第2話 治癒ギルドを改革しよう

 どうやらさっきの場所はギルドマスターの部屋だったらしい。

 部屋を出ると、受付のところで銀髪の美少女が立っていた。



「マリウス? そんな顔をして、どうしたのよ。また悪いことでも考えたの?」



 と銀髪美少女が首を傾げる。

 さっきのゲスオとは違い、こういうなにげない仕草も可憐で、つい頬が緩んでしまった。


 俺は既にこの美少女の名前を知っている。


 彼女はエルザ。


 マリウスの治癒ギルドで、受付嬢をやっている女の子だ。


 ゲスオみたいに適当な名前でないことから察しがつくが、彼女はただのNPCではない。


 エルザの出自は特殊で、絶滅寸前の一族──雪花族。

 寒さが厳しい『ツンドラ地域』に住む一族で、氷魔法の才能と、生まれながらの美貌に恵まれる。ツンドラ地域の強い魔物と戦っているせいで、ステータス的にも強い。


 しかし半面、人口が少なく、今や絶滅の危機に晒されている一族だ。


 彼女は雪花族の再興を目指すが、マリウス──つまり俺に弱みを握られ、無理やりここの受付嬢をやらされてしまう。


 だが、エルザの本質は正義感に満ちた女性だ。


 罪悪感に耐えられず、街を訪れた主人公アランと共に、マリウスを討つことを決める。

 この悪徳治癒ギルドのイベントが終わってから、エルザはアランのパーティーに加わったはずだ。


 高いAGL敏捷値に、使い勝手のいい氷魔法が使えるアタッカーとして、ゲームクリアまで主戦力として使える。

 俺もゲーム中は、散々彼女に助けられたものだ。


 さらにこのエルザ、プレイヤーからの人気が頗る高い。

 ビジュアルがアルクエの中で一、二を争うほど優れているし、彼女の個別イベントも評価が高かった。


 エルザの個別イベントでは、彼女は魔族に体を乗っ取られているわけだが、それでも主人公のことを思い続ける一途なところに、涙腺が緩んだものだ。


 そんな彼女と現実で会えるなんて夢のような話だが……見とれている場合じゃない。


 主人公アランにとっては心強い味方ではあるが、マリウスにとっては、やがて裏切る強敵になるからな。


「いや……悪いこととか、そういうのはなしだ」


 俺は首を横に振る。


「これから、治癒ギルドは生まれ変わる」

「え?」

「エルザにも協力してほしい」


 俺が破滅回避のために、まずすべきこと。

 それはエルザに協力を仰ぐことだ。


 いつ後ろから刺されるか分からない相手だが……だからといって、遠くに置いておくのも惜しい。

 ならば近くにいてもらい、共に治癒ギルドの改革を手伝ってもらう方が安心だ。

 ステータス以外も、ストーリーの中で彼女の有能っぷりはゲーム内で多く語られていたしな。


「……なにを企んでいるの? 私がそんなことで、あなたへの評価を改めるとでも?」


 しかしエルザの、俺に対する視線は厳しいまま。

 マリウス……というか俺、相当嫌われてるみたいだな。


 とはいえ好感度なら、今から上げていけばいい。

 幸い、エルザは真っ直ぐな人間だ。ここから俺が真っ当に行動すれば、評価を改めてくれる……はず。 


「た、企んでいるだなんて、とでもない。俺は目が覚めたんだ。今まで酷いことをしていたと反省している」


 今の俺に出来ることは、こうやって頭を下げることだ。


 エルザは変わらず、凍りつくような鋭い眼差しを向けている。

 今すぐこの場から逃げ出したくなるが、ぐっと我慢した。


「……まあいいわ。あなたが頭を下げるなんて、初めて見たしね。でも、具体的になにをするつもりか聞かせてくれるかしら? まさかなにも考えていないなんて言わないわよね?」


 よかった……!


 話すら聞いてくれない可能性もあったが、それは避けられたっぽい。


「もちろんだ。今まで治癒をするためには相手に法外な料金を要求していただろう? まずはそれを撤廃する」


 この治癒ギルドの中で最も目立つ悪事は、やはり怪我人や病人に要求していた法外な料金だ。


 アルクエの世界で、魔法は才能のある者しか使えない。

 医療も、現代日本のように発達していない。


 ゆえに人々は傷や病気をしたら、基本的に治癒ギルドを頼るしかないのだが……なにせ、街に唯一ある治癒ギルドがぼったくりギルド。借金をして、治癒してもらおうとする者も現れた。


 その中の一人が、猫耳美少女ちゃんなわけだな。


 法外な料金を見直せば、こういった人たちも減り、治癒ギルドの悪評も改善されていくはずだ。


「それだけじゃないぞ? 環境も整え、従業員たちにとって働きやすい職場を作る。今まで不正に使用していた税金も全額返済する。後者は時間がかかるかもしれないがな」


 正直、これだけじゃ足りない。

 もしもこの世界にも、異世界転生のお約束『物語の強制力』とやらが働くなら、どう転ぶのか全く読めないからだ。


 だが、出来ることは全てやろう。

 品行方正な治癒ギルドとして生まれ変わり、破滅ルートから絶対に逃れてやるのだ!


「マ、マリウス様ああああああ! 正気ですか!?」


 ……意気込んでいる俺ではあったが、先ほどの男──ゲスオが受付のところまでやってきた。


 意気消沈していたが、どうやらもう気力を回復させたらしい。メンタルだけは強い男である。


「そんなことをしたら、治癒ギルドは破産ですよ!? 女の子を侍らせて、酒を浴びるほど飲めなくなります! そんな生活、耐えられるんですか!?」

「お前は酒と女しか興味がないのか!?」

「ギャンブルにも興味があるっす」

「やっぱりゲスじゃねえか! とにかく! そういう無駄遣いはこれからなしだ。今までの贅沢を思えば質素になるかもしれないが、我慢してくれ」

「そんなああああああああああ!」


 またもや床に膝を突くゲスオ。


 しかし、今はこんなモブキャラに構っている暇はない。やることは山積みだからな。


 あらためて、俺はエルザに視線を向ける。


「どうだ? これでも、俺がまだなにか企んでいると疑うか?」

「……正直、信じられないわ。口だけならいくらでも言えるんだもの。明日になったら、気が変わってるかも」

「確かに、君がそう思うのも仕方がない」


 これだけではエルザの好感度は、一ミリも上昇しないか。


 しかし……チョロい女より、難攻不落な美少女を攻略する方が燃えるってもんよ!


「なら──付いていこい」

「どこに?」

「今から人生が破滅させられそうになっている、猫耳美少女ちゃんを救いにいくんだ」


 そう啖呵を切って。


「おい、ゲスオ! 猫耳美少女ちゃんは、今どこにいる!」

「は、はあ……いつもの店ですが……」


 いつもの店……ここが本当にアルクエの世界なら、まずで間違いないはずだ。


「俺のすることを目に焼きつけろ。そしてもし……やっぱり俺が変わっていないと思ったなら、罵倒するなりなり、好きにしろ」

「……分かったわ。あなたのすること、この目で確かめさせてもらう」


 とエルザが頷く。


 見切り発車なのは否めない。

 しかし破滅しないために、これから一分一秒も無駄に出来ない。ぼーっとしる暇はない!


 猫耳美少女ちゃんを救うため、俺とエルザはある店に向かった。

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