第11話 カルラの歓迎会。女の嫉妬は怖い

『星の砂』の販売を始めると、飛ぶように売れた。


 やはり、先日の騎士団との一件は、セレスヴィルの住民の中で瞬く間に広がったらしい。


 騎士団が絶賛しているのだ。悪評轟く治癒ギルドでも、今回はちゃんとしたものだろう……と。


 まだ全員が全員、治癒ギルドを信頼しているわけではなかったが、少しずつ変わろうとしていた。


 最近では星の砂の回復アイテム化と、販売に伴い事務作業の増大により、なかなか空いた時間が出来なかったが……思わぬことで、それも解消された。


 星の砂の在庫がなくなったのだ。


 ゲーム内では金さえあれば無限に買えた星の砂ではあったが、ここは現実世界。

 そういうわけにはいかなかったみたいだな。


 だが……しばらく時間が経てば、星の砂も街の雑貨屋の補充されるだろう。


 そこでこれ幸いだと思い、前々から計画していたカルラの歓迎会を行うことになった。




「一説によると、コーヒーと楽しいことは熱いうちに飲めという。なので……速攻で乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」



 乾杯の音頭を取ると、みんなは一斉に酒やジュースの入ったグラスを高く掲げた。


「なかなか、面白いことを言うじゃない。どこでその言い回し、覚えたの?」

「企業秘密だ」


 エルザの問いに、俺はそう答える。


 前世では下っ端サラリーマンだったからな……無難に乾杯の音頭を取る方法なら、体に身についている。


「みんな、集まってくれてよかったな」


 強制参加の飲み会ほど、面白くないものもない。

 そのことを誰よりも知っている俺は、今回の歓迎会の参加も『任意』とした。


 金を無駄遣いしたくなかったので、適当な居酒屋でもなく、治癒ギルドの本部建物内で歓迎会は行われている。


 だから半数だけでも参加してくれれば……と思っていたが、かなりの人数がこの歓迎会に顔を出していた。


 まあ中には体調不良だったり、急な用事。さらにはまだ、俺に悪い印象を抱いていて結成している従業員もいたので、全員は集まらなかったけどな。

 だが、任意参加の歓迎会で、これだけ集まれば上々ではないだろうか。


「わ、わたしのための歓迎会なんて、ほんとによかったんですか!? なんだか申し訳ないんです!」


 一方、今回の主役であるカルラはさっきから恐縮しっぱないで、体を縮こませていた。


「いいんだ。治癒ギルドはアットホームであることを心がけている。これで、カルラが職場に馴染めるなら安いもんだ」

「そうよ。それに職場の人たちは、もう全員あなたを認めているわ。もっと胸を張りなさい」


 とエルザがカルラに身を寄せた。


 その二人の姿はまるで、仲のいい姉妹のようである。


「随分と仲良くなったんだな? 最初はエルザも、カルラのことを悪く思っていそうだったのに……」

「……だってこの子、人一倍頑張るのよ? それに仕事も出来る。こんなの、認めるしかないじゃないの」


 意地悪を言うな──と言わんばかりに、エルザが少しいじけた感じで唇を尖らせた。


 俺は二人にも仲良くなってほしいと思い、エルザをカルラの教育係に就かせていた。

 それも、どうやら功をきしたみたいだ。ギスギスした職場は嫌だからな。なによりである。


「まあ仕事の話は置いておいて、二人とも飲みな。安酒だが、量はあるからな」

「は、はいっ!」

「マリウス、あなたも飲みなさいよ」

「ん……そうだな」


 エルザに勧められ、俺も酒を一口入れる。


 ……旨い!


 酒はライムをベースとしたカクテル。

 ほろ苦いライムの皮の香りが最初に鼻をくすぐり、その後すぐに鮮やかな酸味が口の中に広がった。

 ライムの清涼感が、疲れた心に直接染み渡る。


 酒は好きだったが、異世界に転生してから、なんとなく我慢してきた。

 だからこの世界の酒を飲むのは初めてだが……前世の酒とは少し趣が違い、素直に旨いと感じた。


 アルコールが少しきついことは気になったが、これならいくらでも飲めそうだ。


「ふっふっふ……最初はどうなることやらと思っていたが、今のところは順調。この調子で破滅を逃れ……って、カルラ?」


 気分がよくなっていると、気づかないうちに、カルラが俺の隣に座っていた。


「ふえぇ……マリウスさあん、今日は本当にはりあとうございまふ。い、ひぇ、今日だけやあ、ありましぇん。あの時、わたしを救ってもらってから、あたしは……」

「ふむ、そんなに感謝してもらわなくてもいいぞ」


 と俺はカミラの頭を撫でる。


「俺は俺のやるべきことを、やっていだけだ。カルラの方こそ、よく頑張ってる。俺は頑張り屋さんな子が好きだ」

「す、好き!?」


 俺の言葉に、カルラが強い反応を示す。


「そ、ほんなほうねつへひなことをううなんて……ああひのほうほお、マリウスひゃんが、ぬひ……」

「カルラ? もしかしなくても酔ってるのか?」


 薄々……というか大分気付いていたが、さっきからカルラの舌が回っていない。


 ぶっちゃけ、彼女の言ってる内容が全然読み取れない。

 頬だって、薄い紅色に染まっている。

 ぷるぷると震える唇が、いつもと違って艶かしく見えた。


「ひょってましぇん」

「酔ってないヤツは皆、そう言うんだ」


 苦笑する。


 普段ならカルラみたいな可愛い女の子が近くにいたら、咄嗟に体が強張ってしまうが……不思議なことに、今日は別だった。


 俺も酔っているのか?


 いやいや、元社会人の俺がこの程度で酔うはずがない。俺も成長したってことなんだろう。


「あなたを認めたのは本当──だけど、マリウスの隣は譲らないわ」


 拗ねたような声を発して、エルザがカルラがいる方とは反対側の椅子に腰を下ろした。


「え、えーっと、エルザさん?」

「なにかしら。『さん』付けなんて、よそよそしいじゃない。その子に言ったみたいに、私にも情熱的なことを言ってくれるかしら?」

「情熱的? いつ俺が、そんなことを言ったんだ?」

「……最近のあなたにしては珍しいことを言うと思ったら、まさか酔ってるでしょ?」

「酔ってる? 俺がこんなもので酔うものか」


 と言ってから、酒をあおる。


「酔ってない人は皆、同じことを言うのよ」


 ふむ……エルザも変なことを言い出すものだ。


「それに俺の隣は譲らないって言葉は?」

「そのままの意味よ。カルラはよく頑張ってる。ゆくゆくは治癒ギルド内でも、変えが効かないポジションに就くでしょうね。でも、そうなったとしても、私はマリウスのだけは譲らない。そう言ったのよ」


 ……?


 こいつも酔ってるのか?


 いつもクールビューティーなエルザの口から出た言葉とは、とても思えなかった。


「カルラもなにか言ってくれよ──って、カルラ?」


 隣を見ると、カルラは俺の肩に頭を預けて、目を瞑っていた。


「ん……むにゃむにゃ。ああひのほうじさま……」

「やっぱり酔ってたみたいだな。寝たか」


 あまり飲んでなかったと思うが……もしかしたら、カルラは酒に弱いかもしれない。


 そうじゃなくても、母親の看病や新しい環境に馴染めるように、今まで張り詰めた生活を送っていたんだろう。


 その緊張の糸が解れて、いつもより酔いやすくなっていたのかもな。


 安らかな寝息を立てるカルラを見ていると、自然と笑みが浮かんだ。


「払い除けたりしないのね」

「なんで、俺がそんなことをしなくちゃならない」

「やっぱり今日のあなた、酔ってるわね。じゃあ──」


 とエルザも俺の肩に体を寄せてくる。


「私もたまには甘えさせてもらおうかしら。


 続けて変なことを言い出した。

『王子様』という言葉の部分が、少し棘を感じたのは何故だろうか。


 こうして楽しい時間はあっという間に過ぎていった。


 ……翌日、二日酔いの頭痛で起床したことは言うまでもない。

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