第2話 光明
俺は今、あいつに隷属魔法の効果である『服従命令』をなるべく使用したくない。
隷属魔法は自身の『総魔力量』の半分を使い、隷属者との『共有魔力』を作る。そしてその作った『共有魔力』の量が隷属者の『残存魔力』の量を超えている時が服従命令を出せる条件。
この『服従命令』は万能だ。相手を思うがままに従わせることができる。
なのだが……
この『共有魔力量』は服従命令を行う時のみ消費し、普通は使えない。
つまり俺の実質総魔力は『総魔力量
俺の総魔力量を10とすると、
それに対して10歳すてごろのあいつはおおよそ4という比率。
爆発魔法1回
魔法障壁魔法1回
短杖かつ二杖並立で出力100%を保った非魔法障壁魔法が1回
以上の計3回
これらの連続魔法使用で俺とあいつとの魔量比は現在1まで減少してしまった。
最早、障壁魔法はあと一度しか展開できない。
そして俺は諸事情によってあいつを直接殺せない。
今ここで共有魔力を消費して服従命令であいつを無力化するのは、今後の服従命令に支障が出るから、あくまでもこれは最終手段だ。
まあこのように検討建てたが、あいつ如きに魔法が使えるはずないがなァ。
「無駄口なんていくらでも叩くさァ、俺は話すのが大好きだ。で、記憶がないのに魔法を使えるのか? まーあったところで無理だろうがなァ」
マーシュはそう言った。
確かに、杖、持ったのは良いけど、どうやって魔法使うんだ?
この杖で本当に使えるのか…?
急に現実ではない世界に来て、杖を持って、なぜ俺は戦おうとする?
持った杖には、葉っぱの模様が持ち手にいくつも脈々と彫られていた。
そして杖の先端は王冠のような立体構造とその中心にある球体によって装飾されていて、更に十字架、弓、太陽のようなものもあった。
しかし困ったことに、この杖全体は真っ黒だった。
茶黒色、錆びきってぼろぼろになっていた。
マーシュの杖は漆黒一色、セイラが白銀と蒼色で着色された木の杖であり、錆びていない。つまりもし俺が魔法を使えたとしても、この錆びた杖でまともに使用できる保障はないのだ。
「………ま、魔法はっ、 呪文を詠唱しながら感情と意思を込めて、杖に魔力を込めて使っ―――…!」
セイラがそう叫ぼうとした時、マーシュはセイラの顔面を横から言い終わる前に蹴飛ばした。
セイラは鼻血を噴き出しながらその体を地面に叩きつけられる。
「戦意喪失した敗残兵は無駄口を叩くんじゃない、そこでクソでも垂らしておけ」
「ぐっ…!」
俺は怒りに任せてマーシュに突撃した。
リネンのワンピース状の奴隷服が風でなびきだす。
策はある。呪文には心当たりがあるのだ。
「爆発せよ《ビーモバス》!」
俺はマーシュに向けて改めて杖を向け、大声でそう叫んだ。
セイラさんが言った、感情と意思。これがどのような感情や意思であるのかは解らないが、これを「爆発させたい」と言うものと俺は解釈した。
しかし、俺の持った杖の先で小さなボンと言う音とともに赤く光っただけだった。
水の電気分解実験で水素に線香を近づけたときの音だった。
「上級魔法をそんなボロッボロの杖で、ましてお前が使えるわけ無いだろう? さあ早く早く、ぶち殺すんじゃなかったのかァ!」
俺は接近を止め、マーシュと一定の距離を保ちながら円状に走り出した。
マーシュの足はその場に止まったままで、俺の方を顔だけで追っていた。
俺はセイラさんの方を見る。
セイラは地面に倒れた込んだまま、荒い呼吸で胸だけが鼓動に合わせて動いていた。
肩からは血が止まることなく流れ続けている。
セイラさんの今までの努力は絶対に無碍にはさせない。
絶対に助けないと……
このままじゃ失血死してしまうかもしれない。
でも魔法も使えないのにどうやって…
俺は不本意に杖を強く握りしめていた。
その時突然、杖が赤黒く発光した。
杖は次第に熱を帯びだし、カイロのようにほんのりとした温かさが手の甲に伝わる。
「あれ…? これって…?」
熱が帯びだしたと同時に杖にヒビが入った。そして、そのヒビは規則的に広がり続け、楔形の字形のようなものへと変貌した。
「apo…これは、魔法の呪文。なぜここに刻まれている?」
そんなことを考えている余裕はなかった。
足を止め、もう一度杖をマーシュへと構える。
もしこの呪文の魔法が取るに足りないものになるかもしれない。
でもそんな「もしならば」を思う時間もなかった。
しかし、それの「もしならば」を思う余裕がなかったのはマーシュもである。
マーシュは、この少女がこれから発現しようとしていた魔法の出力が、少女の憎悪と殺気と希望が混ざった目の気迫と、自分が使った時は基礎魔法すらままならなかったあの杖が変貌し発光している異常さの二点から、先の爆発魔法の比ではないと察知していた。
もはや少女に魔法を唱える隙を与えてはいけない。
マーシュの経験と本能は少女に対する侮る態度を払拭した。
「もう出し惜しみは無しだ。残念ながら俺はここで怪我を負って魔女の呪いで苦しみたくはない。
マーシュは指を鳴らしながら人差し指を少女に向け、そう言った。
「動くな? マーシュ、お前こそ唇噛んで止まっとけ」
だがしかし、この少女に発動はしなかったのだ。
「何ィ!? なぜ服従命令が発動しない……!? 有り得ない。なぜ急に、そんな、魔力量が突然増えるなんてことがない限り……いや―――まさかあいつ……!?」
マーシュがペラペラと喋っている間、俺は意志を集中させた。
セイラさんのような人達が報われない世界。
何気ない日常を真当に過ごして笑うことさえできないのか?
そんなのは嫌だ。
これは平和ボケした前世の価値観で、ただの理想だ。
でも俺は自分の自由意志と、良心を尊重する。
マーシュと戦う理由が分かった。セイラさんを絶対に助けてみせる。
俺は歯を食いしばった。そして緩め口を開いた。
「
呪文を唱えたとともに、杖先から自分の身長の二倍、いや何倍以上もある巨大な爆炎がマーシュめがけて放たれた。
勢いは衰えることがなくマーシュへと炎の波は押し寄せてくる。
「何なんだよォおぉ!
マーシュの目の前に炎を遮るかのように障壁が展開され、両者を隔てる。
が、障壁を薄氷のごとく炎によって押し割られた。隔たりは崩壊する。
そしてもう、マーシュが障壁魔法をこれ以上展開することができないことは当の本人がしっかりと理解していた。
「障壁が砕けただァ!? ば、このマーシュ様がッ、奴隷魔女如きに敗北するなんて、敗けるなんてェ…あり得…――!!」
マーシュは断末魔を叫びながら、業火の光明へと飲まれていった。
そして、暗黒街は鈍い爆発の衝撃音だけが同心円状に反響しているだけだった。
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