第2話 わたしたちは人形です

 ユンゲとフロイラインは美しい双子に見える。

 これまで一度だって「綺麗な人形ね」と言われたことはない。


 二人は、生きた人間と何一つ変わらなく思える。


 だから人々は振り返り、思わず口に出してしまう。なんて綺麗な兄妹なのでしょう——今日は姉弟よ、とフロイラインは主張するだろうが。


「ほらね。損はしなかった。そういう運命だったのよ」


 希望通り水上列車に向かうフロイラインの足取りはとても軽やかだ。三歩に一度、スキップするように跳ねている。


 そんな踊るような動きに周囲がなにかの撮影かと好奇の視線を向けてくるため、ユンゲはますます不機嫌になっていった。


「どうだろうね。水上バスより運賃が高いから損したとも言える」


 水上バスのチケットは払い戻しが利いたので無駄な出費にはならなかった。

 でも驚くことに倍の運賃が、水上列車にはかかるのだ。


「あなたって人は、どうして人の楽しみをけなすの」


 ご機嫌で歩いていたフロイラインの足がぴたりと止まる。振り向いた彼女の表情は、目が細く攻撃的だ。ユンゲはぴりりと恐怖した。


「けなしてなんかないよ。事実を伝えようとしただけさ」


「その言い方が人の楽しみをけなしてるって言うの。わたしたちの旅ってそんなに金欠なの? どうして? どうして楽しく旅行できないの? お金が全然ないなんて聞いてないわよ。どうして、いつ、どこでなくなったの?」


「お、落ちついて、フロイライン」


 ユンゲは通りの人目を気にして、おろおろしてしまう。


「お金はまだたくさん残ってるよ。でもいつまで続く旅かわからないからね。慎重に使って損はないだろ、って話」


「損ね」


 フロイラインの目は相変わらず不機嫌に細いままだ。彼女は腕組みし、ずいっと斜め下からにらみ上げてくる。


「ユンゲ。あんたって、損って言葉が好きなのね。さっきからそればっかり。水上列車が楽しみ、嬉しい、最高! ……ってどうして言えないわけ?」


「言えるよ」


 ユンゲは「列車楽しみ、湖面をすいーってね」と全然嬉しそうじゃなく言った。フロイラインはまだにらんでいたが、「はっ」と息を吐くと、相手をするのも嫌だと言わんばかりにユンゲを無視して、歩き出す。


「ねえ、怒らないでよ、フロイライン」

「怒ってます、怒ってます。フロイラインは怒ってます」

「かっかするとショートするよ」

「あんたのせいでね」


「フロイライン!」


 ユンゲはぴしゃりと言った。


「ぼくは君のように快活のバネが長くない代わりに、慎重のネジがたくさんあるんだ。知ってるだろ」


「そうね」

 立ち止まったフロイラインは肩越しに振り返る。

「そしてわたしは感情の歯車が、あなたより何枚も多いんだわ」


「そう。だからぼくは君のようにコロコロ表情は変わらないけど、心配する気持ちだけはうんと持ってて、すぐソワソワする」


 ユンゲの表情はフロイラインの豊かさに比べるとあまりに乏しい。彼はいつも無表情に近く、変化があっても眉や頬は喜びではなく憂慮にゆがむことばかりだ。


 一方で、ユンゲより記憶のネジが減っているフロイラインは、その事実を忘れがちだ。でもちゃんと思い出すことが出来るし、思い出せば、ユンゲを気遣う余裕は生まれる。


「怒ってないわ、ユンゲ」


 彼女は表情を和らげた。


「でももうバスの話はよして。ネチネチ文句を言われると腹が立つの。それにほら」


 前方を指差す。透明なカメみたいなドーム型の建物が見える。水上列車の始発駅だ。


「列車はいつ出発するのかしら。時刻は? すぐに乗りたいな。ね、そうでしょ?」


 ユンゲの手を握り、フロイラインはドーム型の駅に向かって駆け出す。


「走らなくても大丈夫だよ。まだまだ出発まで時間あるから」


 ユンゲはそう言うが、フロイラインは「焦ってるんじゃなくて嬉しくて走ってるの。のんびり進んでらんないわ」とますます速度を上げる。


 そのまま水上列車が待つホームまで突っ走る勢いだったのだが、改札口でフロイラインの興奮は急速にそがれてしまった。


「お客様、お待ちください」


 ユンゲがまとめて二枚分のチケットを出したところで、駅員がゲートを閉じて二人を制止したのだ。見せたチケットが人形向けのものだったのが原因だ。


「人間は優遇料金になります。こちらのチケットでは——」


 早く水上列車を見たくてソワソワしていたフロイラインは、眉をぴくりとさせ、イラついた表情を抑えることなく駅員に向ける。駅員は一見すると人間の青年に見えた。でもその瞳は安いガラス製だったし、口が上下にしか動かない安易な作りだ。


「だから何? ちゃんと規定通りの料金を支払ってるでしょう?」

「ですからこちらは人形料金です。人間は割引が適用になりますため」

「ぼくら人形だから」


 ユンゲが早口に言う。フロイラインが怒鳴り返しそうな顔つきをしたからだ。


「ぼくらは人形、君と同じ人形だよ、駅員さん」

「人間ではありませんか?」

「超高性能だけど人間ではないわね」


「嘘ではありませんか? 嘘だと困ります。わたしは駅員としてしっかり働きます。人間は割引が適用されます。もしも人形の場合、小型なら三割、中型なら……」


「本当だよ。ぼくらは中型の人形だから、この料金であってるよね?」


 ユンゲが冷静に説明しようとしたのだが、フロイラインのキンキン声が割り込む。


「嘘なんてついてどうするの。つくなら安くなる人間だって嘘つくに決まってるでしょ。どうして嘘ついて人形料金で高く乗ろうとするわけ? 安くなるから嘘をつくのに、高くするために嘘ついてなんになるの。そんなこともわからない駅員なのわけ? あなたの年式はいつ? 修理工場にいったらどうなの、それとも破棄寸前の——」


「フロイライン!」


「わたしは立派な駅員デスっ」


 ガラスの目をカッと見開いて憤慨する駅員。ユンゲは「ごめんね。こっちの人形はおこりんぼなんだ。そういう設定なんだよ」と謝罪し、場を収めようとした。


 でも「違うわ」とフロイラインが騒ぐ。


「道中に歯車が何枚か抜けてこうなったけど、元々はユンゲとわたしに違いはまったくなく……」


 駅員の「通過許可!」の声で、バーンとゲートが開く。


「ありがとう。お仕事がんばって」


 ムッカーッとしているフロイラインの背を、ユンゲは「行くよ」と押して改札を出る。


「さあさあ、フロイライン。早く水上列車が待つホームに行くぞ」

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