第7話 壊れた原因

 ユンゲが「壊れちゃったかも!」になった原因はわかっている。

 バネと歯車だ。

 本来の長さより快活のバネが短くなり、喜びの歯車が一枚減っているだけでなく、他にもあちこち抜けがある。そして。


「この前、立ち寄った街で忍耐のコードを二本も抜いただろ。あれが良くなかったんだよ」


 長く長く旅をしている人形なのだ。道中、いろいろあって、アレコレ抜けが生じている。


 フロイラインが気分屋で忘れっぽいのも、ユンゲが用心深く、心配性なのも、元々そう作られていたからではない。部品が減っていくことで、それぞれの個性が出てきただけである。


 だが、いよいよ大事な部品をなくしていたらしい。忍耐のコードだけが原因ではないだろう。様々な部品を失った影響が複雑に絡まり合った結果、情緒不安定な症状がユンゲに出てしまったようである。


 困った事態だ。ユンゲは嘆き、フロイラインは頭を抱えた。


 こんな短気な弟(あるいは兄)と旅を共にするのは大変だ。何かにつけ文句を言い、しまいには怒鳴り散らして泣く。


「こんな暴走人形、憲兵に見つかったら処分されちゃう!」

「大丈夫よ、ユンゲ。わたしたちは人形に見られないから、たぶん処分されないわ」

「人間に見えても、こんなDV男、逮捕されちゃう!」


 何をどう言って励ましても、この調子だ。処分、逮捕、処刑、廃棄、と怯えて騒ぎ、そしてどうしてだか突然怒り出して、「全部フロイラインのせいだぞ!」と罵る。


「あんた、ちょっと黙ってよ」


 さすがのフロイラインも付き合っていられなくなった。このまま放っておいて、街の観光に出かけたい。でも今日は姉なのだ。もう少し弟の面倒を見ようと、頭を振り絞った。すると良い考えが浮かんだ。


「簡単な解決法があるわよ、ユンゲ。わたしの部品をあんたにあげたらいいのよ。ね?」


 フロイラインはさっそく部品をあげようと頭部を外そうとした。忍耐のコードは確か右耳あたりにあったはずだから。でもユンゲが「やめろっ!」と怒鳴ったので、びっくりして手を引っ込めた。


「そんなことしたって意味ないだろ! 今度はお前がヒステリック女になるだけだ!!」


「で、でも」


「それに複合的な結果でこうなったんだぞ。お前の忍耐のコードを抜いたら、ぼくより酷い症状が出るかもしれない。そんなこともわからないのか!」


 ユンゲはフロイラインが怯えているのもかまわず、言ってはいけない一言をさらに付け加えた。


「この大バカ者っ、お前って奴は本当にどうしようもないな!!」


 フロイラインは恐怖と怒りと憎たらしさで、ぷるぷるっと身震いした。


「あ、あんた。わたしをバカにするのね。絶交よ、あんたなんか廃棄処分になっちゃえ!!」


「嫌だっ、ぼくは人間になるんだ、ぼくは廃棄処分にならないもん!」

「だったらわたしのコードを使えって言ってんでしょ」


「ダメだって言ってるだろ、君がもっと暴走したらどうするんだ。ただでさえ忘れっぽくて気分屋のお調子者で困ってるのに。さらに短気な怒鳴り屋で被害妄想たっぷりに騒ぐようになったら、ぼくが君を廃棄処分にするぞ!」


「脅す気ね!」

「君が最初に脅してきた!!」

「あんたが侮辱してきたからよ」

「そうかも。ごめん!!」


 ドタンと膝を割る勢いで崩れ落ち、頭を絨毯にすりつけて謝るユンゲ。フロイラインは仁王立ちで彼を見下ろした。


「反省した? わたしのコード使う?」

「できない。それをしたらフロイが壊れちゃう」

「じゃあどうすんのよ」

「他の方法を考える」


 二人は「うーん、うーん」と考えた。


 どうしたらユンゲが元の心配症で口うるさいだけの人形に戻るだろうか。怒りっぽいのはフロイラインだけで十分。それだって今のユンゲほどの暴言は吐かないし、怒鳴り散らして泣きじゃくりはしないのだから。


 壊れた欠陥品の人形は廃棄処分に遭う。


 でもそれは持ち主が「処分」と判を押すからだ。野良人形のユンゲは、そうそう処分にはならないだろう。もしも街で問題行動をしても、ユンゲは人間に見えるから、人間としての罰を受けるくらいで……いや。検査で人形だとバレたらどうなるのだろう。野良だとバレたらどうなるのだろう。


 美形で高性能の二人は、これまで何度も「我こそは君たちの持ち主に!」と名乗り出た人間が何人もいた。誘拐騒ぎも経験した。そのたびに二人協力して危機を乗り越えてきたのだ。旅を続けるため、緑の魔女を見つけるために。


「でも今回はいよいよピンチだわ」


 頭痛がしてきたフロイラインは発熱してショートする前に、考えるのをやめた。窓際の椅子に座り、オレンジジュースを飲んだあと、追加でアフタヌーンティーセットを頼んで、優雅に午後のお茶を楽しむ。


 ケーキスタンドには多彩な焼き菓子やプリン、一口サイズのミニパンもあった。もっともそのどれもが「バラを添えて」や「バラ風味」になっていたけれど。


「ぼくを修理できる人間が見つかると良いんだけど」

「そんなの無理でしょ」


 辛抱強く解決法を探しているユンゲに、フロイラインはもぐもぐしながら言う。ブチ、とユンゲの何かがキレた。コードかもしれない。


「君って奴は!」


 でも彼が叫んだ瞬間、フロイラインが口にマフィンを押し込んで黙らせた。


「すぐ怒る。あのね、わたしたち、これまで長く長く旅してきて、いろんな場所に行ったけど、自分たちと似たような性能の人形を見たことある? ないでしょ。だから修理は無理なのよ」

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