第6話 変わり始めたギルドマスターついて(エルザ視点)

【side エルザ】



 ──私は『ツンドラ地域』に住む、雪花族の一人だ。



 雪花族は容貌に優れ、高い魔力を有している。その力は、ツンドラ地域に住む魔物との戦いでも、引けを取らないくらい。

 その例外に漏れず、私も刀を握り、日々魔物と戦ってきた。


 一方、そんな特徴に目をつけられ、奴隷として売られていく雪花族も多い。


 元から、数が少なかった一族だ。そのような要因が重なり、いつしか雪花族は絶滅寸前の一族になっていた。


 さらにこの私自身も悪い男に見つかり、囚われの身となってしまった。


 悪い男の名はマリウス。

 ハーランド伯爵家の三男で治癒魔法の才能を有し、最近では治癒ギルドを創設した。


 この男、どうしようもない。


 治癒魔法の才にかまけて、ぼったくり料金を住民に提示していた。


 住民もこの治癒代が、法外なことは分かっている。しかし傷や病気を治すために、彼・彼女らは治癒ギルドを頼らなければならなかった。人々を悔しさを堪えながらも、治癒ギルドに逆らえなかった。


 本来なら死んでもこいつに協力したくなかったが、マリウスに弱みを握られた私は、ギルドの受付嬢をやらされることになった。


 今まで、魔物との戦いの日々を過ごしていた身だ。果たして受付嬢などやれるのか……と思っていたが、どうやらマリウスは接客としての私にさほど期待していないらしい。


 いわば、私は観賞用の花だ。


 マリウスの私を見る目が嫌らしいことに気付いたのは、一度や二度の話じゃない。

 体の関係を迫られたことも、何度かあった。


 私も嫌悪感を抱く男に体を許すほど甘くはないので、今までのらりくらりとマリウスの追求をかわわしてきたが……それも時間の問題。


 いつか、私はマリウスに体を許すことになる。

 その時、私の心は壊れないだろうか?



 罪悪感と絶望に押しつぶされそうになっていたが、ある日を境に、マリウスは変わった。



『これから、治癒ギルドは生まれ変わる』


 急になにを言い出すんだと思った。


 しかし今まで悪事の限りを尽くしてきた男だ。

 今回も気まぐれで言ったことで、嘘に違いない……と、当初私は決めつけた。


 だが、彼は『俺のすることを目に焼きつけろ』とギルドを出て、カルラという一人の獣人族の女の子を救った。


 しかも彼女の母親を治した際の治療費は、いらないとまで言っている。

 これは今までの彼の言動を鑑みるに、信じられないことである。


 カルラという子が最後まで感謝し、深く頭を下げていたことはやけに印象的に映った。



 それから──治癒ギルドは大きく変わることになった。



 治療をするにあたっての、適正な料金の設定。

 一部のお気に入りの人間を除いて、従業員をゴミのように扱っていたが、それも改められた。

 不正に使用していた税金も、少しずつではあるが、返そうとしているのだという。


 なるほど。マリウスの言った『これから、治癒ギルドは生まれ変わる』という言葉は本気だったようである。

 私の彼を見る目も、徐々に変わっていった。



 その中でも特に、忘れられない出来事がある。



 それはカルラの母親を救い、治癒ギルドの建物に帰ってきてから。

 マリウスが部屋に引き篭もったかと思うと……中から苦しげな声が聞こえてきた。


 何事かと思い、ノックも忘れ中に入ると──そこには床に手を付くマリウスの姿が。


『なにをしているの!?』

『いや、なに……魔力を鍛えてるんだ。だが、心配する必要はない。俺は大丈夫だから』


 鍛える?


 さっき、治癒魔法を使って倒れそうになったばかりなのに?


 どうしてマリウスはそんなに頑張るのか、彼に問いかけてみた。


『俺は……弱い。このままじゃ破滅の運命から逃れることは出来ない。だから俺は……人一倍、頑張るしかないんだ』




 俺は弱い──。




 今までマリウスは良くも悪くも自信過剰で、まるで自分が神に選ばれた人間かのように振る舞っていた。


 そんな彼から、『弱い』という言葉が飛び出すなんて……。


 どれだけ才能があったとしても努力を怠り、凡人のまま人生を終えた人間を何人も見てきた。


 さらにその先に破滅が待っている例も……。


 彼はそんな自分の愚かさに、ようやく気付いたのだろう。


 自らの行いを反省し、汗だくになっても前を向くマリウスを、愚かにも一瞬かっこいいと思ってしまった。


『だったらせめて、あなたを見守らせて。最悪の事態──たとえばあなたが死にそうなことにでもなれば、力づくで止めるから』


 そう言って、私は椅子に座る。



 正直……治癒ギルドの酷い現状が続くようであれば、彼の悪事を告発しようと思っていた。



 だけどそんな日は、もう少しだけお預けみたい。


 マリウスの気がどうして変わったのかは分からない。

 またすぐに、元の彼に戻るかもしれない。


 でも……そんな日が来ないように、私は彼を近くで見張らないと。


 ふらふらになりながらも立ちあがろうとする彼を見ながら、私はそう思った。




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少しずつ、マリウスも治癒ギルドも、変わり始めているようです……!

次回から、治癒ギルドの本格的な改革が始まります。


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