第5話 マリウス、魔法で魔力を回復して無限に鍛える

 ギルドに帰ってきてから、俺はすぐにギルドマスターの部屋に引き篭もった。


 さっきから全身がダルいし、頭痛がする。これが魔力を消費した代償だろうか?


 しかし今の俺には時間がない。

 主人公アランに負けないよう、魔力量くらいは上げないとな。


「よし、やるか」


 ベッドで横になりたい衝動を抑えながら、俺はそう宣言した。



 ──マリウス・ハーランドはゲーム序盤のボスキャラだ。



 繰り返しになるが、どれだけ体力を削ってもほぼ無限に体力を回復させてくるマリウスに、プレイヤーは手こずったものだ。

 ゲーム序盤に、マリウスの回復速度に勝るほどの高火力を出すのは、難しいからな。



 しかし何事にも抜け道がある。



 俺が──と言ったのには、アルクエにも『MP』という概念があるからだ。


 いくらマリウスが敵キャラでも、治癒魔法を使うためにはMPを消費する。

 MPがなくなれば、必然と治癒魔法を使うことが出来なくなるのだが、マリウスは自分自身のMPを回復させる魔法も使えた。


 これにより、所謂『治癒ループ』が出来るわけだが……これが落とし穴。


 MPを回復させるためには、1ターンを消費する必要があった。


 そのたった1ターンの隙で、プレイヤーは一気呵成とマリウスに攻撃を加える。

 ゲームだからそこまで表現されていないものの、タコ殴りだ。さぞ、ボコボコにやられただろう。 


 ……というのが、マリウス攻略法のスタンダード。


 しかし1ターンの隙が生じるデメリットは、あくまで戦闘中だけのもの。

 戦う相手もおらず、一人でゆっくり出来る今なら、MP回復にデメリットはない。


 ……はず。



星影ほしかげの恵み」



 ゲーム中、マリウスが使っていた魔法を唱える。


 すると先ほどまでの酷い倦怠感が、嘘のようになくなった。

 快適で、これならいくらでも魔法が使えそうだ。


「成功だ!」


 ぐっと拳を握る。


 アルクエでは、魔法を使えば使うほど、内部で熟練ポイントが溜まっていく。

 その熟練ポイントを割り振り、魔力を高めることが出来たわけだ。


「ということは……MP回復で無限に魔法を使える今なら、鍛え放題!」


 ──これが俺の考えた手段。


 今の俺はたった一回、カルラの母親に治癒魔法を使っただけで倒れそうになるくらい、雑魚ボスキャラだ。


 しかしろくに努力をしている描写もないくせに、ゲーム中で主人公アランを苦しめたマリウスを舐めるなよ……!

 才能なら人一倍あるはずだ!


「今日のところは、取りあえずこれを100セット……そうすれば、大分鍛えられるはず」


 俺は治癒ループを開始した。






「くっ……!」


 しかし90セット目と、そろそろ終わりが見えてきそうなところで、俺は床に手を付いてしまう。


 体力と魔力は、治癒魔法で回復しているから大丈夫だと思うが……いかんせん、俺は魔法を使うのに慣れていない。

 気付けば、額から滝のような汗が流れていた。


「はあっ、はあっ……こんなところで、やめるわけにはいかない。俺は……生まれ変わるんだ」

「失礼するわね──って!? マリウス!?」


 一人でかっこつけていると、ノックもなしにエルザが部屋に入ってきた。


「なにをしているの!?」

「いや、なに……魔力を鍛えてるんだ。だが、心配する必要はない。俺は大丈夫だから」


 実際、今の状況は精神的なものによるところが多いので、身体的にはなにも問題ないしな。


「もうっ……! さっき、治癒魔法を使って倒れそうになったばっかりでしょ!? なにも今日やる必要ないじゃない!」


 しかしエルザは非難の声を上げる。




 もしかして……俺を心配してくれているのか?




 ゲーム中ではマリウスを俺を裏切り、アランの味方になる彼女が?


「今日やる必要がない? 俺には時間がないんだ。一分一秒たりとも無駄には出来ないよ」


 ──アランがいつ、俺を成敗しにくるのか分からないからな!


「……やっぱり、今日のあなたは変だわ。どうして、そんなに焦ってるの?」


 エルザが俺の目を真っ直ぐ見つめて、問いかけてくる。


「俺は……弱い。このままじゃ破滅の運命から逃れることは出来ない。だから俺は……人一倍、頑張るしかないんだ」


 いやマジで、マリウスは弱い。


 ゲーム序盤に出てくるボスキャラとしてはなかなか厄介だが、プレイヤーもゲームシステムに慣れていない頃だ。

 高火力が出せる技や魔法、装備品を手に入れられる終盤なら、もっと楽に倒せただろう。


 なのにゲーム序盤で、「フハハ! 俺に勝てるものは、誰もいないのだ!」と高らかに笑うマリウスを思い出すと……自分のことじゃないのに、恥ずかしくなる。


「弱い──あなた、そんなことも言えるのね」


 一転。

 エルザはふんわりと優しい笑顔を浮かべる。


 彼女のこんな表情はアランの前でしか見せないので、つい見惚れてしまった。


「分かったわ。もうなにも言わない。私がここで止めても、あなたは前に進むのをやめないでしょうしね」

「その通りだな」

「だったらせめて、あなたを見守らせて。最悪の事態──たとえばあなたが死にそうなことにでもなれば、力づくで止めるから」


 とエルザは近くの椅子に腰をかけた。


 ふむ……?

 治癒魔法があるから、死ぬなんてことはないが……。


 目の前でエルザに見られていると、なんだか照れる。


 彼女はアルクエの中でも最高峰のビジュアルの持ち主だからな。彼女がすぐ隣にいると思ったら、かっこ悪いところは見せられない。


「好きにしろ」


 エルザの目が真っ直ぐ見られなくなり、ぶっきらぼうに言い放って、治癒ループを再開することにした。




 ──待ってろよ、アラン。




 俺はこの方法でどれだけかかろうとも、いつかお前を超えるだけの力を手に入れてみせるからな!

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