第3話 光明
暗黒街のとある一角。
二人の杖を持った者が向かい合う中、その一人マーシュは思考を巡らせていた。
俺は今、あいつとの隷属魔法の効果『服従命令』を、なるべく使用したくない。
隷属魔法。
それは自身の魔力量の半分を隷属者に『共有魔力』として与える魔法。
服従命令の話はだって? それはこの共有魔力の量が鍵なんだ。
隷属魔法をかける条件。
それは隷属者の残存魔力量に対して共有魔力量が超過していることだ。
この服従命令は万能故、相手を思うがままに従わせることができる。
なのだが……弱点もある。
共有魔力は服従命令を行う時のみ消費する。他の魔法に転用できない。
共有魔力とは術者と対象が共有している魔力。
共有魔力を作っている分、俺は総魔力量が共有魔力の分だけ減ってしまう。
つまり俺の魔力は『総魔力量
つまり俺の総魔力量を10とすると、
爆発魔法1回
魔法障壁魔法1回
短杖かつ二杖並立で出力100%を保った非魔法障壁魔法が1回
以上の計3回
これらの連続魔法使用であいつとの魔量比において俺の比率は現在1まで減少してしまった。最早、障壁魔法一度分の展開量しかない。
銃は装填に時間がかかる。
そして俺は諸事情によってあいつを直接殺害できない。
今ここで共有魔力を消費して服従命令であいつを無力化するのは、今後の服従命令に支障が出る。あくまでそれは最終手段。
まあこのように検討建てたが、あいつ如きに魔法が使えるはずないがなァ。
俺は走り出した。
マーシュと距離を一定に保ちながら、彼を中心に円状に駆け回る。
自分のタイミングで、そして、いつでも攻撃が避けれるように。
一方でマーシュの足はその場に止まったままで、俺の方を顔だけで追っていた。
「無駄口なんていくらでも叩くさァ、俺は話すのが大好きだ。で、記憶がないのに魔法を使えるのか? まーあったところで無理だろうがなァ」
マーシュはそう言った。
確かに、杖、持ったのは良いけど、どうやって魔法使うんだ?
これで本当に使えるのか…?
急に現実ではない世界に来て、杖を持って、なぜ俺は戦おうとする?
持った杖には、葉っぱの模様が持ち手にいくつも脈々と彫られていた。
そして先端は王冠のような立体構造とその中心にある球体によって装飾されていて、更に十字架、弓、太陽のようなものもあった。
しかし困ったことに、この杖全体は真っ黒だった。
茶黒色、錆びきってぼろぼろになっていた。
マーシュの杖は漆黒一色、セイラが白銀と蒼色で着色された木の杖であり、錆びていない。つまりもし俺が魔法を使えたとしても、この錆びた杖でまともに使用できる保障はないのだ。
「あっ」
足元には丁度、水溜りがあった。
気の緩み―――いや、強張っていたのかもしれない。
俺はその直後、水飛沫を上げながらその場で地面へ転倒した。
「ふ、ふはははっ、よそ見してるからだよ。マヌケ」
そういってマーシュは杖をこちら向けた。
右足と、左手を擦りむいた。 くっそ早く起き上が―――
だが不運にもまた、まるで地上にうちつけられた魚のように、水溜りの上を右足が滑り、半分立ち上がりそうなところで再び転倒する。呼吸がおかしい。
馬鹿…! 焦るからだ! 早く! 左手が滑る。
うまく力が入らない。
暗くて、いや寸法が……言い訳だ! ばか!
その時だった。顔を上げたセイラが突然、俺に向かって何かを叫んだ。
「ま、魔法はっ! 呪文を詠唱しながら! 感情と意思を込めて!! 杖に魔力を込めて使―――…っ!」
セイラが言い終わる前に、魔法をキャンセルしたマーシュはセイラの顔面に向かって蹴りを放った。
強烈な一撃で鼻血を噴き出しながら、またその顔を床に放り投げる。
「戦意喪失した敗残兵は無駄口を叩くんじゃぁない、そこでクソでも垂らしておけ」
その隙に、セイラが作ってくれたこの隙に、俺は即座に起き上がりすぐにマーシュと距離を取った。
そして、セイラがどうなったかの結果を知る。
「ぐっ…この!」
そうだ、恐怖なんて怖くない。なに緊張してるんだ。
新卒採用面接のほうが余っ程緊張したろ。
俺は怒りに任せてマーシュに接近した。
辺りにはまだ、ついさっきの爆発の煙が漂っていた。
その中をリネン素材の奴隷服がなびかせながら、俺は疾走した。
息が早くなる。
策はある。呪文には心当たりがあるのだ。
セイラさんの言った感情と意思。
これがどのような感情や意思であるのかは解らないが、これを『爆発させたい』と言うものと俺は解釈した。
「爆発せよ《ビーモバス》!」
そして俺は、その彼女の言葉を胸に浮かべながら、大声でそう叫んだ。
しかし、俺の持った杖の先で小さなボンと言う音とともに赤く光っただけだった。
水の電気分解実験で水素に線香を近づけたときの音だった。
「上級魔法をそんなボロッボロの杖で、ましてお前が使えるわけ無いだろう? さあ早く早く、ぶち殺すんじゃなかったのかァ?」
俺はセイラさんの方を見る。
セイラは地面に倒れた込んだまま、荒い呼吸で胸だけが鼓動に合わせて動いていた。 肩からは血が絶え間なく流れ続けていた。
今、この場を生き抜く方法。
それは今すぐにこの場から逃げることだと。
臆病で可哀想な少女ならそう思うはずだ。でもそれは俺じゃない。
俺はセイラさんを絶対に見捨てたりはしない。
あのマーシュをこのままにしておけば、セイラがどんな目に遭うか分からない。
早くマーシュを抑えなければ……
でもこのままじゃ先にセイラさんが失血死してしまうかもしれない。
でも魔法も使えないのにどうやって……なにか起死回生の一手は……
俺は不本意に、手に握っている杖を強く握りしめた。
その時突然、杖が赤黒く発光した。
杖は次第に熱を帯びだし、カイロのようにほんのりとした温かさが手の甲に伝わる。
「あれ…? このヒビ、なにか……」
熱が帯びだしたと同時に杖にヒビが入った。そして、そのヒビは規則的に広がり続け、楔形の字形のようなもの、文字列へと変貌した。
それは紛うことなき文字だった。魔法の呪文か?
なぜここにそれが文字が書かれているのかは分からない。
しかしそれが今になってここに浮かび上がったので、俺はこの文字が魔法の呪文で あることに託すしかなかった。
元の体の影響だろうか、なぜだか文字の発音は頭に浮かび上がった。
しかし、その意味は分からない。
でも、何も考えることはないのだ。考えている余裕はない。
足を止め、もう一度杖をマーシュへと構える。
もしこの呪文の魔法が取るに足りないものになるかもしれない。
でもそんな「もしならば」を思う時間もなかった。
しかし、それの「もしならば」を思う余裕がなかったのはマーシュもである。
マーシュは、この少女がこれから発現しようとしていた魔法の出力が、少女の憎悪と殺気と希望が混ざった目の気迫と、自分が使った時は基礎魔法すらままならなかったあの杖が変貌し発光している異常さの二点から、先の爆発魔法の比ではないと察知していた。
もはや少女に魔法を唱える隙を与えてはいけない。
マーシュの経験と本能は、少女を侮るその態度を払拭した。
「もう出し惜しみは無しだ。残念ながら俺はここで怪我を負って魔女の呪いで苦しみたくはない。
マーシュは指を鳴らしながら人差し指を少女に向け、そう言った。
「動くな? マーシュ、お前こそ唇噛んで止まっとけ」
だがしかし、この少女に発動はしなかったのだ。
「何ィ!? なぜ服従命令が発動しない……!? 有り得ない。なぜ急に、そんな、魔力量が突然増えるなんてことがない限り……いや―――まさかあいつ……!?」
マーシュがペラペラと喋っている間、俺は意志を集中させた。
セイラさんのような人達が報われない世界。
何気ない日常を真当に過ごして笑うことさえできないのか?
そんなのは嫌だ。
これは平和ボケした前世の価値観で、ただの理想だ。
でも俺は自分の自由意志と、良心を尊重する。
こいつを絶対に許さない。そして決してセイラに傷つけさせる訳にはいかない。
俺は歯を食いしばった。そして緩め口を開いた。
「
呪文を唱えたとともに、杖先から自分の身長の二倍、いや何倍以上もある巨大な爆炎がマーシュめがけて放たれた。
勢いは衰えることがなくマーシュへと炎の波は押し寄せてくる。
「何なんだよォおぉ!
マーシュの目の前に炎を遮るかのように障壁が展開され、両者を隔てる。
が、障壁を薄氷のごとく炎によって押し割られた。隔たりは崩壊する。
そしてもう、マーシュが障壁魔法をこれ以上展開することができないことは当の本人がしっかりと理解していた。
「障壁が砕けただァ!? ば、このマーシュ様がッ、奴隷魔女如きに敗北するなんて、敗けるなんてェ…あり得…――!!」
マーシュは断末魔を叫びながら、業火の光明へと飲まれていった。
そして、暗黒街は鈍い爆発の衝撃音だけが同心円状に反響しているだけだった。
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