第9話 騎士団を救ってみた

「ここが治癒ギルドだな!?」


 一人の女性が慌ただしい様子で、治癒ギルドに駆け込んできた。


 鎧をまとい、物々しい容姿だ。

 しかし無骨な格好だというのに、彼女の美しい容貌は、まるで女神のようであった。


「そうです」

「よかった!」


 彼女はほっと安堵の息を吐き。


「急で悪いが、治療をお願いしたい。道中で魔物に襲われ、多くの仲間が傷を負ったんだ。金ならいくらでも払う! 彼らを救ってやってくれ!」


 キレイな顔を近付け、彼女が懇願する。


 女性の様子を見るに、かなり切羽詰まった状況らしい。


 街で見かけたことのない人物だし、外から来たのか? だったら、治癒ギルドの悪評を知らないかもしれない。


 それにしても女性が身につけている鎧、そして彼女の身なり。


 どっかで見たことあるような……。


「俺はこの治癒ギルドのマスターをしている、マリウス・ハーランドといいます。失礼ですが、あなたのお名前は……」

「ああ、すまない。名乗るのが遅れてしまった。私はシャロンだ」


 やっぱり!

 まさか彼女とこんなところで出会えるなんて!





 ──美麗なビジュアルから察しがつくように、シャロンはただのNPCではない。


 この街はエルドリッジ王国に属している。

 彼女はそんな王宮に仕える、エリート騎士団長なのだ。


 シャロンも主人公アランの味方になるキャラクターで、その硬い防御力からゲームクリアまでタンカーとして、数々のプレイヤーがお世話になった。


 サブクエストの『シャロンの実家を救え!』はストーリーも評価が高く、あれで彼女のファンになった者も少なくはない。


 普段は真面目な女性だがどこか抜けているところもあるシャロンは、エルザと並ぶ人気を持っていた。


 そんな彼女とこのタイミングで出会うことができ、無意識に口角が吊り上がった。


「シャロン……さんですか。まさかエルドリッジ騎士団の騎士団長様と、お会い出来るとは思っていませんでした」

「騎士団長……? どうして、そのことを知っているのだ。名乗った覚えはないが」


 ギクッ。


 俺はゲームをしていたので既にシャロンのことはよく知っているが、この時点ではマリウスは彼女と初対面だったか。


 不信感を抱かせるのはよくない。


「エ、エルドリッジ騎士団の騎士団長といえば、有名じゃないですか。騎士団の方というのも、鎧のエンブレムを見れば分かりますし……」

「それもそうか。変なことを聞いて、すまなかった」


 よかった。なんとか上手く誤魔化せたらしい。


「ぐっへっへ、マリウス様。騎士団と言ったら、国王陛下のお膝元ですよ。たんまりとふんだくってやりましょう」


 ゲスオが後ろからゲスな笑い声を漏らして、そんなことを言ってきた。


 そんな彼を、シャロンはゴミを見るような目で見ている。


「バカなことを言うな。そんな不敬、出来るか。治癒着ギルドとしての使命を、ちゃんと果たす」


 俺はコホンと咳払いをしてから、こう続ける。


「分かりました。すぐに向かいましょう。エルザ、カルラ、二人も手伝ってほしい」

「もちろんよ」

「かしこまりました!」


 二人から元気よく返事も飛び出す。


「快諾してくれて、有り難い。だが、他に治癒士がいないように思える。これだけの人数で果たして、手が回るのか……」

「ああ、そのことなら大丈夫ですよ」


 焦るシャロンに、俺はこう告げた。


「治癒士が少なくとも、我ら治癒ギルドは回復アイテムを大量にストックしています。新開発した、とっておきのものがね」





 ──結果だけ言うと、大成功だった。


 傷を負った騎士の中には重傷の者もいたが、星の砂をかけると全員が完治した。

 

 俺も治癒ループで鍛えたとはいえ、最後まで魔力が持つか分からなかった。それに途中で倒れたら、またエルザに心配される。

 他の思惑もあったので、作ったばっかりの星の砂を大判振る舞いさせてもらったのだ。


 今では騎士団がいる広場も落ち着きを取り戻し、俺はシャロンと言葉を交わしていた。


「今回のことはいくらお礼を言っても、言い足りない。本当に感謝する」


 そう言うシャロンは先ほどまでと違い、穏やかな顔つきをしていた。


「いいんです。困っている人を助けることは、治癒ギルドとして当然のことですから」


 もちろん、半分は本音で半分は嘘。


 俺は主人公アランに破滅させられたくないという目的がある。

 そのためには地に堕ちた治癒ギルドの評判を、上げる必要がある。


 言うなれば、俺は騎士団を利用させてもらっただけ。俺のすることは、人によっては偽善なのだろう。



 とはいえ──。



 感謝されるのはやっぱり、気持ちのいいものだがな。


「まさか、これだけ多くの回復アイテムをストックしているとはな。見たことのないアイテムだったが……出来れば、作り方を教えてもらえないか?」

「星の砂というアイテムです。作り方については申し訳ないですが、それは……」


 と言葉に詰まる。


 星の砂の存在は、治癒ギルドとして生命線になる。

 素材があるからと言って簡単に作れるものでもないと思うが、今のところは騎士団には隠しておきたい。


「そうか……言いたくなければいいんだ。そちらにも事情があるんだろう」


 追及されると思ったが、シャロンは意外とあっさり引き下がってくれた。


「それよりも……騎士団がここまで手酷く傷を負うのは珍しいですよね?」


 やっぱり気が変わって問いただされるのも嫌だったので、多少強引に話を変える。


「魔物に遭遇したと言っていましたね。この近辺で、騎士団が苦戦するような魔物がいるとは考えにくいですが……」


 俺の疑問。


 ここはゲーム序盤の街。

 レベル差を無視した強い魔物がいたら、プレイヤーにしたらたまったもんじゃない。


 なのにこの国で最強戦力と呼ばれるエルドリッジ騎士団が、こんな状況になるほど強い魔物に遭遇したとは思いにくかったのだ。


 シャロンは俺の問いに少し悩む素振りを見せてから、


「ふむ……命の恩人になら言っても大丈夫か」


 一度頷き、こう続けた。


「今回のことは、こちらとしても想定外だったんだ」

「想定外?」

「ああ。私もこの辺りに強い魔物がいるとは思っていなかった。しかし今回出会した魔物は、なにかに支配されているかのように、凶暴化していた。そのせいで後手後手に回り、このような有様というわけだ」


 ふむ……?


 ゲームでそんな事件なんてあったかな?


 もしかしたら、俺が転生したことによって、この世界になにか悪影響を及ぼしているのかもしれない。


 しかしまあ……それについては、騎士団やアランに任せておけばいいか。


 俺は世界を救いたいわけじゃない。

 自分のために生きるのみだ。


「重ね重ね言う。君たちがいなければ、もっと大変なことなっていた。礼を言う」

「いえいえ」

「それで……なんだが」


 一転、シャロンの目つきが厳しいものになって。


「治療費についてだが……」

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