第9話 悪化するユンゲの症状
湖を眺めたい。
フロイラインは切に願った。
イライラしたこの気分を癒したい。さらにはメソメソするユンゲ、かと思えば、突如、激高するポンコツなユンゲの症状を、少しでも抑えるためには、絶対に湖が必要なのだ。
というわけで、フロイラインはなんとなく湖があるっぽいと感じた方向へズンズン進んだ。そして誰かに出くわすと「湖ってどちらへ向かえば見えるかしら」とたずね、教えてもらった方向へとズンズンズンズン……。
「ねえ」
疲れた声のユンゲが言った。
「さっきの人間は、どう見ても観光客だったじゃないか。そんな相手に湖への道を聞いてどうするんだよ。住人に聞くべきだろ、普通」
向こうも困ってたじゃないか、迷惑だよ、の言葉はやっとこさ飲み込んだ。でも、ご機嫌な足取りで前を歩いていたフロイラインの足はぴたりと止まる。
その背がとても怖くて、瞬時に緊張したユンゲは、後ずさりした。
「観光客だって道を聞いたら教えてくれるかもしれないじゃない。いいでしょ、べつに誰に何を聞こうが、わたしの勝手よ」
「……効率よく動いたほうが」
「ユンゲのそういうとこ、嫌い」
「なんだと!!」
カッとなったユンゲに、フロイラインは「へ」と小ばかに笑う。
「怒りんぼ。もう一言も話さないでよ。黙ってて」
「貴様、俺様に向かって何言いやがった!!」
フロイラインはビンタを食らわす真似をした。首をすくめるユンゲ。それから、彼は情けなく目をショボショボさせる。
「ぼく、暴言を吐いたね」
「貴様なんて言葉、ユンゲが使ったの初めて聞いたわ。俺様もね。重症よ」
「うん。……ぼく、黙ってるよ」
ということで、ユンゲは無言を貫き、フロイラインは声をかけたいと思った相手に、自由に声をかけ、道をたずねた。
そして花売りのおじいさんに声をかけた時だ。
「湖を見たいならローズ城がおすすめだよ」
ローズ城は、昔々に大貴族の住まいだった城で、今は観光用に一般公開しているそうだ。見張り台の棟だった場所が展望台になっているらしく、そこから見る景色は、街の全体だけでなく、湖もうんと向こうまで見渡せるのだとか。
「わあ、最高ね。ローズ城に行ってみるわ。ありがとう」
フロイラインは輝く笑顔でお礼を言い、ピンク色のバラを一枝購入した。棘はちゃんとカットしてある。フロイラインは耳元にバラを挿すと振り返り、すぐ後ろにいたユンゲに聞く。
「どう、かわいい?」
「…………」
ユンゲは無言の約束を守った。でも守るべきじゃなかった。
フロイラインは「ちっ」と舌打ちした。
ユンゲはその態度に腹を立て、また激高して「貴様」と叫びかけたが、その前にフロイラインがさっさと歩いていき出したので口論は不発に終わった。
で、今度はローズ城への道をたずねて歩くフロイラインの後ろをカルガモの子のように大人しくついて行く羽目になったユンゲなのだが、どう考えてもさっき来た道を戻っているのに気づいて、ついにプッツンした。
「いい加減にしろっ、同じ道を行ったり来たり行ったり来たり。俺様はもう一歩も歩かんぞ!!」
フロイラインは立ち止まった。でもちらっとしか振り返らなかった。
「あっそ。休むなら、どうぞご勝手に」
すたすた行ってしまう。
「ま、待て。おいこら、吾輩を置いていくとは良い度胸だな、小娘!」
フロイラインは立ち止まらない。
どんどん行ってしまうので距離があいてきた。
「待ちたまえ、お嬢さん。待て、こらっ、待つんだ、そこの女!」
このバカッ、愚か者め、戻って来るんだ、来て。ねえ、待って。フロイ、置いてかないで。ねえったら、ねえ。ねええええええ!!
と叫んだところで、視界の彼方で霞みかけていたフロイラインが立ち止まる。
「早く来なさい、そんなに疲れたの、そんなわけないわよね。大地踏みしめてしっかり歩きなさい、動け、早く!」
なんて横暴なんだろう。ますます精神的にまいってくる。
うんざりだ、もう歩きたくない。そう決めてしまうと足は鉛のように重くなった。でも「城に行くのはよそうよー!」と叫び返しても、フロイラインは「あっそ」といった感じで肩をすくめ、すたすた行ってしまう。
「冷てぇアマっ子だな」
ボソ、毒を吐く。すると「ユンゲエエエエエ」と怒鳴り声が響いたので、「今行くよ」と彼は、たたたっ、と駆け出したのだった。
そうして二人は、無事にローズ城の展望台に……到着しなかった。
二人はとある場所で足止めを食っていた。
場所はロージータウンに昔から住んでいる人々の住宅が並ぶ区画で、観光地の華やかさに比べると牧歌的な景観だった。
こぢんまりとした家に、小さな庭(でも必ずバラが植えられている)、小径は長年踏みしめてできた土の道で、両脇にはノイバラが伸び放題に伸び、降り注ぐ滝のように咲いている。
「どうして泣いてるの?」
フロイラインが優しくたずねる。
二人が足を止めた理由。それは古い型の人形と、その傍らで泣いている小さな女の子を見つけたからだった。
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