそ、十体ほど。


「ちっ……面倒臭いわね」


 それを見て、エルザが舌打ちをして顔を歪める。


「だけど、これくらいなら私一人で十分戦えるわ。あなたは怪我をしないように後ろで──」

「待ってくれ」


 戦おうとするエルザを、俺はさっと手で制する。


「そのことなんだが……この戦い、俺に任せてくれ」

「あなたに?」


 怪訝そうなエルザ。


「戦いの素人が勝てる相手じゃないわよ」

「言っただろ? 考えがあるって」


 ゆっくりと説明したいところだが、そんな時間は用意されていない。


 およそ十体のブロンズワームが、一斉に俺へ襲いかかってきたのだ。

 きっと、俺とエルザでは俺の方が弱いと判断したのだろう。

 妥当な判断だ。


 しかし……それが大きな過ちだ。


「──アンリミテッド・ブレイク」


 そう一言呟き、前を見つめる。


 さっきは反応出来なかったブロンズワームの攻撃が、今ではスローモーションに見えていた。


「遅い」


 俺は持っていたメイスで、ブロンズワームを薙ぎ払う。


 ズシャアアアアアン!


 本来の俺なら、有り得ないほどの力。


 数十倍まで引き上げた攻撃力によって、ブロンズワームたちは弾き飛ばされた。


「なっ──覚醒!? どうして……」


 ほお……アンリミテッド・ブレイクのことを、エルザは『覚醒』と呼ぶのか。


 俺はブロンズワームに追撃をかけながら、ゲーム内の戦闘システムについて思い出していた。





 アルクエにはRPGによくあるような、覚醒システムが用意されている。


 それが『アンリミテッド・ブレイク』システム。


 任意のタイミングで発動することにより、キャラクターのステータスを大幅に向上させることが出来る。


 しかしこんなチート技が、ノーコストで使えるわけがない。


 アンリミテッド・ブレイクには、HP……つまり体力を消費する必要があるのだ。

 HPの減り幅は、アンリミテッド・ブレイクによって上げるステータスの値に比例する。

 つまり、HPが減れば減るほど強くなるわけだ。


 上手く使えば起死回生の一手となるのだが、反面、使うタイミングを間違ったら一気にピンチに陥る。


 表裏一体の技であるが、ここでプレイヤーたちは気づいた。



 あれ? これって、アンリミテッド・ブレイク発動しても、すぐにHPを回復すればいいんじゃ?



 ……ということだ。


 きっと、ゲーム会社もバランス調整を見誤ったのだろう。


 そして育てていけば、『自動回復』や『ピンチ時回復発動』を習得し、アンリミテッド・ブレイクのデメリットを打ち消せる治癒士が、一気に脚光を浴びることになった。


 ……まあ、ゲーム終盤になると他にもっと火力を出せる方法もあるし、これでは中盤くらいまでしか『治癒士最強アッタカー説』を実証出来ないわけだが。


 ゲーム序盤のこの街では、『治癒士による無限アンリミテッド・ブレイク』はぶっ壊れ戦法だ。



「これで……終いだ!」



 そんなことを考えながら最後の一体を倒して、俺は一息吐いた。


「驚いたわ。あなたがこんなに強いだなんて、思っていなかったもの」


 振り返ると、エルザが控えめな拍手ともに賞賛の声を投げてくれた。


「惚れ直したか?」

「惚れ直す? そもそも私はとっくにあなたに──」


 なにかを言いかけたところで、エルザは首を左右に振る。


「……あなたがさっき、使ってたのって覚醒よね? 普通覚醒したら身体がボロボロになるはずだけど、そうは見えないわ」

「おう。いくらでも回復出来るからな」


 転生した当初なら、一回治癒魔法使っただけでへとへとになっていたので、この戦法は現実的ではなかった。

 しかし絶えまぬ努力……もとい治癒ループのおかげで、俺の魔力は無尽蔵になっている。

 この程度で疲れるはずがない。


「大した力技ね」

「他に俺と同じことをするやつはいないのか? 覚醒してもすぐに回復すれば、リスクがないだろ?」

「まさか。そもそも覚醒って、かなり追い詰められないとその境地に入れないもなのよ? 火事場の馬鹿力ってやつかしら。だけどあなたは自由に覚醒出来ているように見える。どうしてなの?」

「そんなもんなのか」


 うーん……この戦法は、転生してすぐに頭に浮かんだので、一人になった時に試してみたが、すんなりとアンリミテッド・ブレイク状態に入れたぞ?

 ゲームだとコマンドを右にスワイプして、入力するだけだったしな。


 もしかしたら、ゲームシステムを知っている使えない戦法かもしれない。

 たとえ自由にアンリミテッド・ブレイク状態に入れても、減った体力をすぐに回復しなきゃならないからな。


 これは治癒ループでいくらでも魔力を鍛えられる、俺ならではの技かもしれない。


「覚醒への入り方は、よく分からん。すまんな」

「大した感覚派ね」

「それは否めない。まあともかく──これで俺にも戦える力があることを分かってもらえたと思う。奥に進も……」


 と言葉を続けようとした時、次は地面から銀色のワームが湧いてきてしまった。


「今度はシルバーワームが。次から次へと湧いてくるな……だが、問題ない。もう一度俺が……」

「待って」


 再び戦おうとする俺を、今度はエルザが制した。


「今度は私に任せて。雪花族の奥義、あなたに見せてあげる」

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