第10話 騎士団長に感謝された

 シャロンの声音には、警戒の類が含まれていた。


 命を救われた……とまではいかないと思うが、治癒ギルドが彼・彼女らを救ったのは事実だ。


 どれだけの金額を吹っかけられるのだろうか、と心配しているのだろう。


「ふむ……」


 シャロンの瞳を見ながら、俺は考える。



 ……とはいえ、結論なんてもう出ている。



 たっぷり悩んだふりをしてから、俺は口を開く。


「そのことなんですが……お金はいりません」

「なに?」


 そんなことを言われると思っていなかったのか、シャロンの目つきが訝しむようなものになった。


「言ったでしょう? 困っている人を助けるのは当たり前だって。国のために戦ってくれる騎士団相手に、足元を見るような真似は出来ませんよ」

「し、しかしだな……回復アイテムだって、高価なものだっただろう? なんの対価も払わないというのも、騎士団の面目が立たん。やはり金額を言ってくれ」

「お金はいらないと言いましたが、対価はいらないと言ったつもりはありませんよ。対価はなにも、お金だけじゃないでしょう?」

「ほう?」


 シャロンが目を丸くする。


「騎士団には王都に帰った時、俺たちの良い評判を広めてほしいんです。この街には、珍しい回復アイテムがあると。騎士団はそれに救われたんだと」

「そんなことでいいのか?」

「ええ。もちろん、不自然にならない程度でいいんです。酒場の肴として、ちょっと話をするくらいで十分ですよ」


 これが今回の俺の作戦。


 星の砂の存在が知られれば、すぐにみんなはこのアイテムの素晴らしさについて理解する。


 しかしいかんせん、知名度が足りない。今まで、治癒ギルドの評判から考えるに、詐欺商品と考える者も少なくないだろう。どれだけ良い商品だとしても、人に知られていなければ意味がないのだ。


 だが、ここで騎士団が信頼の担保となる。


 今回のことは、この街でもすぐに噂が広まるだろうし、しかも相手がエルドリッジ騎士団。

 すぐに俺たち治癒ギルドが、詐欺行為していないと皆も気づいてくれるだろう。


 ゆくゆくは王都からも星の砂を求めて、客がやってくるかもしれない。


「どうでしょうか?」

「君がよければ、もちろん断る理由なんてないさ。陛下にも今回のことは報告しておく。この街の治癒ギルドは素晴らしい……ということをな」


 交渉成立。


 これで少しは治癒ギルドの評判も向上するだろいう。


 しかしまだ油断してはいけない。


 一朝一夕で治癒ギルドの評判が逆転しないほど、マリウスが好き放題やってくれたからな。


 より一層、気を引き締める必要がある。


「世話になった。この街のギルドにも、君のような聖人がいるとは思っていなかった。またなにかあれば、君たちの力になろう」

「はは、聖人だなんて大袈裟ですよ。ですが……ありがとうございます」


 そう言って、俺はシャロンと握手を交わし、騎士団と別れを告げるのであった。





 ◆ ◆


「上手くいったわね、マリウス」


 騎士団がこの街から去った後。


 俺は治癒ギルドの本部で、エルザとカルラの二人と話し合っていた。


「お金はいらない……と言い出した時は驚いたけど、今回のことはそれ以上に価値があるわ。騎士団を助けたという実績は、私たち治癒ギルドに大きな利益をもたらしてくれるでしょう」

「エルザにそう言ってもらえると、安心するよ」


 ふっふっふ……そうだろ、そうだろ。


 繰り返すが、俺が上げるべきなのは治癒ギルドの評価だけではない。エルザの好感度も、その中には含まれるのだ。


 ゲーム内ではマリウスを裏切り、主人公アランについた女だからな。


 これからも協力してもらうため、彼女の俺に対する好感度を上げておいて損はない。


「すごいです、マリウスさん! 目先の小さな利益より、のちの大きな利益を取ったんですよね? わたしにはそのような大局観、ありませんでした」

「そう大したことではない。それに元はといえば、全てはカルラの提案から始まった。俺の方こそ、君の着眼点に驚いているよ」


 組織というのは一人で回らない。

 それを俺は、前世で嫌というほど分からせてきた。


 そういう意味では、カルラのような人材が入ってきてくれたのは、非常に助かった。


「これでみんなも、カルラのことを信頼するだろう。だろ? エルザ」

「……そうね」


 ぶっきらぼうに答えるが、最初の時のような刺々しさはなかった。


 しかし俺がカルラを褒めると、どうしてエルザが悔しそうな顔をするんだろうか?


 エルザとしても優秀な従業員が増えることは、良いことずくめな気がするが……。


「そうだ。もう少し落ち着いたら、カルラの歓迎会もやろう」

「い、いいんですか!?」

「もちろんだとも。君はもう、立派な治癒ギルドの一員だ」


 油断するわけではない。


 だが、転生してから張り詰めていた緊張の糸が、少し解れたのは事実だ。


 楽しそうなカルラを見ながら、俺はそう思うのであった。







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 王都までの道のりを歩きながら、シャロンは先ほどのことを思い出していた。


「素晴らしい人物だった」


 正直、あの街──セレスヴィルの治癒ギルドに対して、あまり良い話を聞いていなかった。


 いわく、セレスヴィルの治癒ギルドは法外な治療費を設定している。


 いわく、あそこのギルドマスターは暴虐非道の行いを繰り返し、泣かされてきた女は数知れない。


 しかし次の街を目指すまでに、また魔物に襲われないとも限らない。

 万全の状態で進むためにも、セレスヴィルの治癒ギルドを頼らざるを得なかった。


 ゆえに渋々、あの治癒ギルドを頼ったわけだが……。


「噂というのは、いい加減なものだな。あのようなを悪く言うとは……」


 聖人とはエルドリッジ王国によって、慈悲深い心によって困っている人々を助ける象徴のようなものであった。

 過去にいた伝説の聖人も、時には無償で人々を癒し、世界に平和と希望をもたらしてきたのだという。


 名はマリウスといったか──聖人とは、まさしく彼のためにあるような言葉ではないか。


「きっと彼は最初から、無償で私たちを助けてくれようとしたに違いない」


 だが、それでは私が引き下がらないと思ったから──。


 王都でセレスヴィルの治癒ギルドのいい評判を広めてくれ、と言ったに過ぎない。


 彼の優しい心遣いに、シャロンは胸打たれていた。


「私もまだまだ精進しなければ。今はまだ遠く及ばないかもしれないが、いずれは彼のような立派な人間となろう」


 トクン。


 マリウスのことを考えるだけで、心臓が脈打つ。


 この感情の正体を知らないまま、シャロンは空を見上げるのだった。

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