第7話 猫耳美少女ちゃんが仲間になった!
あれから数日が経った。
治癒ギルド改革は衝撃を与えたみたいだが、まだその影響は極々僅か。
今まで悪事の限りを尽くしてきたギルドだからな。今更、「生まれ変わります!」と言っても、簡単に信じてもらえるとは思えない。
だが、変わろうとしているのは事実だ。
この調子で主人公アランが来るまでに、まともな治癒ギルドにしていかなければ……!
あっ、そうそう。
変化の一部だが──。
「──治癒ギルドの改革について、一部から文句も出ているわ。給料が下がった者もいるんだし」
今後についてエルザと話し合っていると、彼女はそう口にした。
相変わらず、クールビューティーなのは変わらずだ。
しかし最初の時より、態度が柔らかくなっているような……? 気のせいだろうか。
「あいつら、俺の気持ちも知らずに……」
頭を抱える。
だが今まで、治癒ギルドは法外な料金を人々からふんだくったり、税金を不正利用していた関係で、ギルドの財政はそれなりに潤っていた。
ゲスオのようなイエスマンには、高い給金も払っていた。
それがなくなったのだ。
エルザの言うような文句が出てくるのも仕方がないだろう。
「エルザはよかったのか? 君の給料も適正な額に戻したんだが……」
「いいわよ。私にとって、お金はさほど重要じゃないからね。それよりも、今度からは悪事に手を染めなくなって、気が軽くなって助かったくらいよ」
とエルザが肩をすくめる。
みんな、彼女のように殊勝な態度でいてくれると助かる。
とはいえ──今までがもらいすぎだったとはいえ──給料が少なくなったことは、モチベーションの低下に繋がる。
もらいすぎな一部の人間の分を、今まで奴隷のように働かされていた者の移しただけで、総量は変わっていないしな。
手元にもお金はさほど残っていない。どうやらマリウスは、入ってきた金を全て使うタイプだったようだ。
せめて、金の管理を任せられる従業員が、あと一人か二人いてくれれば大分変わるんだが……。
あとは従業員にもっと良い給料を払えるよう、儲けの柱となるビジネスの確立だな。
儲けることは悪いことではない。
適正な価格で人々を治療し感謝され、治癒ギルドが大きくなっていくなら、みんなにとってWIN-WINのはずだ。
そう頭を悩ませている時だった。
「マリウス様!」
部屋にゲスオが入ってくる。
俺がこの世界に転生し、一番初めに目にした醜悪な顔だ。
「どうした? お前も給料について文句を言いにきたのか?」
「も、文句!? マリウス様に、あっしはそんなものないですよ。ぐっへっへ。ですが、最近ではシャングリラにもいかず……せめてボーナスを弾んでくれると嬉しいんですが。ぐっへっへ」
「そういうわけにはいかん。俺もしばらくは無賃金で働くつもりなんだ。少しだけ我慢してくれ」
「は、はあ……」
とゲスオが肩を落とす。
治癒ギルドの改革にあたって、ゲスオをクビにしようとしたが……さすがにそれは可哀想だ。
こいつも旨い汁を吸っていたとはいえ、マリウスの命令を聞いていただけだからな。
まあこの先、改心する様子がなければ、容赦なくクビを切るつもりではいるが。
「文句じゃないとするなら、なんの用だ?」
「へえ。マリウス様に来客です。予約もなしに来たんで、追い払おうと思いましたが……どうしてもマリウス様に会いたいらしく」
「なに?」
顔を
こういう急な来客は、前世では保険や投資の営業と相場が決まっていたので、あまり良い思い出がない。
「誰だ?」
「例の猫耳美少女ちゃんです」
猫耳美少女ちゃん──カルラだ。
彼女には「母親の容態が急変したら、すぐに俺を訪ねてこい」と伝えている。
完全に治ったと思っていたが……まさか緊急事態か?
「分かった、すぐに行く」
「私も行くわ」
俺とエルザは部屋を出て、ギルドの入り口まで移動した。
「あっ、マリウス様! お久しぶりです!」
するとそこにはゲスオの言った通り、猫耳美少女ちゃんことカルラがいた。
心なしか、最初に見た時よりも顔の血色がいい気がする。
「急にどうしたんだ? まさか君のお母さんの容態が急変して……」
「い、いえいえ! そんなことありません! 最近では病気になる前よりも、元気なくらいです!」
「よかった……」
ほっと安堵の息を吐く。
「だったら、どうして君がここに?」
「はい」
問いかけると、カルラは一度息を大きく吸って、こう続けた。
「お願いします! わたしをここで働かせてください!」
……はい?
どうしてそんな話になる?
「ダメでしょうか?」
言葉に詰まってしまったせいか、カルラが不安そうに俺の顔を見上げる。
「い、いや、そうじゃないんだ。だが、君はもう自由の身だ。それなのに、どうして俺のところで働こうとする?」
「だってマリウス様、言ってたじゃないですか! 『雇ってやる。こき使ってやるよ』って!」
あっ……そういや、言ってた。
しかしあれは冗談のつもりだったのだ。
現に今まで忘れていた。
「私は反対ね」
氷のように冷たい視線で応えるのは、エルザだ。
「あなたのような小娘が来て、我が治癒ギルドにどう貢献出来るっていうのかしら?」
「そ、その人の持ち物があれば、魔力の痕跡を辿ったりとか……」
「まるで犬ね。猫耳なのに」
「魔力探知に、犬も猫も関係ありませんよ! それにわたしは動物じゃなくて、獣人族ですから!」
否定するカルラ。
「ダメなら、雑用でもなんでもやります! わたし、マリウス様に恩を返したいんです!」
「その考えは殊勝だけど、あなたを雇えるほど、ギルドも余裕がないわ。治癒ギルドに獣人族特有の能力が必要になるかどうか分からないし、雑用係も間に合ってるわ」
──エルザ、なんかさっきから厳しいな!?
前世で女同士が喧嘩する時、こういう空気になったことを思い出す。
だが、今のエルザがどうしてカルラに喧嘩腰になる必要があるのだろうか……?
前世では『一人の男を取り合って』というパターンが多かったが、今はそれには当てはまらないし。
「そ、それなら、わたし! 計算が出来ます! これでも学校で算術の成績は一番でした。将来は会計士になろうと思っていましたが……その矢先にお母さんが病気になって、その夢も諦めてたんです」
ほお……意外と頭がいい子なんだな。
ん……?
「待てよ……」
エルザが相変わらずバチバチとした視線をカルラに向けているのを見ながら、俺は考える。
この世界の教育レベルは、お世辞にも高くない。
しかもこの治癒ギルド、マリウスの『俺より賢いものは必要ない』という思想から、そういった計算が出来る人材が皆無なのだ。
今までどんぶり勘定でなんとかなってきた事情もあるしな。
俺も数字が苦手なタイプではないが……それ以外にやることが多く、手が回らないのは実情だった。
こういった数字を扱う人材は、治癒ギルドにもってこいだった。
「分かった、カルラ。一緒に働こう」
「なっ……!」
「ほ、ほんとですか!?」
衝撃を受けているエルザの一方、カルラがパッと表情を明るくする。
「君のような人材を求めていたんだ。しかし一つ、条件がある」
「はい、分かっています。ボロボロになるまで、わたしを働かせてやってください。もちろん、給料なんていらないですから!」
「給料はちゃんと払う! それにうちの従業員は週休二日だ!」
恐ろしいことを言うな!
……まあ俺は治癒ギルド改革が軌道に乗るまで、休まないつもりではあったが。
「そうじゃなくて……『マリウス様』っていう呼び名はやめてほしいんだ」
「え……? だったら、どうお呼びすればいいんですか?」
「好きに呼べばいい。ただどうしても、『様』付けされるのは慣れなくってな」
前世ではビジネスメールくらいでしか、『様』付けなんてされてこなかったから、むずむずするのだ。
「マ、マリウス……もしかして、その子のことが好きなの?」
「あっしでもまだマリウス様呼びなのに!」
エルザは愕然とし、いつの間にか近くまで来ていたゲスオが非難の声を上げた。
しかしゲスオ、お前は特例だ。別に、ゲスオに呼び捨てにされようがキレたりしないが、こいつは当分今のままでいいだろう。
「で、では、マリウスさん……っていうのはどうでしょうか?」
「それでいい」
まだ、たどたどしい態度ではあるが、それも直に解消されていくだろう。
頼もしい仲間が出来たな。
「では、カルラ。早速だが、君にも一緒に考えてほしいことがあるんだが……」
そう言うと、カルラは目を丸くした。
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