第4話 弟子入りパン
少女が目が開くと細い羽板がついた窓の隙間から、あの久しい太陽の光が、横たわる少女を照らしていた。
体をゆっくりと起き上げ前を見ると、葉が彫られた持ち手の黒く錆びた杖が立てかけられていた。
「ああやっぱり、夢じゃないよな……ぁ」
少女はそう言って座ったまま背伸びをし、ベットから降りた。
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部屋を出ると、襤褸の帽子を被り、厚いコートを着た高齢の男が台所でなにかをしており、俺に気づくなりこっちを向いた。
「吾輩の名はジャイルズ。ジルって呼んでくれればいいさ。ああ、セイラは君が寝ていた部屋の隣の部屋で臥床して安静にしておる。心配せい、命に別状は無い」
ジャイルズは台所で朝食を作っていた。
高齢だからか包丁捌きがおぼつかない。
今までの地下街の様子とは一層変わり、異様な臭いも冷たい石の壁はなかった。
そしてそのかわりにあったのは、ベーコンとバターのまろやかな香りと、肌触りの良い木床。
隣の部屋を覗くとそこには、陶磁器が無造作に置かれており、作りかけと思しき杖はそれと比べて綺麗に壁にぶら下げられ掛けられていた。
「セイラさん……良かった。ジャイルズさん、ありがとうございます」
俺はそう言って深々とお辞儀をする。
「ジャイ……まあええ。ところで君、もう己自身が魔法を使うことのできる体であると言うのは理解していると思うが、君はいわゆる『魔力持ち』、魔力を体に宿しておる」
俺は闇雲に出たとこ勝負で魔法というものを使い、なんと使えた。
魔力を体に宿している人は使えるのか。
「魔力持ちの人って世界にどのくらい?」
「んー、世界は分からないが、この国だと……だいたい五~六万人はいるんじゃろうな。とはいえそのうち半分は特権階級が血を代々継承しているし、継がずとも突然田舎の小娘が魔力持ちで産まれたなんてこともあった。君のようにな」
ジャイルズはそう言って片目で俺の方にアイコンタクトをした。
「へ、へぇ……ジャイルズさんも貴族?」
俺は椅子に腰をかけながらそう言う。
「これでも魔法使いの騎士だからな、一番下のそれっぽい爵位が数十年前に与えられたわ」
一番下なら男爵か、いやナイト爵の可能性のほうが高いかもしれない。
「話が逸れたな。それじゃあ単刀直入でいこう。君は魔力持ち、それでいて君には魔法使いの素質が十二分にある。だからセイラが完治するまでの数ヶ月間、吾輩の弟子になってくれ!! 頼む! 一生のお願いだ!」
「ふ、ふぇ……そんなこと急に言われても」
一生のお願いを老人が使うな。
確かジャイルズさんはセイラさんのこと知ってる風に話していた。
「セイラさんも、ジャイルズさんの弟子なんですか?」
「ああそうよそうよ、セイラはもう幼い頃から魔法を教えていて、本当に可愛い性格だったんじゃよ本当に誰に似たんだか。まさかこの町に来ていたと知らなかったわ」
「でもなんで俺を弟子に?」
「言ったじゃろう、君は魔の才に恵まれて――」
「俺は、魔女なんだよ!? あの地下街でも、みんなが悪い魔女だって―――」
「それはセイラを悲しませることになるぞ」
部屋の空気が静まり、その中を火に晒された油だけが弾けている。
「…すまん、悪かった」
「謝るなら吾輩にじゃない。それに、君を弟子にしたいのは、セイラの命の恩人だからでもある。君はセイラを守ってくれた。 だから吾輩も記憶がないあんたがこの世界で生きていけるように恩返しをしたいんだ」
「んん……、分かった。でもセイラさんの怪我が治るまでだぞ?」
「ああ、もっと長く至っていいんだからな。それに君も子供のクセに吾輩のことを気にするな。子供は遊んで食って学んで寝る! それをしてくれるだけで吾輩は幸せだからな」
ジャイルズはそう言い、朝食を俺の前に出した。
「それと朝食ができたからお召し上がり。セイラ絶品の料理だ。じゃあ吾輩もセイラ起こして離乳食渡してくるから食っておいてくれ」
ジャイルズはそう言い、ドロドロスープが入った器を持ってセイラが安静にしているベットへと向かった。
出されたのはジャガイモとベーコンを挟んだ焼き立てのパン、そしてサラダの朝食。
バターの風味がたっぷりと感じられるこの料理は、何日もまともに食べていなかった少女のお腹を鳴らした。
セイラさんに後で謝ろう。セイラさんからしたら師匠の人にあんなことを言うなんて、申し訳ない。
弟子入りか、魔法使いになったらセイラさんのように、助けを求めている人達を助け、守ることができる騎士、魔法使いになれるのか?
いや、そのためにはまず自分の身を鍛えてからかだよな。今のままだと駄目だ。
あのとき地下街でそう決心したはずだ。
それに魔法使いになったら、元の世界に戻る近道になるかもしれない……
俺は朝食のパンを手で持った。こんがりとしたバターとベーコンのいい香りが嗅覚を刺激する。
そして、パンを口で頬張った。バターの汁が口の隙間からこぼれ落ちる。
「……薄、味……ない。なにこれどこの国の料理?」
なんとも言えない気持ちの俺は、少ししゅんとなった顔でパンをまたかじった。
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