第9話 騎士道精神

打撃せよアナクアクス

 そうジョナサンが唱え終えると、杖の先から衝撃波が発射された。


 そしてローリエは避ける間もなく真正面からのこの強い打撃により、自部屋まで吹き飛ばされる。

 一瞬で吹き飛ばされたローリエは衝撃音を響かせて奥の壁の本棚に激突し、本や土煙とともに崩れるように倒れていった。


 基礎魔法である『撃てよナッティ・ヘイ』の強化版である、下級魔法『打撃せよアナクアクス』。

 高い密度の魔力で圧縮した空気弾を放つ魔法は前者の魔法と比べより衝撃性を上げ、ローリエが飛ばされた距離はゆうに6mを超えていた。


「ローリエ!!」

 セイラはウィリアムの静止を振り切ろうとしながら、思わず叫んだ。


「い――っ……!!」

 本とともに床に倒れたローリエはそう声をこぼす。


 前にジャイルズから試しに受けた時よりも強く、早い。

 障壁魔法の展開が間に合わなかった。でも反応できなかったわけではない。


 それと攻撃されて分かった。セイラは絶対にあいつらに連れて行かせては駄目だ。


 だからこんなもの……!


 ローリエは足に力を入れて、立ち上がろうとした。

 だがその瞬間、頭のふらつきと背中を中心とした痛みが全身の神経を追って伝わっていくのを感じた。

 そして無理に立とうとしたからのか、前のめりに手を床へ付いて倒れてしまった。


 頭を……壁に打った。

 ……このまま、倒れていたら駄目だ。早く反撃を、運良くここは俺の杖がある部屋だ。


 ローリエが杖の方へと手を伸ばそうとした。

 しかし頭のふらつきが徐々にズキズキとした刺激痛へと変わっていく違和感から、不意にその場所へとその手を遣った。


 早く……―――ち?


 その手には大量の血がついたのだ。

 頭から垂れる血がどんどん顔を覆い被っていく。


「あれ、まだ生きてるの? ごめん兄さん、次で仕留めるよ」

 そして、ジョナサンは間髪入れず次の攻撃を繰り出そうと、ローリエに向けて杖を構えようとした時だった。


「―――やめて!! ごめんなさい、ちゃんと従うから。だからこれ以上……あの子を、巻き込むのはもう………」

 セイラはそう必死になって言って体から力を抜き抵抗を止めた。


「ようやくその気になったかフラヴィア。ったく、俺達が言えることではないが、騎士道の欠片もありゃしない。ほら弟よ、杖を下げよ」

 ウィリアムはそう言いい杖を下げるよう手で仕草をした。


 ジョナサンは言われるがままに杖を床に下げる。


「いいの?」


「無駄な殺生はなるべくしない、目的を忘れるな。さあ、早く撤収だ」

 ウィリアムはそう言いながらロープを取り出し、後ろを向くように促した。


「ジャイルズ卿はこの家にいないみたいだけど、どうするの?」

 ジョナサンはそう言った。


「確かに奴を放っては置けない。だがここはあのメルスラーブだ。ジャイルズ卿は二の次。余裕があれば探せばいい。ほらお前、早く手を回せ」

 そう言いつつウィリアムはもう一度セイラに催促する。


「……ジャイルズに何かするの?」

 セイラは少し間を開けたあとそう言いった。


殺生はしないと言っただろう。閣下の命令はセイラ・フラヴィアの首都召集。安心しろ、お前がそのままじっとしていれば誰も死なないし傷つかない」


「……分かった」

 セイラはまた間を開けたあと、無気力に両手を後ろに回した。

 またそれと同時に、ウィリアムは杖を腰に携えて、両手を縛り始めた。





「セ、セイラ……」

 ウィリアムがセイラの両手に縛り始めて少し経ったとき、向かいの部屋の入口でローリエは杖を突きながらも立ち上がった。


「俺のためになんて……俺はほら、大丈夫だよ!!」

 杖を両手に構えて、荒い息を出しながらそう言う。


 そしてローリエは前のめりに今にも倒れそうで、頭から血を被っている。


「ローリエ、ちょっと用事ができたから行くだけだよ。ジャイルズにもそう言って」

 もの悲しげな表情のセイラはローリエの方を見て、そう一声言った。


「だから――――本当にそれでいいのかよ!? お願いだ、俺のために嘘つかなくたっていいから」

 ローリエは声を張り上げてそう言った。


「私はもう、いいんだよ―――」

 セイラはまるで活力が消えてしまったかのような声でそう言った。


「うるせぇな銀髪の娘。今度こそ殺すぞ?」

 その時、セイラの両手を縛り終えたウィリアムはそう言いながら、ローリエへと振り返った。


 こうなったら、俺がウィリアムを挑発して少しでも時間を稼ぐ。

 二人と戦うことになっても構わない。

 セイラならこの隙にきっと―――いや、セイラが諦めているはずがない……!


 ローリエはそうこう思いながら、馬鹿にしたようにウィリアムを見てこう言った。

「ははっ、それは冗談か? 情ねぇなぁ私は女の子供だぜ?」


「兄さん、やっぱり―――」

 ジョナサンはそう言って再び杖を構えようとする。


「落ち着け、弟」

 ウィリアムは一言、ジョナサンにそう言って止めさせる。


「で、誰が情けないだと? そうやってデカい口叩くことで自分の首を絞めていってるんだよ、いつでもその首を締めて殺すことができることを忘れんなよ? それに頭から血を吹いておいてよく冗談とか言えるな、死にかけじゃねェのか? 情けないのはどっちだか。ほらガキ、分かったならとっとと失せろ」

 ウィリアムはジョナサンの声を遮ってそう言った。


「じゃあお前が早くかかってこい。勝ち誇ったかのように口数多くぺちゃくちゃと、落ち着けよ。ガキ相手に怒ったかァ?」


「お前……それ以上言ったら殺すぞ」

 そう言ったウィリアムは、唇がピクピクと痙攣して力んでいる。


「でも俺をまだ殺せてねぇじゃん。口先だけじゃなく行動で―――いや、しなくていい。そーいやお前は最初から、弟に頼ってばっかだったもんなぁ、マヌケ!!」

 ローリエがそう言ったとき、彼らの間には束の間の静寂が吹き込んだ。




「弟よ、こいつを任せる」

 ウィリアムはセイラを見ながらそう言い、縛り終わった両手に繋がる縄をジョナサンに渡した。


 そしてその直後、ウィリアムは激しく足を踏み鳴らしながらローリエへ迫ったのだ。

 同時に、腰に携えていた杖を引き抜く。


「言葉遣いに気をつけろよクソメスが!!! 魔女裁判にかけてやろうか? いいやそれまで待てない―――大逆罪だ!!」

 激昂した状態で勢いそのままローリエへと歩み寄るウィリアムは、杖先を向けた。

 そして、すかさず呪文を唱え始める。


燃えエザル――――」

 ウィリアムがそう唱え始めたまさにその時、彼の後ろから前へ激しい衝撃音と粉砕音が詠唱を掻き消すかのように差し込んだ。


 ウィリアムは思わず首を後ろに向けて振り返る。

 そこには、セイラだけが立っていた。


「セイラ!!」

 ローリエが叫ぶ。


 そう、セイラがジョナサンを蹴り飛ばしたのだ。


 ジョナサンが元いた位置にはシルクハットだけが宙を舞っており、ウィリアムが振り返った時にはもう、部屋の入口から見て右の壁に叩きつけられていた。


「ご、ごめん兄さん、油断……した」

 壁の棚にあった陶磁器も衝撃とともにジョナサンの頭上へ落下し、破片にまみれながら狼狽えていた。

 だがもちろん、彼の手は離すことなく杖を握っている。


「フラヴィア。お前も言葉では分からないんだな。もういいんじゃなかったのか?」

 ウィリアムはそう言ってセイラを睨みつける。


「………私は、ローリエを私の問題に巻き込みたくない―――でも君が、家族を傷つけるような真似をするなら許さない」

 セイラはそう言って、ウィリアムを見つめる。


「私は王立ペンダー魔法使い。騎士として、必ずローリエを守る」

 続けてセイラは、縛られた縄を引き千切りながらそう言う。


 そして今まさに、四者それぞれには臨戦の火蓋が満を持して整えられた。

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