悪徳治癒ギルドのマスターに転生した俺が、いつの間にか聖人に?

鬱沢色素

第1話 どうやら、悪徳治癒ギルドのマスターに転生してしまったらしい

「マリウス様、あの猫耳美少女ちゃん、今頃どうなってるんでしょうね? きっと、悲惨なことになってますよ。ぐっへっへ」


 ん……?


 今、俺の目の前には醜悪な顔をした男がいる。

 笑い方も下品だ。三下顔……と言うべきだろうか。


「こ、ここは……」


 まるで雷が落ちたかのような衝撃とともに、一気に今までの記憶が頭に雪崩れ込んできた。


 俺は日本でしがないサラリーマンをしていた。

 会社からの帰り道、トラックに轢かれ……死んだかと思ったら、いつの間にかこんなところにいたわけだ。


「マリウス様?」


 目の前の男が首を傾げる。

 美少女がやったら可愛い仕草だったかもしれないが、こいつがやっても不愉快なだけだった。


「……おい、教えろ。俺は誰なんだ?」

「はあ? なにを言ってるんですか。あなたはマリウス・ハーランド。ここ治癒ギルドのマスターじゃないですか」


 やはりか。


 記憶が雪崩れ込んできた時に分かったが、どうやら俺は『アルカディア・クエスト』の世界に転生してしまったらしい。


 アルカディア・クエストとは、世界中で大ヒットしたRPGだ。


 美麗なグラフィック。自由度の高いシナリオ。手に汗握るバトルシステム。魅力的なヒロインたち。

 日夜SNS上では攻略情報が流れ、近々『2』が発売されるという噂もあった。


 それがアルカディア・クエスト──通称『アルクエ』である。


 そしてここで大問題がある。


 俺が転生した『マリウス・ハーランド』はアルクエの主人公でもなんでもなく、ゲーム序盤にざまぁされるキャラなのだ。


 マリウスはハーランド伯爵家の三男として生まれた。

 彼は生まれながら治癒魔法の才能があり、ハーランド伯爵……つまり父上から、治癒ギルドのマスターに任命される。


 ただこの治癒ギルド、『誰でも平等に命を助ける』というご立派な標語を掲げているものの、実態は全く違う。

 法外な料金で怪我人を治癒し、金を巻き上げる、典型的な悪徳治癒ギルドだったのだ!


 中には借金漬けにした女の子を奴隷商人に売っぱらうなど、耳を疑うような悪どいことにも手を染めている。


 ゲスオのいう『猫耳美少女ちゃん』も、そんなマリウスの毒牙にかかった一人なんだろう。


 アルクエの主人公アランは始まりの街を出て、ここ悪徳治癒ギルドの噂を聞く。


 そして治癒ギルドのマスターであるマリウス──つまり俺を討ち、街を救うのだ。

 

 やられたマリウスは破滅。最終的には処刑されてしまう。


「さっきから黙ってますが、どうしたんですか?」


 頭を抱える俺を、男が覗き込んでくる。


「お前の名前はなんという?」

「は? あっしはゲスオですよ。マリウス様、さっきからおかしいですよ。あっしの名前を忘れるなんて……」


 外見と喋り方によく似合った名前だな、おい。安直すぎないか?

 ゲーム内ではモブで名前を与えられていなかったので、そんなもんかもしれないが。


 ……ってか、こういうのって普通は美少女が現状を教えてくれるんじゃないのか!?


 どうして俺にはこんな男なんだよ!


「変なことを続けて聞くが、その猫耳美少女ちゃんというのはなんだ?」

「マリウス様が治療費を稼がせるために、いつものように手籠にした女じゃないですか。ほんとに変なこと聞きますね?」


 やっぱり……これも、俺の悪い予想が当たったみたいだ。


「まあ、マリウス様も調子が悪い日があるんでしょう。猫耳美少女ちゃんも、このゲスオに任せてください。ぐっへっへ……いつもの店で死ぬまで働かせてましょう」


 こいつの言うことだ。『いつもの店』というのは従業員にとってではなく、えっちな類の店なんだろう。


 男──ゲスオはそう言い残し、部屋を後にしようとする。


 このまま見過ごせば、謎の猫耳美少女ちゃんは、死ぬまで治癒ギルドの奴隷だ。

 

 ゲーム知識からするに、マリウスがこのようなことをするのは今回が初めてじゃない。

 今まで、何人もの美少女がマリウスの手によって、人生をぐちゃぐちゃにされてきたはずだ。


 去っていくゲスオの背中に、俺は……。



「ストオオオオオオオオオオップ!!」



 ──もちろん、全力で止めましたよ、はい。


「ど、どうしたんですか? いきなり大声出して……」

「やめろやめろ! なに考えてんだ! 俺はそんな悪事は許さないぞ!」

「なんですと!?」


 急なことを言われ、ゲスオは戸惑っている。


「今まで、散々やってきたことじゃないですか! どうして今更……」

「うるさい! とにかく、えっちな店に連れていくことは許さんからな!」


 俺がこれだけ慌てるのにも理由がある。


 何故なら──こんなことばっかやってるから、今まで借金漬けにしていた女の子たちが謀反を起こし、主人公アランの味方をするんだからな!


 マリウスが破滅するまでの、大きな一歩となった事件だ。


 そして主人公アランにざまぁされてからのマリウスは、一言で言うなら悲惨。

 処刑されるまでも狭い牢屋に閉じ込められ、寂しく時間を過ごす。


 せっかくアルクエの世界に転生したんだ。


 破滅なんてことは……絶対に避けてみせる!


「……とにかく俺はこれまでの行いを反省し、この治癒ギルドを改革してみせる。品行方正でキレイな治癒ギルドに……な」

「そ、そんなあ! だったら、税金をちょろまかした金で飲んでいた酒とか、どうなるんですか!?」

「廃止だ!」

「は、廃止!? 半分とかに減らすんですか?」

「なに、ちょっとくすねようとしてるんだ! 不正に利用した税金は、全て返す! 今まで、無駄に贅沢していたことも全て廃止だ!」


 俺がそう言い放つと、ゲスオは「そんなバカな……」と膝から崩れ落ちた。


 とんだゲスな男だ。いや、今までのマリウスも同類だったわけだが。


 これから先、マリウスに訪れる破滅。

 主人公アランが今どこにいるのか知らないが、この街を訪れるまでに治癒ギルドを生まれ変わらせてやる。


 何故なら……破滅したくないから!


 マリウスの破滅は、治癒ギルドの悪評が原因だった。それをまずはなくさないと、主人公アランに目を付けられる。


 幸い、俺には前世の記憶とゲーム知識がある。

 俺なら上手く立ち回って、破滅を回避出来るはずだ。


「とにかく今は現状の把握だな……」


 ゲスオを残して、俺は部屋を後にした。

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