第3話 この街

 俺は自らが出した魔法の強さに驚愕した。

 さっき使った、マーシュが使ったときは爆発した魔法は音だけだったのに……相性とかでもあるのかな。


 マーシュは服が黒く丸焦げでボロボロとなり、魔法の衝撃で吹き飛ばされていた。

 ペストマスクももはや原型すら無い。


 しかし今、マーシュのことを気にしている時間はない。

 この魔法がセイラさんも巻き込んでしまうのではないかと心配したが、射出方向的に当たらない位置に居て本当に良かった。


「セイラさん!!」

 すぐにセイラさんの元へと駆け寄って杖を隣に置いてしゃがみ、両手で慎重に、ゆっくりと体を表に向けた。

 表に向けている間セイラは痛みで震えていた。


 表にすると、顔も体も泥と血で汚れていて、甲冑の重みで押しつぶされそうな様子だった。

 肩からは今も尚止まらず血が出ている。


 どうしよう。『銃で撃たれたときの対処方法』とか知るわけ無い。


 とりあえず俺は甲冑を脱がして少しでも楽にしてあげようとするが、甲冑の脱がし方も知らず、ましてこんな少女の力で容易に甲冑を動かせる力はなかった。


 そこで俺はまず先に肩の止血をしようと思い、俺が着ている奴隷服を布代わりに手で破ろうとした。



 その時、背後から物音がした。

 俺は隣に置いた杖をすぐに拾い上げて後ろを振り返る。


 するとそこには何人かの人達が黒焦げのマーシュの周りに群がっていた。

 老若男女問わず群がる人達。みんな襤褸ぼろの服を着ていた。暗黒街に住む人だろうか。


 群がっている人達はマーシュの懐やズボンに手を入れたり、帽子を剥いだり、杖や銃を取ったりと……盗んでいた。略奪。


 恐らく先程、俺が使った魔法の衝撃音で近くの人達が来てしまったのだ。

「ぉん、女……子供……一人はき、騎士だ」

 一人の男がそう言って俺達の方に指を指した。


「騎士、魔女! 魔女は駄目!この男にはせいぜいだったけど、そんなこと関係ないわ、魔女!」


「悪い魔女には何をしても良い。そして用済みの最後にはって教会に告発しチクってやればいい」


「そうだそうだ、こいつら魔女のせいで儂の娘は体を蝕まれて…!」

 みんなはそう言って俺達の方へと、その痩せた裸の足でゆっくりと近づいてきた。

 人々の見開いた目はまるで人間ではないなにかの目だった。


「ひぃ、や、く、来るな!」

 俺は震えながらも、杖を力強く構えて威嚇をした。しかし彼らは少し後退りしただけで歩みを止める気は一切無い。


 絶対捕まったら終わる…!


 俺は足に力を入れようとしたが、急に腰が抜けてうまく力が入らない。


 今の身体からだじゃなければあんなの……

 それにセイラさんを守りながらじゃ……一刻を争う時だって言うのに…!


「やあ少年、うごけるかい?」

 いつの間にかセイラの隣には、帽子を被り、古びた杖を持つ高齢の男が薄灰の髭をもじゃもじゃ触っていた。


「待て、お前は誰だ?」


「吾輩はセイラと同じ、王立騎士団の魔法使いだよ。音がしたから何かあったのかと思って駆けつけてきたら、まさかセイラだったとはな。ほれ、これはセイラと同じ勲章だろう?」

 男はそう言ってコートをめくり、中のチェストプレートあたりに付いていた勲章を見せた。


「なるほど……あっ! い、今セイラさんが―――」


「分かっている。首の骨と……息に問題はないな」

 そして、襤褸布を取り出し、セイラの肩に向けてなにかの魔法を使った。男は何も唱えていない。


「止血は今済ませた。君はこの布で結んで固定しておいてくれ、骨折しているからな。吾輩は時間を稼ぐ」


「お、おう」


 男は古ぼけたマントをはためかせて俺の後ろに立った。

 そして杖を構え、迫りくる人達へと立ち向かった。


 俺は渡された布でセイラさんの腕を結び始めた。

 セイラは苦しそうな息遣いで、涙ぐんだ目をして痛みに耐えた。


 …絶対に慎重に……肩が外れたとはまた違うような、おかしな方向に曲がっている。

 骨折部位は肩というより上腕骨の頸部中心。

 骨折は三角巾で結ぶ方法、固定する棒がないから本当に応急処置だ。それと止血したからと言って、万が一のために傷口を結ぶことも忘れていない。


 俺は結び終わり、緊張の汗を拭った。

 手が血だらけだ。


 俺の体や顔も服も、泥や土で汚れている。

 18世紀の欧州では貴族以外はほとんどお風呂に入っていなかったし、この子もそうだったのだろうか、奴隷だし仕方無いか。


 それと、さっきから俺の背中からむごい音と衝撃音が聞こえてくるんだけど……

 俺は振り返ろうとしたが、怖かったから振り返らなかった。


 丁度、俺の肩を男がトントンと叩いた。

「こっちは終わり、子供なのにありがとうな」

 男は俺の頭を撫でると、セイラをゆっくりとお姫様抱っこして歩き始めた。


「あっ、あの! 俺も着いて行ってもいいですか…?」

 俺はそう言って男の後を駆け足で追う。


「うーん、君に親はいないのか?」


「その、あの奥の方で倒れてる人の奴隷だったので身寄りが居なくて……それに記憶がないんです…迷惑なのは分かってます。どうかお願いします!」

 俺は日本式でお辞儀をして、男の目をじっと見た。


「…君、もしかして魔法使える? さっきの音って君が?」

 男は少し考えて、俺が持つ杖を見てそう言った。


 俺は顔に少し後ろめたさがでた。

「……はい、あの奥の人に魔法を……すみません、でもセイラさんを助けるために仕方なかったし、あんな大きな魔法が出るなんて―――」


「はっはっは、面白い。君のような子供があれほど離れていても聞こえる魔法を出すとは。いいぞ、着いてこい! とりあえず弟子にしてやろう! だが……」


「あ、ありがとうございます!」

 俺はそう言った。…とりあえず弟子にするって何?


 …別世界、異世界は現実以上に苛酷だ。


 夢であるという希望は諦めたが、こっちはまだ諦めていない。

 帰る方法は絶対にあるはずと言う希望は。


 しかしまず、野垂れ死になったらそれで最後だ。

 この小さな少女の体でこれから来るであろう苦難の道を乗り越えていかないと――


 俺がこうのらりくらり思っていると男は「だが」に続けて、間を開けて笑いながらそう言った。

「この国では原則、資格がないと魔法を使えないから気をつけるんだぞ? はっはっはっ、次から気をつければいいのさ、吾輩だって五回はした」


 俺にとっては全然笑い事ではなかった。

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