第10話 課された命

 騎士、ウィリアム・エイムズに課された命令の一つは、「命令違反の疑いがあるセイラ・フラヴィアに対する視察及び強制的な王都連行」と言うもの。


 ウィリアム・エイムズは彼女が抵抗した際に武力によって鎮圧することこそは可能だが、彼女の殺害は許可されていない。

 だが今、彼にとって最も排除すべき対象は臨戦態勢を敷いたセイラであり、ローリエではなかった。

 彼はローリエへの激昂を差し置き、セイラへの制約を考慮する必要がある。


 ……まずはフラヴィアを力尽くで無力化する。

 俺と弟を合わせれば残存魔力量はセイラの二倍、個人と個人では魔力量に差がつかない反面、多対一では多勢が圧倒的優位だ。

 あの銀髪のガキは所詮ガキ。大した事ない魔力量だ、警戒を割く必要はない。

 今は落ち着いてフラヴィアの無力化に集中するか。


 セイラを睨みながらそう考えていたウィリアムは、その杖先をセイラへと向けた。


 来る…!


 そう思った一方のセイラはウィリアムが杖先を向けたと同時に、隣の横の壁に立てかけられていた自らの杖を右手に取った。


 そして、ウィリアムに高速で接近するべく力強く床を蹴りつける。


打撃せよアナクアクス

 ウィリアムがそう唱えた刹那、セイラは接近しながら杖を使って彼の杖先を天井に払い上げた。


 ウィリアムの杖から放出された衝撃波は天井に大きな音を上げて衝突する。

 そして、セイラはそのまま杖を持ち替え、両手でウィリアムに杖を押し込んだ。


 ウィリアムはそのセイラの行動に対応が遅れた。

 なんとか杖を使ってそれを受け止めるも、押され気味となり一歩後ろに足を下げ、体を後ろに反らせる。


「ま、間合いに――――!?」

 ウィリアムが想定した従来の魔法戦には、長杖での近接戦闘は含まれていない。


 俺達の訪問は突然。

 普段から武装していない限りはこいつの近接武装は恐らく杖のみのはず……だがだからといって、まさか杖の間合いを超えて肉弾戦に持ち込むとは……


 いや、室内ではこれも考慮すべきだっただろう。

 考えは甘かった。しかし――――


 ウィリアムはそう思いつつ、反撃のため押された態勢を整えた。

 そして、セイラの杖を上に受け流す形を取り、払い飛ばすように押し上げたのだ。


 セイラが一瞬体勢を崩す。そして、ウィリアムはその隙に腰に手を伸ばした。


「意表を突いたかもしれないが、裏目に出たようだな」

 以前有利なのは、ダガーを持っている俺なのだ。

 そうして、ウィリアムは腰に差していたダガー剣を逆手で持ちながら引き抜いた。


 しかし突如、ウィリアムの背に撃たれるような強い衝撃が走った。

 ウィリアムはその強い衝撃に驚きながらもすぐに後ろを横目で見ると、ローリエが背中をめがけてまっすぐ杖を向けていたのだ。


 基礎魔法ナッティ・ヘイを無詠唱――――?

 ジャイルズの差し金か? いや、それにしては……――――


 ウィリアムがそう思うさなか、セイラはこの一瞬の隙を見逃さなかった。


 手に持っていた杖を床に捨て、ウィリアムの襟と袖を両手で掴む。

 そしてウィリアムの体勢を崩しながら、二人が向かい合う位置が逆になる(セイラの背がローリエに向く)位置に強引に入れ替える。


「ぐ……兄さん!!」

 ジョナサンはそう言って体に力を入れて、瓦礫から這いずり出るように杖をセイラに向けた。杖の先端が白く光り始める。


 だがセイラは止まらない。

 最後に彼女は両手を離すと同時に、ウィリアムの胴体中央に向けてまたもや強烈な蹴りを放ちウィリアムを壁の石槽に叩きつけるのだった。


 セイラはその後、ジョナサンが焦って発射した攻撃魔法アナクアクスを紙一重で避けるなり、ローリエの下に近づいた。


 ローリエは近づいてくるセイラを見るなり、腕を広げて歩み寄った。

「セ、セイ―――がるぶっ」


 ローリエは何か言おうとしたが、セイラは体を無理やり脇に抱える。

 そしてそのまま素早く、奥の部屋へと隠れていってしまった。




 ---




 ウィリアムは壁にぶつかった。

 背中をぶつけた痛みよりも蹴られたお腹の痛みの方が上だったのか、思わず手で腹を押さえて壁に体をもたらせながらズルズルと崩れ落ちていた。


「……弟よ、立てるな?」

 ウィリアムはそう言って、瓦礫から這い出ているジョナサンに声をかけた。


「もちろんだよ、兄さんは?」

 瓦礫から這い出たジョナサンは、ウィリアムに手を伸ばした。


「ああ、まだ動けるが痛い一撃をもらってしまった。まさかあれほどの力を隠していたとは……馬鹿力、脳筋だ。しかし厄介極まりない、恐らく魔法技術は俺達のほうが上だが、その杖の間合いの内側で戦えばそうとはいかないな」

 ウィリアムはそう言いながら、ジョナサンの手を借りながら立ち上がった。


「それにあの銀髪のガキ、妙な違和感だ。あの年齢、そして低火力の攻撃魔法ナッティ・ヘイにしては威力が高すぎる」


「確かに……違和感といえば攻撃魔法アナクアクスをあの至近距離で受けてもあの白髪の少女は立ち上がった。情がなかった訳では無いけど、まさか……」


「ああ、一つしかない。あのガキがを含有しているからだ。魔力による純粋な火力の底上げに加え、過量の魔力による身体保護。それらの理由はこれ以外に有り得ない」


「でも、本当にそんなことがありえるの?」

 ジョナサンは不思議そうに首を傾げた。


「さあな、魔力量の成長は人による。あいつには既に、軽く成人女性並みはあると見積もってもいいだろう。癪なことだ……だがまあいい、せっかくのことだ。をやるぞ」

 ウィリアムはそう言って不敵な笑みを溢し、足を前へと進めた。




 ---





 セイラは自分の部屋まで来ると、貧素なベッドの上に置かれていた荷物を払い除け、ローリエをゆっくりと下ろした。


「ローリエ、頭から血が……止血魔法……は今杖がなくて、そうだ包帯、はえっと、どこにあったけな……えっと……そうだ、頭以外に痛いところはない?」


「こんなのただの擦り傷だよ、他に特別痛いところもない。それより助けてくれてありがとう。やっぱり、セイラは最高に素敵な騎士だ」

 ローリエは、あたふたといろいろな引き出しを開閉しているセイラにそう言う。


「最高なんかじゃない。さっきだって君はまた私を助けた。ローリエは絶対に私を越える魔法使いになれる。だから―――」

 セイラはそう言い、引き出しから見つけた包帯と数枚の銀貨をローリエに手渡した。


 そして右肩を数回回したあと、壁にかけられていた鞘に収まる剣を取った。

「ローリエ、今すぐどこか遠くに逃げるんだ。私が二人の足止めをする」


「足止めって……セイラはどうなるんだ?」


「あいつらには私を殺す気はないはずだから、今はまだ死なない。いつかはまた会える。だから早く――」


「そうじゃないんだ。俺はセイラを、ジャイルズを置いて逃げ出すなんて卑怯なことはできない」


 ローリエはそう言って、立ち去ろうとするセイラ左手を両手で掴んだ。

「俺はみんなと居たい。一緒にあいつらを倒して、またみんなでご飯を食べよう」


 セイラはそれを聞くと、肩の力を抜いた。

「……そっか、そうだよね。私もみんなが居ないと寂しい。一緒にあいつらを倒そう。そして、ジャイルズに合流しよう。じゃあ、まずは――――」

 セイラが振り返ろうとした時だった。

 

服従命令フォローマイオーダー、『覚醒しろ』」

 どこからかジョナサンの声が聞こえた。


 これは、確かの……


 ローリエがそう思ったのも束の間、崩れるような破壊音が部屋全体を響かせた。

煙が部屋を舞う。ローリエは目を凝らした。すると、正面に壁が崩れ大穴が空いているのが見えた。


「下がって!!」

 セイラは叫んだ。


 そこで、煙をかき分けながら突撃してきたのは兄ウィリアム。

 ウィリアムが金属杖を振り下ろし、セイラは辛うじてローリエを守るようにロングソードでそれを受けた。


「どうした? さっきと違って力が弱いぞ、フラヴィァ?」

 ウィリアムの持つ鉄杖は、ギリギリと剣を押し返していく。


「な……なにを…?」


 さっきより早く、そして重い攻撃………一体どういうこと?

 こんな短時間でここまで……向上魔法? いや、まさかあの時のは――――






 隷属魔法の効果『服従命令』。

 隷属者に与えた主人の魔力が隷属者の魔力量を超えているときに限り、与えた魔力を消費して主人から出された『命令』への『服従』を隷属者に強制させる。


 だが、『服従命令』は全能ではない。もし隷属者の身体機能によって不可能な命令の場合は、主人はそれを身体に強制することはできないのだ。

 例えば体を爆発させたり、透明にさせたりすることはできない。


 だが―――――


 筋力、持久力、反射神経、魔力操作等の絶大な向上。

 いわばドーピング、身体機能の強制的な上限突破は不可能ではなかった。


 そう彼はその上限を超えた、へと化し、今に至る。

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