第7話 王都からの使者
少女ローリエがジャイルズの家に来てからちょうど半年が経った。
今日はジャイルズが外で仕事があると言って家を出たので、リビングでゴロゴロとうつ伏せで本を眺めていた。
銀の髪の毛が木綿の入ったリネンに垂れ広がっている。
ローリエが顔を横に向けると、セイラは同じく椅子に座って本を読んでいた。
曰く骨折はもう治っていて、感染症に侵されることなく体調も充分なようだ。
だから、もうすぐセイラはまた騎士としての仕事に戻る。
その時に俺が入隊できるまでしばらくはセイラと共に行動をするだろう。
本の表紙には『グリモワ手記』と書かれていおり、この本の内容について以前ローリエは聞こうとしたのだが、恥ずかしいのかただの魔法使いの日記と受け流されてしまった。
そう言えばさっき、セイラがリボンのつけられたプレゼントの箱みたいなのを2つ自分の部屋に持っていっていたが、今日は記念日か誕生日なのかな。
俺の誕生日はよく分からないから、ジャイルズ?
ところで訓練では基礎的な防御・攻撃・麻痺・止血魔法と、身体能力のトレーニングをしている。
応用的な魔法は魔法使い資格を取った後からで問題ないらしいので、基礎的なこと以外はやっていない。また、普通は魔法使いを目指す者は属性魔法も練習するのだ。
しかしジャイルズが言うに、ローリエの持つ杖の相性的に属性魔法の使用が不向きらしく、あまり練習しても意味はないのだ。
そして、ローリエが読んでいる本はこの国の歴史書らしき最近の本。マーシュやジャイルズから大まかなことは聞いていたがまだこの世界について分からないことは多い。
元の世界に戻るのが一つの目標ならまずはこの世界について知ることだ。
だから色々とこの家にある本を読んで調べることにしたのだ。だがこの本は世界の地理とかそう言ったものをほぼ知っている前提で書かれている。
わからない単語が多いからざっくり読んでいこう。
ローリエは本のページをめくりながら、髪の毛を耳にかけた。
18世紀後半に始まった産業革命によって軍事・経済・外交における圧倒的な地位を獲得し、八方の海を支配し四方に植民地を持ち、巧妙な外交で世界的な覇権国への躍進を始めたこの国とは大ブリファニア王国。
地理的には南北に広がるほどほどの大きさの島国で、中央大陸と言われるこの世界の中心にある大陸州から見て北西部に位置し、大陸との距離はつかず離れず。
人口は大陸諸国の国と比べると少ない。
そしてこブリファニアの王都はノダルケア。ノダルケアはジャイルズが住んでいるメルスラーブから見て南東約135マイルにあり、王都は政治・経済・文化などが集約する中心地となっている。
またなんとジャイルズ曰く、この島の北部にはドラゴンが住んでいるそうだ。
ドラゴンは危険だから絶対に近づかないほうがいいと厳重な警告を受けた。
とは言ってもこれについては意気揚々と話してたし、是非そのドラゴンとやらに会ってみたいね。
そういえばこのブリなんちゃら、どこか既視感が………
「ねぇローリエ、そろそろ杖の仕上げ終わったんじゃない? 見に行く?」
セイラは本をパタンと閉じ、ローリエに向かってそう言った。
「確かにもうすぐ夕方だしな…見に行くか」
ローリエはそう返事をして立ち上がり、二人は沢山の陶磁器が置かれた奥の部屋に入った。
部屋の中には陶磁器だけでなく色とりどりの魔法の杖や本が置かれていた。
そして二人が部屋の隅の方まで行くと、そこには1mあまりの長さで苔の生えた石の水槽が設置されており、その中にはセイラの持っていた杖といくつかの発光する石が沈められていた。
その沈められた発光する石の光は青白く、水槽内で反射し魔術的な気色を漂わせている。
「これで本当にただの木の杖が魔法の杖として使えるようになるの?」
ローリエはそう言う。
「ただの木じゃないけど、この光る魔石が出す胞子で満たされた水に、魔法の杖として加工した木を丸二日浸せば使えるようになるよ」
セイラはそう言って袖を捲って両手を水に入れ、杖を手に取った。
杖の先端は立体的な百合紋章で装飾されていて、前の杖と同じだ。
「へー、それって木だけ?」
「杖は自分との相性が良いほどより強い魔法の効果が得られて、同じ杖を使い続けるとその相性が良くなる。だから前に使っていた杖の断片でこの杖を加工したから他の素材の杖は使わない」
セイラは杖についた水滴を布で拭き取りながらそう言った。
「あとローリエの杖のことはジャイルズから聞いたんだけど、結局分からなかったらしいよ」
「確か奴隷商が盗んだってやつ?」
「うん、だけどジャイルズが役所の人に聞いても知らないって言うし、もう貰っちゃっいなって。だからあの杖の所有許可証を取りに行った」
セイラは布を机の上に置いて、杖を横に立てかける。
そして、部屋の端にある錆びた大きなバケツ1つ取った。
ローリエもセイラを手伝ってもう一つのバケツを持ち上げる。
「なるほど、だから今日は朝早くから居なかったのか」
「まあ……そうだよ」
「?」
「いや、なんでもない。よし、じゃあこの水を捨てるか」
セイラはそう言ってこの部屋の窓を開けた後、水槽の水をバケツで汲み上げた。
「肩は大丈夫なの? この前はまだ痛むって言ってたけど…手伝おうか?」
「大丈夫だよ、もう治ってる。一人でできるから」
「そ、そうか……」
その時、この家の扉を「ドンドンドン」とノックする音が玄関から聞こえた。
もう夕方だ。ジャイルズが帰ってきたのだろう。
「ローリエ、申し訳ないけど今手が話せないから迎えに言ってきてくれない?」
セイラは水を捨てながらそう言う。
「あ、うん分かった。すぐ行くよ」
ローリエはそう言って、玄関の方へと走っていった。
そして玄関まで着くなり、ローリエは手を上にしてドアノブを開けた。
「おかえ―――」
「あ? ガキ? この家で間違ってないよな?」
「あれだよ兄さん、ジャイルズ卿の師弟。登録謄本の書状に書いてあったよ」
黒いシルクハットを被った、長身で色白な二人の男はそう言った。
誰だこの二人……
後ろに立つ男は杖を持っている。魔法使い?
なにか嫌な予感を感じていたローリエを二人は不思議そうにじっと見つめていた。
そして兄さんと呼ばれた男の手にはダガーの短剣が逆手で握られており、その刃先からは喉を締め付けるような不快感を覚えた。
兄さんと呼ばれた男はほんのすこし考えた後、口を開く。
「師弟か、まったくややこしいことだな。だがまぁいい…………やぁやぁそこのガキ。俺はノダルケア中央魔法騎士団ウィリアム・エイムズだ」
そしてこの男は短剣を腰にしまいながら続けてこう言った。
「ところで騎士セイラ・フラヴィアと言う名の女はこの家に居るか?」
男は無機質な目でローリエの目をしっかりと捉え、見下ろす。
魔法をかけられたかのように硬直してしまった俺は、思うように体が動かすことができず、ただ一歩、後退りしただけだった。
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