第4話 治癒魔法で病気を治しました

 猫耳美少女ちゃんことカルラの家は、街の外れにあった。

 家の中に入ると、彼女の母親らしき人物がベッドで横になっていた。


 一目見ただけでやつれていて、息も絶え絶えなことが分かる。顔色も悪かった。


「お母さん! 大丈夫?」

「カルラ……その人たちは……?」


 答える彼女の母親の声も、元気がない。


「うん。治癒ギルドのマスターさん。お母さんの病気を治してくれるって……」

「治癒ギルド──悪いことを言わないわ、カルラ。やめなさい。私のためにあなたが苦しむ必要はないのよ」


 一瞬目の光が宿った気がしたが、すぐに落胆する様子が見て分かった。


 きっと、治してもらうにも莫大な金額を要求されると思っているんだろう。


 この反応はしょうがない。


「カルラ。君のお母さんはどんな病気にかかっている?」

「は、はい……分からないんです。一週間前、突然こんなことに……どんな薬を飲ませても、治らなくて」


 短期間でここまで弱るということは、ただの風邪でもなさそうだ。まあ、俺は医療の素人なので、確かなことは分からないが。


 カルラの母親の言葉も聞きたかったが、これ以上喋るのもしんどそう。目を閉じて、なにも語ることはなかった。


「マリウス」


 状況を精査していると、エルザが話しかけてくる。


「ほんとにこの人を治すつもり? 分かってると思うけど、今のままじゃお金の支払いなんて期待出来ないわ。あなたが損をするんじゃ?」

「言っただろ? 俺はカルラを救うって。お金なんて必要ない」

「……それは同意だけど、やっぱり信じられないわね。こうして前にしても、あなたの言っていることだと思えないわ」

「そうか? だったら、見てろ」


 そう言って、俺はカルラの母親に手をかざす。


 さっきから、身体の中にぐるぐると液体が回っている感覚がする。前世では有り得なかった感覚だ。


 もしやこれが魔力か……?


 いや、やってみなければ分からない。


 鬱陶しく回復を繰り返し、プレイヤーから嫌われていたマリウスの力、ちゃんと発揮してくれよ……!


 身体の中に感じる液体を外に放出してみる感じで、ぐっと力を込めてみた。

 すると──かざした手を中心に、温かい光が灯った。


「ちっ……!」


 上手くいきそうだが同時に、バチバチッと頭に電撃をくらったような痛みが襲ってくる。

 それは今すぐやめたくなるほどの痛みだったが、ここで中断するわけにはいかない。


 カルラの母親を治すんだ……!

 そして俺は破滅ルートを回避する!


 いまいちかっこつかなかったが、灯った温かい光はカルラの母親に移る。

 やがて光は彼女を包み、徐々に体の中に浸透していった。


「お母さん……!」


 カルラも拳を握って、事の成り行きを見守っていた。


 そして──。



「カルラ……」



 再びカルラの母親が目を開けてくれ、カルラの名前を呼んだのだ。


「お母さん! どう?」

「え、ええ……なんだかすっきりした気分だわ。体が軽い。まさか本当に治ったっていうの……?」



 ──成功だ!



 さっきまで細々かったカルラの母親の声は、元気のあるものに変わっている。

 喋り方も力強かった。


「上手くいったようだな」


 ガッツポーズしたい衝動を抑えながら、俺はそう微笑みを浮かべた。


「とはいえ、経過の観察は必要だ。寝たきりだったら、体力も回復していないだろうしな。お母さんが元気になるまで、君が看病してあげるんだ」

「はい!」

「もしなにか身体に異変があったら、すぐに俺に言ってくれ。君のお母さんが完治するまで、何度でも治癒魔法をかけてやる」

「分かりました。ありがとうございます! で、ですが……治療費は……」


 一転。

 カルラの顔が暗くなった。


 正直、治療費なんて必要ない。

 しかしこの世界にとって、治癒魔法が貴重な技術であることも事実。


 俺はいいが、他の治癒士にとって無料で何度でも治癒魔法を使うことは、大きな負担だろう。優れた技術には、それ相応の対価を払う必要がある。


 そうじゃなくても、不正利用していた税金を払うために、これからは金が必要になるんだしな。


 ともかく、なんでもかんでも無料にするわけにはいかないが……。


「いいんだ。考えたんだが、今回は無料ってことで」

「えっ!?」


 言うと、カルラは目を丸くした。


「迷惑料ってところだ。治癒ギルドが散々、君に迷惑をかけてきた……と思うからな」

「それは有り難いんですが……無料っていうのは、申し訳ないですよ。わたし、どれだけ時間がかかっても、絶対にお支払いしますから!」

「そうか。だったら、気が向いた時にでも治癒ギルドを訪れろ。雇ってやる。こき使ってやるよ」


 とカルラの肩を叩く。


 無論、冗談だ。


 今回は助けたとはいえ、この街の住民にとって治癒ギルドは悪の象徴のようなもの。

 わざわざ自分から足を運ぶほど、この子も酔狂じゃないだろう。


「よし……繰り返すが、お母さんになにかあったら、すぐに俺を呼ぶんだぞ。エルザ、帰ろう」


 そう踵を返すと、エルザも俺の隣を歩いた。


「あ、あの!」


 最後に。

 家を出ていく間際、カルラがこう声を張り上げた。


「ありがとうございました!!」









「うっ……!」


 家から出ると、体がふらつき倒れてしまいそうになる。


「無茶するんだから」


 そんな俺を、エルザが優しく支えてくれた。


「すまん」

「謝らなくてもいいわ。治癒魔法にだって魔力を消費するんでしょ? あなただってしんどかったはずなのに、表情に出さないんだから」

「君の前で、かっこつけたかったんだ」

「私の前で?」

「ああ。まあ結局、こうしてお前に体を支えられてるから、かっこがついてないけどな。俺、なにか変なことを言ってるか?」


 問いかけるが、エルザは頬を朱色に染めるだけで、答えは返ってこなかった。


「そんなことより、ちょっとは俺のことを見直したか? 治癒ギルドを改革するって気持ちは本気だ……って」

「そうね……」


 エルザは少し間を空け。


「まだ分からない。今回のことは、あなたの気まぐれかもしれないしね。でも……少しは信じてみようって気持ちにはなったわ」

「今はそれで十分だ」


 そう簡単にはデレないか……。


 しかしエルザはアルクエの中で、屈指の攻略困難キャラ。いつか必ず落としてやるからな!


「それにしても……」


 たかが一回、治癒魔法を使っただけで、一人じゃ立ってられなくなるとは……情けない。


 治癒ギルドの改革者として、俺が一人前の治癒士でなければ、従業員にもかっこがつかないだろう。

 それに万が一、治癒ギルドの改革に失敗して、主人公アランと対立した時もろくに戦えない。


 だが、このマリウス、ポテンシャルだけはあるはずなんだ。


 ゲームでは敵キャラだったので育成することは出来なかったが、今は違う。正しい方向性で鍛えていば、こいつは必ず化ける。


「となると、しかないか」

「さっきからぶつぶつと……変ね」


 俺の独り言に、エルザがそう突っ込んだ。

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