第6話 月桂樹の血

 俺がジャイルズの弟子になってから数週間が経った。

 今日は日課である実技の時間。午前は座学、午後は実技と分けて学んでいるのだ。

 今は新しく学んだ『魔法障壁魔法』について実際に取り組んで実践している。


 以下、魔法障壁魔法の大雑把で長ーい説明




 魔法障壁魔法とは、障壁を展開して魔法を防ぐ非殺傷魔法。


 この障壁魔法は長きの歴史に渡り発展しており、こう言う訳だから起点にして至高で不屈の防御性能を誇っているのだ。


 それぞれが相対の攻撃手段に弱いのは当然だが、両者には明確な弱点が存在する。

 それが、『魔力が障壁接触時に魔法』は防御できないと言うことだ。


 この具体例が『物体を動かす魔法』。

『物体を動かす魔法』は、物体を初発の衝撃のみで弾く。


 魔力でただ弾くだけなので、障壁に接触する時にその物体には魔力が帯びていないのだ。


 逆にこの障壁魔法の効果と言うのは、『魔力を弾き、その自然法則を崩す』というもの。そしてこの弾く性質とは魔力がどのような状態であっても働く。


 Q.性質が変化しているなら、もうそれは魔力じゃない別もんじゃない? 

 A.がわは同じだからセーフ


 Q.そもそもなんで自然法則が崩壊するのだ?

 A.……ゼウスかアッラーにでも聞けば分かるんじゃないかな。


 以上説明終了ッ!


 ここまでが『魔法障壁魔法』の大まかな性質と弱点。

 最後に簡単に言うと、この魔法は魔力がないものは防げないってことです。


 ジャイルズさん曰く、障壁自体の原理はまだ全然解明されていないらしい。

 長きの歴史って何だったの……?



「ア゛ー無理無理!」

 俺は魔法を避けようと息を切らして走っているところ、空気の弾が掠める感覚が俺の髪の毛から伝わってきた。


「はっはっは、そんなんじゃ魔法使いになれないぞ!」

 ジャイルズは俺の声を気にすることは一切なく攻撃魔法ナッティ・ヘイを連打している。


 この攻撃魔法ナッティ・ヘイは、空気を魔力と織り交ぜて飛ばす魔法。

 魔力効率が良く、連続で撃つこともできる。


 ただし欠点は威力が低く、衣服ですら衝撃が簡単に抑えれてしまうことだ。


 今は『魔法障壁魔法で攻撃を防いでみよう』と言う名の実技訓練。

 しかし、避けながら集中して詠唱に苦戦しているのだ。


 俺は攻撃が止んだほんの少しの間膝を手でついて休憩し、また攻撃が始まるとすぐ足を走らせた。


 魔法の攻撃スピードが俺が前使ったときの比じゃない。

 しかもジャイルズ…この魔法を無詠唱で弾幕張ってるから隙も更に短い。


 次第にずっと走りっぱなしだった細い足はだんたん疲労が溜まり始める。

 そして、ジャイルズはすかさず俺の動く方向の少し先を狙って魔法を放った。

「痛っ! これ威力弱くな――痛っ………!」


 ジャイルズの放った魔法は俺の額にクリーンヒットした。

 俺は持っていた杖を落としてその場に尻から座り込み、目が涙目になる。


 そこで、死体撃ちをするかの如く、俺の額にもう一発が命中したのだ。

 額がじんじんと赤くなり、俺はくらくらと後ろに倒れてしまった。


「避けてばかりじゃ練習にならないからな。いつでもどこでも集中して魔法を使えるようになるのだ。(あと今のはすまん)」


「……くっ、防護せテクト・オル――痛っ!」

 俺は息を呑んで立ち上がり、詠唱をしようとした。


 しかし、また唱えている間に攻撃を撃たれ、詠唱を中断し集中も切れる。

 これでもう唱えた数は二、三回目になり、今度は胸に当たった。ヒリヒリとした感覚で胸が痒い。


 まただ、唱えようとしても唱えきる前に攻撃を受けてしまう。

 俺がもし詠唱を省略できたら解決するが、今は基礎魔法の省略だったとしても不可能だ。


 そうだ、じゃなくてなら成功するかもしれない。

防護せよテクト・オルフィ』だから……『防護せよテクルフィ』にでもしよう。


 こう思った俺はまた走り出した。弾幕もそれに続き発射される。

 そして頭の中に、『自分の体を魔法から守りたい』と言う意志と感情を込めた。


 集中……


防護せよテクルフィ!」

 急ブレーキで立ち止まった俺は、杖をジャイルズに向けそう言った。

 障壁の隔たりが俺の前に展開される。


「やった! 成功し――」

 しかし喜びもつかの間、ジャイルズの魔法は俺の障壁の膜を破り、額に直撃した。


 魔法障壁魔法は貫通された。威力が弱いとはなんだったのだろうか。

 そして俺は衝撃でまた地面に背をつけて倒れた。


「詠唱を短くする考えは流石だ。それなら攻撃されより先に守ることができる」

 ジャイルズは杖を下げて、俺の近くに寄ってそう言った。



「だが詠唱を短くすればするほど魔力は下がるし精度も落ちる。始めたての君なら尚更じゃろう」


「やっぱり練習するしかないですよね」


 ジャイルズはそういった後、「それに――」と続けた。

「今打った魔法は物体(空気)を動かす魔法だ。空気をこの魔法で飛ばすのは難しいが、本気で撃ったからな! ははは」


 つまり着弾時に魔子を帯びていないので、『魔子を弾き、その物理法則を崩す』の物理法則の部分である空気の運動エネルギーは残り続ける。


「……そんなの守れねぇ」


「まあまあだがな君、魔力消費が激しい障壁魔法を四、五回連続で発現できるのは凄いことだ。魔力の容量は成人男性……いーや、それ以上はあるはず」

 ジャイルズは髭を触りながらそう言う。


「俺が成人男性と同じぐらいの容量?」


「魔力を持つ者は基本的に20歳の前後までに魔力の容量が増加しなくなんじゃが、君はもう成人並の魔力量がある。血筋や環境が良くてここまでの者は始めてみたぞ」


「へえ、じゃあ俺があの時に出た炎の魔法も、魔力が多かったから威力も上がったのかなぁ……あ、そういえば今回も赤黒い杖に変わらなかったな」

 俺は杖をついて立ち上がり、杖を見ながらそう言った。


「赤黒く?」


「うん、前に杖を強く握ったら燃えるように赤黒い色になったんだ。炎の魔法はその時、杖に刻まれていた」

 俺が持つ錆びた杖は今も黒く、岩肌のように冷たい石。


「ほお、それは興味深いの。一度その杖をバラしてみたいわい。ところで君握力高すぎない?」


「ほんの強く…軽く握っただけだよ! あとバラそうとするな」

 俺はそう言った。


 日が暮れてきて、太陽は地平線へと沈み始める。

 俺は先に上の階への階段を上った。一段一段が大きい階段にまた汗が顔をつたう。


 階段を上がり、俺が使っている部屋に杖を置いた。

 俺は髪の毛に引っかからないように上手く服を脱ぎ、借りているセイラのおさがり服に着替えた。


 お風呂に入っていないから全身が少し痒い。俺の鼻はもう慣れきっていて汗臭さを感じないけど、中世ヨーロッパで香水が開発されたのも頷ける。


 特に頭、髪の毛がとても重たい。

 髪質もどっかのハーマ◯オニーぐらいのロングカールでボリュームもあって少しだけ絡まりやすいし、銀の髪の毛が腰ぐらいまで伸びているから手入れは大変。


 運動中とか前、口の中に髪の毛入ったし…

 

 俺の遺伝子が頑張って耐えてくれることを祈る。

 俺は髪の毛を触りながらそう思った。


 俺はいつも食事をする部屋に行った。

 ジャイルズはいつの間にか帰っってきており、夕食の準備をしている。

 セイラも椅子に座り、ジャイルズと適当に話していた。


「あ、君。今日もまた泥だらけになるまでお疲れ様、あとで拭いてあげるよ」

 俺に気がつき、セイラはそう言った。

 振り向いたセイラの右手と右肩は包帯で固定されてる。


「ふ、拭いてくれるのは有難いんですけど、まだあまり動かないほうがいいんじゃ」


「まあ病気の心配もないし、何よりなまって剣触れなくなっちゃうからね。少しでも体を動かさないと」

 セイラはそう言って左肩を軽く回した。


 セイラさんの髪はとてもサラサラと流れていて、金髪が美しく肩に垂れている。


「そういえば君、常々聞こうと思っていたのじゃがどういう名前なんだ?」

 ジャイルズは包丁で葉っぱを切りながら、急にそう俺に質問した。


「確かに、私も全然気にしてなかった」

 セイラもそう言う。


「今頃名前ねぇ二人共……でも奴隷って名前あるの?」

 前世のジャパニーズネームはある。


「うーん、私が知っている限りだとどっちもあり得るね。奴隷商からなんて呼ばれてたの?」


「アイツにはお前としか呼ばれてないな、うん」


「じゃあもうそうだ、一層のこと勝手に名前をつけよう。じゃあ植物の月桂樹からとってはどうだ?」


「私からはホワティーンを勧めとくよ(髪色白銀だし)」


「……じゃ、じゃあその月桂樹っていう植物がなにかは分かんないけど、ローリエにするよ、なんだか良さそうにみえるし」


「そうじゃな、まあ別に『君』呼びから『ローリエ』呼びに変わるだけだ。気にしなくていいわい。ほら夕食ができたぞー。セイラ、ローリエ」

 ジャイルズはそう笑いながら言った。


 ローリエは出されたパイ生地の料理を笑顔で食べている。


 名前を気にしないのが俺と二人のどっちなのかは定かじゃない。

 でも、この世界で、この少女としての名前。

 インターネットのアプリやゲームのユーザー名で呼ばれるのとは違う、乳幼児のときに親に名前を呼ばれたことを始めて自覚するのとは違う、不思議な気分。


 少女ローリエはそう思いながら、美味しくない料理を頬張った。

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