季刊:博物館通信 2012年 冬号掲載文章
季刊:博物館通信 2012年 冬号掲載文章
〇〇美術館 学芸課長 佐々木康男
近年の美術館の社会的立ち位置について
市民にとっては、美術館は文化の貯蔵庫としての役割を果たしており、人々に芸術や歴史を体験させる場として貴重な機会を提供します。制度上では美術館は博物館の形態の一つであり、美術品を中心とした様々な時代や文化の芸術作品を研究資料として収蔵し、それらの資料を研究した成果を、展覧会という形に仕立て直して、市民がそれらの研究成果や貴重な資料に触れる機会を提供しています。美術館にはさまざまな側面があり、立場によって異なる顔を持っています。特に地方の美術館の場合はその傾向は顕著になります。一般的に、多くの地方行政の中では、美術館は情操教育の場として捉えられることが多いです。子供から大人まで、芸術作品を鑑賞することで感性や知識が豊かになり、人間的な成長や教養の向上、個人の創造性の向上につながる機会になると考えられています。学校の授業やワークショップ、ギャラリートークなど、さまざまなプログラムが実施され、訪れる人々に芸術の世界を深く理解する機会を提供しています。また、学芸員や研究者などの専門家にとっては、貴重な資料を収集し、保存、研究する場でもあります。これらは一般的な立場から見る、美術館の姿になります。
別の側面から見た時、美術館は政治的な意図や思惑を反映する機能を持っています。我々が想像する以上に、美術館という建物は政治的な側面を持っています。博物館法に書かれる美術館のあり方とは相入れない部分も多く、我々学芸員は目を逸らしてしまいがちですが、安定した美術館運営を行うためにはこの点を理解し、意識的に扱うことは避けて通れないのではないでしょうか。美術館の展示内容や運営方針は、時の政治的な意図や思惑に左右されることが多く、それらは美術館の学芸員の研究対象や、美術館の専門性と相入れない場合もあります。実際に政治的な意図や思惑が強い場合、そこでは特定の政治勢力やイデオロギーに賛同する作品が選ばれたり、逆に排除されたりしています。近年では、アーティストのI氏が関東大震災時の朝鮮人等の虐殺事件をテーマにした映像作品を上映しようとして差し止められたり(これは後にアーティストが裁判所に訴える事態になりました)、あいちトリエンナーレで「表現の不自由展」が中止になったりした例がありますが、これらはまさに政治的な思惑が、展示の判断に介入した一例です。美術館や展示企画は公共的な側面が強く、またこれらの行為には作家のパフォーマンス的な側面もあるため、政治的な介入について一面的な判断はすべきではないでしょう。ただ、これらのように表沙汰になっていないものも多くあり、一例として、地域の有力者から収集する作品の指示があったり、展示内容に圧力をかけられたりといった事例が、現場から多数報告されています。これらの例は、意識的、無意識的に、運営スタッフに心理的プレッシャーをかけ、美術館の運営に影響を及ぼしています。
美術館の設立や運営には政府や地方自治体が関与することが一般的であり、その地域出身の作家の作品を収集することは、設立形式が運営に与える影響の一つです。地域の有力者の意向を汲み取る、ある種のガス抜きのような事例も報告されています。長野県では、「一村一館」を掲げ、観光需要の拡大のために県と国は多額の補助金を投入し美術館の整備を行いました。当時の箱物施設の建設と準備にあたり、さまざまな政治的思惑が動いたことは想像に難くありません。そこには地域の有力者の意向や、個人のコレクションが寄贈されたりといった歪みが生まれていました。その県は現在でも日本有数の美術館数を誇っていますが、現在では多くの美術館は衰退しており、危機的状況にあると言われています。デジタル技術の進歩やエンターテインメント産業の発展により、人々の娯楽や情報収集の手段が多様化し、美術館への訪問者数は減少傾向にあります。また、市の経済的な理由から美術館の運営が困難になるケースも少なくありません。これにより、美術館は存続の危機に直面しており、その役割や意義が再検討される時代に入っています。
美術館は多様な文化や歴史を伝える貴重な場であり、その存在は人々の生活や教育に大きな影響を与えてきました。しかし、時代の変化や社会の動向により、美術館の役割や存在意義について再考する必要があるかもしれません。それでも、芸術や文化の尊さや美しさを伝えるために、美術館は引き続き重要な役割を果たしていくことでしょう。
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