双子人形は魔女を探して旅をする

竹神チエ

第1話 ユンゲとフロイライン

 ユンゲとフロイラインは機械仕立ての人形だ。

 とある願いごとをかなえてもらうため、緑の魔女を探す旅を続けている。


 機械仕立ての人形だから自由に動くし話せるし、ものだって考える。

 二人は人間とほとんど変わらない。


 違いがあるとすれば、二人は誕生したその瞬間から、容姿にひとつも変化がないことだろう。


 ユンゲとフロイラインはとても目立つ容姿をしている。


 年齢は十代後半くらいで、雪原を想起する真っ白な髪の毛に、青みがかった銀色の瞳をしている。繊細で優美な眉、アーモンド形の目、通った鼻筋、弧を描く品の良い唇。身長や体格に男女の違いが出ているものの、顔立ちは瓜二つだ。


 彼らは自分たちを双子人形と呼ぶ。

 普段はとっても仲良しだ。でもたまには相手にイライラすることもある。

 この日もそうだった。


 ——素晴らしい景観! 青緑色の湖面の上を滑るように走ります。


「ねえ見てよ、ユンゲ」


 タウン情報誌を大興奮の様子で見せてくるフロイラインに、ユンゲは嫌な予感がした。


「この街には水上列車もあるんですって。『唯一の体験がある、人生最高の瞬間を味わおう!!』」


 記事を読み上げたフロイラインは「すごいわ」と目を輝かせる。


「絶対コレに乗らなくちゃ。こうしちゃいられない」


 細腕の彼女が持つには似つかわしくないほど大きなトランクを、フロイラインは軽々と持ち上げ、すぐさま停留所から出て行こうとする。


「ダメだよ」


 ユンゲは大慌てだ。

 フロイラインの肩に手をやり、ベンチに戻るよう引く。


「もう水上バスのチケットを買ってるんだから。ぼくらが乗るのは列車じゃない。バス、水上バスだ!」


 二人は水上バスの発車を待っているところだった。停留所からは浅瀬の海岸が見え、周囲には潮の香りが漂っている。


 ユンゲは、この水上バスに乗車するのを楽しみにしていた。


 年中オレンジが鈴なりに実っているという半島を目指す水上バスは、ポッポッと蒸気を吹き出しながら、ぐるぐると車輪を回転させて浅瀬を進んで行くそうだ。見かけは巨大な三輪車みたいで二階建て。


 屋上はデッキになっていて、そこから眺める海上の景色は抜群——と、以前、仲良くなった旅芸人の一座が話していたのだ。


 だから二人は、いつかこの街に来たら自分たちも絶対乗らなくちゃ、と計画を立てていたのである。


 そういうわけだから、ユンゲは、この街に到着するとすぐ、水上バスのチケットを購入した。昨夜は宿泊した宿で、フロイラインと「明日はいよいよ水上バスね」と語り合い、早朝に起床すると、宿自慢のアップルパイとヤギのミルクを飲みながら、「水上バスのデッキから眺める景色は最高よね」と盛りあがる。


「でも列車に乗りたくなったの。それにバスより列車のほうが大きいはずだもの。きっと迫力があるわ」


 打ち寄せる波の音しかしない穏やかな空間に、フロイラインのズバズバした物言いが響く。


「それに、旅芸人さんたちと会ったのは、もううんと昔の話でしょ。当時はきっと列車はなかったの。そうに違いないわ。あの人たちだって、水上列車を知ったら、そっちを勧めてくれたはずよ」


「フロイライン、静かにしなよ」


 水上バスの停留所だってのに、何を大声で……。


 居心地が悪くなってきたユンゲは、周囲に視線を走らせた。誰かコブシを振り上げて怒ってやしないかと思って。でも出発までまだ時間があったためか、乗客は数人だったし、音楽を聴いていたり本を読んでいたりで、こちらを見ているようすはない。


 それにチケットを確認する係員が一人いたけれど、ガラス玉の目をした簡易型機械人形だった。あのタイプは決められた指示に従うだけのはずだから、今はじっと直立不動でたたずんでいるだけ。ユンゲたちをにらんでくることはない。


 誰も気分を害してない。そう判断したユンゲは肩の力を抜いたが、それでも声をひそめてフロイラインに話しかける。


「水上バスは海を行くんだよ。水上列車は湖面の上を、ってことは場所は湖じゃないか。海のほうが広くて大きい。それに屋上で浴びる潮風は気持ちいいんだ」


「海といっても行くのは浅瀬でしょ」

 フロイラインは外を指差す。

「それに潮風はもう十分嗅いだわ。ちょっとベタベタしてきちゃったし」


「でもぼくは到着地の半島でオレンジをいっぱい食べたいんだよ」

「オレンジくらい水上列車の行き先にもあるでしょう?」


 フロイラインはタウン情報誌をペラペラめくる。


「到着地点はロージータウン、ですって。バラがいっぱいの街。わたしバラ好きよ」

「ぼくはオレンジが食べたいって言ってるだろ」

「ロージータウンだってオレンジくらいあるって言ってるでしょ」


「なかったらどうする?」

「別のものを食べたらいいわ。絶対絶対、水上列車に乗るの。青緑色の湖だって見たいし、その上を滑るように走る列車にだって、わたしは乗りたいの!」


 うるさく主張してくるフロイラインに、ユンゲは顔をしかめて不満を示した。むっつり黙り、頑なな顔してにらみつける。


 でもユンゲにだってわかっていたのだ。


 フロイラインのわがままが始まると、何を言ってもお手上げ。ユンゲは意思を曲げるしかない。


 しかも今日はフロイラインが姉の番なのだ。ますます「今日は弟」のユンゲは分が悪い。「お姉ちゃんの言うことは絶対!」が信条のフロイラインである。ユンゲは「ハイお姉さま」と言わされる前に折れるのが正解である。


 でもユンゲはもう一度だけ粘ってみることにした。バラより絶対オレンジのほうが良い。湖より断然、海だもの。


 フロイラインは雑誌の謳い文句と、湖面の上を滑るように走る水上列車の写真に魅了され、水上バスの美点を忘れているだけかもしれないから。


「フロイラインだって水上バスを楽しみにしていただろ? 海を走るんだ、巨大な三輪車、屋上デッキ、潮風。それに半島にはオレンジがどっさり」


 でもフロイラインは気を変えるつもりはないらしい。「列車がいい、湖面を走る列車に乗るったら乗るっ」と地団太を踏む。ユンゲはため息交じりに言った。


「チケットはどうするんだ」


 何より重要だ。旅の資金にだって限界がある。自由気ままばかりではいられない。いつまで続くかわからない旅だ。節制は大事。二人の旅は緑の魔女を見つけるまで終わらないのだから。


 けれどもフロイラインにも考えがあったらしい。


「必要な人にあげたらいいのよ。きっと水上バスに乗りたいって人がいるわ」


 きっぱり言うと、ユンゲの肩掛けカバンの中を探ろうとする。でもチケットは上着の内ポケットに二枚分あるのだ。ユンゲは「こいつをお探しか?」とチケットを取り出して見せた。


「そうそうコレよ。チケットは必要な人に譲ったらいいの。買った値段より少しまけたら誰だって欲しがるわ」

「ぼくは水上バスに乗りたいんだ、フロイライン」

「わたしは水上列車に乗りたいって言ってるでしょ、ユンゲ」


「約束が違うじゃないか。昨日の夜、自分がなんて言ったか覚えてないのかよ。『水上バスなんて素敵、楽しみ』。君はそういった。ぼくのココは——ユンゲはこめかみを叩く——しっかり記憶してるよ」


「だったら」

 フロイラインからすっと表情が消える。

「あなた一人で行けばいいわ、ユンゲ」


 真っ白な顔色に冷たい銀色の目を向けてくる。

 怖い。ユンゲはついに白旗を上げる決意をした。


「わかったよ、フロイライン。今回は君の勝ち」


 本当は今回も、だったけど。


 いつも二人一緒。それがルール。破ってはいけない。ユンゲとフロイラインは、これまでそういう風にやってきた。


「でもいつか水上バスにも必ず乗るんだ、約束だよ、フロイライン」

「もちろんよ、ユンゲ。水上列車に乗ったあと、またここに戻って来ましょうね」

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