第5話 感情と意志

 俺は俺がさっきまで寝ていた隣の部屋に入った。


 一人で臥床していたセイラは木のスプーンを持って、ドロドロスープを無表情で食べている。そして俺はセイラの横の椅子に座った。

 部屋の隅には使い込まれた装備や衣服、折れてしまった剣が丁寧に置かれている。


 光で照らされた床には陶磁器が乱雑に置かれていて、半開きのタンスからは羊皮紙がいくつもはみ出している。


「君、ありがとね。まさか子供に助けられるなんて。それに、君を助ける約束も守れなかった…私の実力不足だ」

 セイラは帯で固定されていない左手で俺の頭をゆさゆさと撫でた。


 心地よ…って違う。


「あ、ありがとうございます……でもセイラさんは俺なんかより努力してるし、とても俺じゃそんな努力はできない」


「俺はセイラさんのそれを踏みにじるようなことを思って、あろうことかジャイルズさんの前で言ってしまった…本当にごめん」

 そう言いながらセイラの瞳を見つめていた俺は、頭を下げた。


「そう? 別にいいよ、大したことじゃないから。それで話は変わるけど、魔法使いになりたいの?」

 セイラは左手で持ったスプーンでドロドロスープを口に近づけながらそう言った。


「はい、まだ、気持ちの整理はちゃんとできてないけど、セイラさんのような、人を守って助ける騎士になりたいです」


「私のようにか…そうか。まあ、魔法使いになるのは楽じゃないってことは言っておくよ。応援する、君には魔法の才がある」

 セイラはそう言い、また一口とドロドロスープを口に入れた。


「はい! マーシュみたいなやつも全員ぶっ飛ばしてやります!」


「マーシュ、そうだね、君ならできるよ。そして私だってすぐに超えれるさ」


「分かりました、俺頑張ります! じゃあ、これからジャイルズさんに魔法について学びに行くので俺はもう行きますね」


「うん、気をつけていってらっしゃい」


 俺は椅子から立ち上がり、部屋から出た。

 セイラはまたこの部屋で一人となった。そして、セイラは折れた剣を見つめる。


 『お前は捨て駒、いや、親子共々生きてるだけで邪魔な小蝿としか思ってねェーよ』


 セイラの頭には、マーシュの言ったあの言葉がまた巡っていた。




 ---




 この家は、いわゆる完全に半地下の家で、居住空間が地下一階で、地下二階は倉庫になっており、地下一階にある入口は前までいた地下街に繋がっている。

 天井から採光しているのも半地下が理由なのだ。


「ここに来てから一日以上も寝ていたぞ。寝言も悪魔に取り憑かれたのかよくわからない言語をたまに言っていたわ! はっはっは」

 俺の前を歩くジャイルズは階段を降りながらそう言った。


 ジャイルズに言われた通りあの黒い杖を持った俺もあとを追う。

 ジャイルズも杖を持っていた。セイラ持っていた杖のように、五芒星の立体構造が先端に付いている。

 しかしセイラの杖と違い、杖がより長く先端が赤い。


「多分その言語は日本語………まあこれは置いといて、地下でやるんですね」


「ああ、そりゃあそうだ。部屋で魔法なんて使ったら大変なことになるからな」

 地下についたジャイルズは、その部屋の奥の倉庫に行った。


 俺は杖を置く。

 そして近くに置いてあった椅子の背にもたれかかってジャイルズを待った。





 ジャイルズは大きな羊皮紙が貼り付けられた板を立てかけた。


「じゃあまずは、魔法について話していくぞ。しっかりと聞くのだ!」


「へーい」

 俺は適当に相槌を打つ。


「まず魔法を発動するには段階がある。


 ① 呪文を感情と意思を込めて詠唱

 ② ①と同時に杖に魔力を込める

 ③ 杖に込められた魔力を魔法に変換

 ④ 変換後、魔法が発現する


基本的にはこの四段階で魔法が発動され、これのどれかが欠けていれば魔法は成立しないのだ」

 ジャイルズは板にそうペンで書き示した。


「なるほど、つまり③『杖に込められた魔力を魔法に変換』は杖が自動してくれてるのか」

 俺はそう言う。


「ああその通りだ。それと④『変換後、魔法が発現する』も同様に自動で発現されるから、君がまず目指すべきは①『呪文を感情と意思を込めて詠唱』と②『①と同時に杖に魔力を込める』をこなせるようにすることからだな」

 俺は言われるがまま、立ち上がり杖を持った。


「よし、ではお試しに魔法を使ってみよう! ほら、杖を持つんだ」


 そしてジャイルズは、少し遠くに置かれた箱に指を指した。

「『基礎魔法』をあそこの箱に当てる。まずは見本を見せるぞ。撃てよナッティ・ヘイ!」


 ジャイルズはそう唱えると、たちまち杖の先が発光してその先端から空気の衝撃波の弾丸が発射された。

 圧縮された空気の弾はライフリングのように回転し、十数m先の的に着弾する。


「よし、やってみろ」

 ジャイルズはドヤ顔で俺にそう言った。


「急に言われても……そもそもまず基礎魔法って何?」


「あーそれ言ってなかったな。基礎魔法って言うのは、誰でも扱えて魔法使いの監督下なら資格無しで使うことができる初級の魔法だ」

 ジャイルズはそう言った。


「へー、じゃあ爆発する魔法は基礎魔法じゃないよね?」


「そうだ。それなら『等級魔法』のうちの『上級魔法』だろうな」


「等級魔法?」


「等級魔法とは、それぞれ難易度や危険度に応じて、『下級・中級・上級』『特級』といった等級によって分類する魔法区分だ。そして原則これらは同等級の魔法使いになるまで使用禁止。だから上級魔法使いの吾輩は特級を使えない」

 ジャイルズはまたペンで色々と書きながらそう言った。


「逆に、魔法使いになるまでは下級魔法を使えないってこと?」

 俺はジャイルズにそう質問する。


「当たり前だ。魔法使いの騎士になったらまず、『下級魔法使い』から始まるからな。ほらほら、じゃあ君流のやり方で良いから早く見本の通りやるのだ!」


「あーもう分かった、当たらなくても知らないからな?」

 俺がそう答えると、ジャイルズは高速で移動して十数m先に新しい的の箱を置いて戻ってきた。


 俺は爆速で走って箱を戻す老人を片目で、杖を箱に構えた。


 えっと、衝撃波を放つ魔法だから、①の『感情と意志』の部分は的な気持ち?

 わからん。聞いておけばよかった……


 ②『①と同時に杖に魔力を込める』は杖に魔力を込めるのは感覚的にできてるから、大丈夫かな。


撃てよナッティ・ヘイ!」

 俺はそう詠唱した。


体中の感覚が研ぎ澄まされ、全身の力が指先に集中し不思議な感覚とともに杖へと流れていく。


そしてその力、魔力がある程度杖に溜まると、杖先から空気の弾が飛び出した。


 部屋には一閃の銃が穿たれたかのように、乾いた音が差す。

 そして弾は同様、ライフリング状に横回転を描きながら目標物へ直行していった。


 一方の俺は衝撃で体が浮き上がり、体幹が崩れる。

 そして髪をなびかせながら思いっきり尻餅をついてしまった。


 お尻からじんじんとした痛みが伝わってくる。


「お尻いっつぁ……そうだ箱! どうなった…?」


「残念。外れてる」


 俺は起き上がって見ると、目標から逸れた下の台の部分がへこんで黒ずんでいるのが見えた。

 衝撃で照準がずれたのだろう。やはり少女の体では筋肉パワーが足りていないのだ。


「あ! 『感情と意志』について説明してなかったな! この魔法の場合はそのままの意味で『撃ちたい』という意味でいいからな。まあこの感情と意志は多少違っていても今は構わん」

 ジャイルズは的に当たらずむすっとしている俺の頭を撫でてそう言った。


「そう落ち込むんじゃない。さっきの見本だけで魔法を使えた、十分才能がある。杖の持ち方、詠唱の抑揚、間隔やタイミング、魔力の適切な込め方、etc……細かいことはこれからやっていけばいい。さあこれからみっちり鍛錬していくぞ!」


「あ、あいあいさー」


「声を張って!」


「あいあいさー!」


「抑揚を忘れず!」


「aye aye sir!!」


 これから始まるであろう情け容赦の無い鍛錬、俺は考えるべきでないと悟った。

 ちなみに、この返事はセイラの部屋まで届いていたらしい。

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