トラックドライバーの鈴木さんから聞いた話
この話は、トラックドライバーの鈴木さんから私が聞いた話です。
鈴木さんは長野県のとある運輸会社に勤めていました。今回、鈴木さんが幽霊を目撃したその場所は、トラックドライバーたちの間やインターネット掲示板などで、幽霊が出ると噂されていた有名な場所だったそうです。鈴木さんが幽霊に遭遇したその場所は、市街地を抜けるルートより若干遠回りなのですが、トラックドライバーたちの間では秘密の抜け道として有名だった道路だったそうです。バブルの頃に別荘地開発の一環で整備された道路だったものの、現在では当時の別荘地はそのほとんどが廃墟となってしまい、夜になると地元住民すらほとんど通らなくなることから、交通量が少ないその道は、トラックドライバーたちからは秘密の抜け道として知られるようになったそうです。
鈴木さんは5年前に転職して今の会社に入ったそうです。しばらくは他のルートを担当していたのですが、前任者が離職したため鈴木さんがその区間を担当することになりました。すると仲の良い先輩が「あの区間を走るなら、いいルートがあるぞ」と、その道の存在を教えてもらったそうです。地図上で見ると少し遠回りになることから、鈴木さんは当初、そのルートを使用するつもりはなかったそうです。
通常は国道1○号線を延々と走っていくそうなのですが、実際に業務が始まりトラックで走ってみると、道路脇から急に軽トラが飛び出してきたり、渋滞で予想外の足止めを喰らったりして、時間通りに到着しないことが度々あったそうです。そこで鈴木さんは、半信半疑ではありましたが、先輩から教えてもらったそのルートを走ってみることにしました。実際にその道を走ってみると、山道なので少し薄暗い感じではあったのですが、日中にも関わらず車は少なく、信号もほとんどありません。荷物を満載したトラックドライバーにとってはとても快適なルートでした。結局、予定より15分以上早く配送先に到着することができ、その日は予定より早く仕事を終えることができました。「これは良い道を教えてもらった」と鈴木さんは喜びました。それからその区間の担当になった時には、いつもその道を使うようになったそうです。
そうしてしばらく経ったある日、鈴木さんが休憩でタバコを吸っていると、喫煙所に先輩が入ってきました。
「お前、あのルートの担当になったんだっけか?」
「はい。先月からですね。先輩の教えてくれた抜け道使ってますよ。教えてくれてありがとうございます」
すると、先輩は少し言いにくそうな感じで鈴木さんに質問をしてきました。
「あー……そこなんだけどさ、最近ちょっと知り合いから話を聞いてさ。お前、あの道走ってて、なんか変なこととかあったか?」
「いや、特にそんなことないですけど……何かあったんですか?」
「あ〜……ちょっと言いにくいんだけどさ、」
そう前置きして先輩が話し始めました。
「他の同僚から聞いたんだけどさ、山道の途中に、美術館入り口って看板が立ってるのわかるか?あの近くで、幽霊が出るらしくてさ。ここ最近、見たってやつがめちゃくちゃいるんだよ。俺の同僚も見た奴がいてさ……お前はまだ見てないみたいだけど……ビビって事故ったりしたら大変だからな。気をつけろよ?」
「えー、マジっすか?俺、霊感とか全然ないんでわかんないかも……それってどんな幽霊なんですか?」
「俺が聞いたのは……なんか夜中になると、道路脇に立ってて、目が合うと呪われるとか。事故に遭うとか、聞いたな。実際に過去に事故ったやつもいるらしくて……まぁ変質者って可能性もあるかもしれないけど。念のため、お前にも伝えとこうと思ってさ。今日も走るなら、車に塩とか置いといたほうがいいかもな」
「はぁ……わかりました……」
先輩はひとしきり話をすると満足したのか、「じゃあそろそろ時間だから」と仕事に戻っていったそうです。
インターネットで怖い話を見たりするのが好きだった鈴木さんは、むしろ「面白そうだな」と思ったそうです。興味が湧いてきた鈴木さんは、お昼休みの時間などに少しずつ話を聞いて回りました。すると、本当に幽霊を見たと言う人たちが何人か出てきたのです。鈴木さんは面白くなって、彼らから話を聞いていったそうです。その内容は概ね以下のような感じでした。
夜にあの付近を走ると、道路の脇に男性の幽霊が立っている
幽霊はこちらに向かって手を振ってくる
幽霊は一人じゃなく、複数いる
運転中の車のドアをノックされる
絶対に顔を見てはいけない、顔を見てしまうと連れて行かれる
幽霊は追いかけてこない。出会ったら急いでその場を走り抜けること
そして同時に、この噂がインターネット上でも話題になっていることも知りました。インターネット掲示板では、上記のような噂に加え、殺されて山に捨てられた男の幽霊だとか、道路建設で墓地を潰したせいだとか、色々な噂が語られていました。中には実際に見たという人が現れたりして、“祭り”状態になっていたようでした。もしかしたら、鈴木さんが話を聞きに行ったドライバーのうちの誰かも、ここに書き込んでいたのかもしれません。鈴木さんは念のため、先輩に言われた通り、その道を通るときには塩を小袋に入れてダッシュボードに置いておくようになったそうです。
それからしばらくして、一度だけ、鈴木さんも幽霊と遭遇したそうです。
その日は夜9時に積み込みが終わり、夜にその道を走ることになりました。いつものようにラジオを聴きながら走っていると、急にラジオの調子が悪くなったそうです。あれ?と思った鈴木さんはラジオを切って走行していたそうです。例の場所に差し掛かったあたりで、どこからともなく「コン、コン」と車体をノックするような音が聞こえてきたそうです。驚いて前を見ると、道路の脇に男のような人影が何人か立っていて、じっと鈴木さんの方を見ていたそうです。男達は国道沿いに立っているので、このまま進むと、その男達のすぐ脇を通ることになります。慌てて鈴木さんはダッシュボードの上の塩を握り締めました。心の中で般若心経を唱えながら、目を合わせないように注意しながら、その脇を通り過ぎました。
しばらくして恐る恐るバックミラーで確認すると、いつの間にか人影は消えてなくなっていたそうです。
「心霊現象というほどのものではないのですが。こんな話で大丈夫ですか?」
テーブルの上のコーヒーを一口飲むと、鈴木さんは私のほうを心配そうに見ました。
「ありがとうございました。とても興味深かったです。もし何かに掲載したりする際には、改めて確認のご連絡を差し上げます。本日はお時間いただきありがとうございました。」
私は鈴木さんの分のコーヒー代金を一緒に支払うと、お礼を言ってそのお店を出ました。その足で駅前の別のカフェに入ると、今聞いた話を忘れないうちに書き起こすため、PCを開きました。
私は個人的にこの話を詳しく調べているのです。今回も、鈴木さんがXのアカウントでこの話を呟いているのを発見し、ダイレクトメッセージを通じてコンタクトを取ったのでした。直接お話を聞けたのはこれで4人目になります。これまでSNSを通じてお話を聞いた方は、どれも友人から聞いた話だったり、インターネット掲示板で見た話だったりでしたが、今回初めて実際に遭遇した方からお話を聞くことができました。この話に出てくる山道は、私の住んでいた場所から近いところにあり、何度か現場に行ってみたこともありますが、私はその幽霊に出会うことはできませんでした。今回、幽霊に遭遇した話を聞けたのは、大きな収穫だったと思います。
実を言うとこの話に出てくる幽霊の正体は、もうわかっているんです。
この幽霊の正体は、同県にあるとある大学の学生です。その学生は「インターネット上での噂の広がり方」を卒論のテーマにしていました。しかし、当時まだ今のように気軽にアナリティクスを見ることができず、またそのようなツールが少なかったこともあり、どのようにそのデータを収集するか、とても悩んでいました。そして、少々泥臭いやり方ではあるのですが、自らの手でインターネット上に噂を流し、その噂を手動で検索して記録していけばいいのではないか?と安易に考えました。今のように、SNSで“バズる”という言葉もなかった時代です。噂が拡散して広がっていくということを、よくわかっていなかったのです。
どんな噂が拡散しやすいだろうと考えたとき、彼女は安易に「怖い話であれば、人の興味を惹くことができ、拡散されるはずだ」と思ったそうです。彼女はまず、インターネット掲示板に「〇〇美術館の横に幽霊が立っていた」と書き込み、その話が広がるのを待っていました。しかし、学生が適当に考えた作り話が、想定通りに拡散されるはずもありません。インターネット掲示板上でも「つまんね」「釣り乙」「自演www」と散々煽られたそうです。思ったよりも反応が無いことに焦ったことと、インターネット上でバカにされたことで腹が立った学生は、次にこう考えました。
「嘘の話だからバカにされるんだ!」
「ならば本当に幽霊が立っていればいい!」
本当に安直な考えだと思います。しかし。一度そう思い込んでしまった彼女は、それをすぐに行動に移しました。自ら幽霊に扮して夜中の山道に立ち、トラック運転手たちに目撃されることで、噂になることを思いついたそうです。
結果的に、彼女の目論見は大成功しました。しばらくすると、インターネット掲示板に実際に幽霊を目撃者したという人が現れ、「本物の心霊スポット」として瞬く間にその噂が広がりました。学生は大喜びでそのデータをまとめ、意気揚々と大学でその成果を発表したそうです。しかし大学側は、交通事故を起こしかねない危険な方法でのデータ取得は、倫理的に問題があると考えました。そのデータの使用は認められず(そもそもデータ取得の方法が稚拙だったのもあるのですが)、結局データ収集が間に合わなかった学生は、研究テーマの変更を余儀なくされ、そのデータは破棄しちゃうえで、別のテーマで論文を書くことになったそうです。
この話、本来なら単なる学生のいたずらで終わるものだったはずです。
しかし、私はインターネット上でこの話に出会い、違和感を覚えました。それは学生が意図的に広めた噂と、実際に体験談として語られる証言がことごとく食い違っているのです。例えば、この学生は女性で、当日は白いワンピースとロングヘアーのウィッグをつけてその場に立っていたそうです。そして、インターネット掲示板には「夜間に白い服を着た女の霊が出る」と書き込んでいました。しかし、実際に幽霊を目撃した人は、「道路の脇には男性が立っていて」「複数の幽霊が見えた」と証言しています。今回の鈴木さんも同様の証言をしていました。
もうひとつ気になるのは、彼女が幽霊を演じた期間と、幽霊が目撃される期間にズレがあることです。学生が夜道に立っていたのは、その年の6月から7月にかけて、計4回だけでした。しかしあれか10年以上経った現在でも、インターネット掲示板やSNSで度々目撃情報があがっているのです。もちろん、嘘で相手を騙す“釣り”の可能性もありますが……現在ではトラックドライバーだけでなく、会社帰りにあの道を通ったサラリーマンや、レジャーであの道を通った人など、さまざまな人たちが同じものを目撃しているようなのです。彼らはあの場所で一体何を見ていたのでしょうか。あの場所に立っているものは一体何なのでしょうか。それは私にもまだわかりません。
そして最後に、皆さんに言っておかなければならないことがあります。
この話で出てきた馬鹿な学生とは、私なのです。
当時は学生でまだ若かったとはいえ、自分の行動のせいで、地元が心霊スポットとして有名になってしまったことに、とても心を痛めています。
これからも引き続きこの噂については調べていこうと思っています。そしてこの噂の正体がわかり次第、正しい情報を発信していき、この噂を鎮めていきたいと思っています。それがこの話を引き起こしてしまった私の責任だと考えています。
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