第11話 二つの火種
4ヶ月前
「魔力の反発性?」
木の椅子に座っていたローリエは、黒板を背に立つジャイルズにそう首を傾げた。
「自分が持つ魔力は他が持つ魔力と反発する………基礎だぞこれ」
やれやれと呆れたジャイルズは、黒板に手を伸ばし説明を始めた。
「具体例は魔力による『身体の保護』。一般の魔力持ちは大した保護はなさないが、君のように体に比べて魔力過多だと魔法の攻撃が効きづらい」
「あと他には、特級魔法の一つ、隷属魔法の『共有魔力』だな。反発性があるからこそ、倍以上の魔力を与えないと支配下に置けない」
ジャイルズはそう言いながら、黒板に乱雑な文字で書き示した。
「じゃあ隷属魔法を使う奴の前では自分の魔力量を意識しとかないとな……」
「その通りだ……だが、この法則には二つ例外がある。そもそも根本は『自分の魔力』どれだけ近似しているか。つまり血縁関係者同士、その両者間ではこの反発性が極端に少なくなるのだ。そして、もう一つは……――――」
---
覚醒により身体能力が劇的に向上したウィリアムは、その力でセイラを徐々に後ろに一歩、また一歩と退かせていた。
俺は今、弟の隷属魔法の『服従命令』によって覚醒している。
俺達は兄弟だ。弟が付与した共有魔力は俺の魔力にほとんど反発しない。
故、付与された共有魔力が俺の総魔力量を超えていなくとも魔法の効果は持続するし、その共有魔力が完全に尽きるまで無条件にこの状態も維持できるのだ。
そしてこれはすぐに尽きたりしない。
つまりフラヴィアに対する俺の身体的アドバンテージは覆らない訳だ。
また、俺とフラヴィアは密室・密接の状態。
俺の大技である中級の属性魔法『
フラヴィアは杖を持っていない。
だから初歩的な防御魔法と
そして早くフラヴィアを無力化して地上に出る。
……しかし、ここは半地下だぞ?
ここの騒ぎは上に聞こえるはずだが一向に地上の応援が来ない。
まさか、地上本隊はまだジャイルズへの奇襲攻撃が終わっていないのか?
まあ、上級魔法使いダブルダー伯が率いる本隊だ。敗北はありえない。
ウィリアムはそう思いながら、押し合いをやめて振りかぶる姿勢に体を引いた。
「このまま
そしてウィリアムは鉄杖を振りかぶり剣戟を繰り出した。
連なった激しい強撃の対応に精一杯のセイラは防戦一方、反撃ができない。
そしてウィリアムは隙を伺い攻撃の最中、杖先から無詠唱で
白い発光と共に衝撃波が、セイラの脇腹の横を掠める。
そして、避けた先では旋風が巻き起こり壁の木板が消し飛んだ。
「こんの…―――!!」
そして、間一髪で避けたセイラは猛然とウィリアムに斬りかかり反撃をした。
ウィリアムは遅れて回避の行動を取ろうとする。
間に合う…!!
セイラが振るった剣は一直線でウィリアムの右肩をめがけた。
「
ウィリアムは杖を向けてそう唱えた。
直後、剣は肩ではなく床の木板を叩き割って突き刺した。
ウィリアムの右肩には何も無いにも関わらず、振った剣は空中で右に逸れ曲がるように攻撃が外れてしまったのだ。
「は、はや――――」
「
剣を地面から抜こうと下を見ていたセイラは呪文を聞き、咄嗟に顔を上に向けた。
目の前にいたウィリアム―――の更に奥。
セイラめがけて杖を向けるジョナサンが呪文を唱えたのだ。
隙ができた今、今回はその放たれた魔法を避けることはできない。
「…――――がっ」
セイラは剣を辛うじて持ち続けたが、勢いよく宙を舞ったセイラはベッドや家具に体の至る所をぶつけて破壊しながら部屋の隅まで飛ばされた。
「兄さん」
ジョナサンはそう言ってウィリアムに近づこうとした時、彼の右側面から多数の
ジョナサンはそれに気づくと降り注いだ方向に杖を向けて、無詠唱で障壁を展開して攻撃をすべて防ぎのけた。
攻撃を放ったのはローリエだった。
あの子、兄さんが今いる部屋の隣の部屋を経由してダイニング、そしてリビングとここまで来たのかな。
兄さんの邪魔はできない、代わりにあの子の足止めをしないと。
ジョナサンはそう思いながらローリエに杖を改めて向けた。
「兄さん、この子は僕が足止めをするよ」
「分かった、とどめは刺すなよ? 俺はフラヴィアにけじめをつける」
ウィリアムはジョナサンを見てそう言いながら慢心してセイラの方を見た。
「下手に動くなよ。まあ動けないだろうが」
セイラは手足頭から血を流していた。
埋もれる木片にはその鮮血が纏わり、後頭部を壁で引きずったように張り付いた血痕もまた床に向かって垂れている。
だが、ウィリアムが近づく途中突然、倒れていたセイラは目を見開いた。
そして、ウィリアムに向けて、右手に持つ剣を大きく横に振るい切ったのだ。
警戒が薄かったウィリアムは咄嗟に体を逸らして回避行動を取った。
しかし、右腕がギリギリ切られてしまい、血がポタポタと袖を伝って流れ始める。
今のセイラがこんなところで倒れっぱなしのはずがないのだ。
「っ、このクソ……っ」
ウィリアムは左手で右腕を押さえ、反感の表情でセイラを睨みつける。
木片から剣を床に突きながら起き上がったセイラは体中が血だらけで、ズキズキという痛みと共に血が手足や頭から流れていた。
「はぁ……はぁ……」
荒い息の中、セイラはやっとのことで状況を理解しようとしていた。
さっきジョナサンが防いでいたのは、ローリエの魔法?
私の足手まといにならないように一人でジョナサンの相手を………
私も期待に応えて、ウィリアムを殺す。
痛い。体中に木のトゲが刺さっている。
右肩も思うように動かせない。 ローリエには嘘をついた。
まだ銃で打たれた右肩も完全に治ってないし、もしかしたら、これから先ずっと好きなように剣を振れ無くなるかもしれない。
――――でも今のローリエは私よりもっと痛いはずだ。
私は大人。そして――――
「ぁ……私は……騎士なんだ。命は惜しむな、体を起こせ、武器を持って戦え!」
俯いたセイラはそう体を奮い立たせ、床に突き刺していた剣を抜き上げて構えた。
ウィリアムはそれを聞いて、鼻で笑っていた。
「そうかそうだな、それは実に勇敢だ。だが勘違いはするなよ? そんなことは誰でもできるし、騎士もお前だけじゃない。お前は良い意味で特別じゃないんだ」
ウィリアムはそう言って血を押さえていた右腕を離し、再びこう言った。
「ただ一つ違うことは、俺のほうが遥かに実力が上だってことだ。所詮淫婦の鬱陶しい威勢、すぐに剣杖ごと
そしてウィリアムはセイラに鉄杖を向け構え、力を込めた。
セイラも剣を力強く握りしめる。
二人はゆっくりとジリ寄り、互いの距離は次第に縮まっていった。
一方、今ジョナサンに杖を向けられているローリエは、一瞬で戦局が目まぐるしく変化していたセイラ側の戦闘速度にまるでついていけていなかった。
弟が兄に隷属魔法を使った?
そもそも隷属魔法は特級魔法。中級魔法使いは使えないはず……
いや、今はそんなことどうでもいい。
現に兄は付与されたなんらかバフで優位に戦いを進めていることに変わりはない。
セイラの方で戦っても足手まといになるだけだ。
だから今はウィリアムの後方から支援する弟を妨害してセイラの負担を減らす。
でもあの時の『炎の魔法』は最終手段だ。
こんな密閉で一度も使ったことないし、威力調整もまだまだ。更に木材に延焼してしまうかもしれない。
だから俺が使えるのは、『両種障壁魔法』と、『
そして最後に、ジャイルズから教わった暴徒鎮圧のときに有効なあの魔法――――
すぐに参戦したかったのに、如何せん戦局が早い。
今は戦闘が止んだ? どうなってる?
ここからは見えないけど、俺が行くまでは無事で居てくれ………
ローリエはそう思いながら、ジョナサンに向かって黒杖を構えたのだった。
だが誰もまだ知らない。
某刻、二つの杖がそれぞれ火種を放つ。
そして種はこの家で、いや、この暗黒街で――――
光明に燃える火花として、再び開花することを。
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