第13話 鉢植えと花壇
純粋な花の精ではない。不純な花の精ってなんだ?
「……ごめん。最初からわからない」
「だよな」
沈黙が流れた。誠が頭を悩ませているのがはっきりと見て取れた。
「グレた花の精? 清くない花の精? いかがわしい花の精? 混ざっている花の精? やましい花の精?」
「それだ!」
「え、どれ?」
「混ざっている」
「何が?」
「人間」
「……」
誠はいたってまじめに話している。僕からすれば、かなりのホラーだ。
「人の想いとか、恨みつらみとか執念だとか、そういうものが大きくなって花にくっついて形になってしまったのが四兄弟だと思うんだ」
「……そんなのが見えちゃっていたの? でも、四兄弟もキクちゃんも怖いというより爽やかな感じだったけれど。家で怪奇現象なんて起きなかったし」
「別にお前やこの家が呪われているわけじゃないだろ。四兄弟は、この家の庭に残されたからここに現れただけだ」
前に住んでいた人の想いが、花にくっついたのか……。
「大家が知っている個人情報だから詳しくは話せないけれど、前の借主は家族でここに二月まで住んでいたんだ。その一人が、スーパーの花売り場によく行っていたらしい。これは婆ちゃん情報だ。鉢植えとかを買って、花が終わったら庭に植えていたんじゃないかな」
「植木鉢から出したままっぽいボコボコが花壇にたくさんあったけれど、あれが全部そうなの? たぶんフリージアたちだけじゃなかったよ」
「枯れたのも多かっただろ? 元々花への興味や知識があったとは思えない。花売り場に花を卸す業者に教えてもらって、とりあえず植えただけだろう」
「前に草取りした時、適当に埋めてあるってマコちゃん怒っていたよね。空き家だった間はマコちゃんが庭の手入れをしていたんでしょう? その時は花壇のデコボコに気づかなかったの?」
「花壇には近づけなかった。お前もアガパンサスが咲く頃に、四人目が出てくるのを見ただろう? フリージアとガーベラ、ビオラは丁度花の時期で、三兄弟がぼんやり見え始めていたんだ」
「それは近づきたくないな」
僕は、薄く人型の煙が立ちのぼる光景を想像してしまった。誠もやっぱり怖かったということだよな。
「僕、前の借主さんは花好きの人なんだと思っていたけれど。違ったのか」
「好きだったのは花じゃなくて、花売り場の業者だろ。たぶん、お前が見たニッコウキスゲだよ」
「あのお兄さんか……」
だから同じ顔だったのか。同じ作業着で、同じ爽やかマッチョで……。
「わかる。なんだか優しそうでモテそうだった」
「そこか。まあ、確かにモテそうだな」
誠は苦笑していた。
「だけど、それだけ花売り場に通っていたら、直接お兄さんと何度も話すでしょ? 執念とか想いとか溜め込むかな?」
「ここの住人の性格なんて知らない。でも、直接会って頻繁に花を買って、それでもただの客として話すだけだったら想いを募らせてもおかしくはないかもな」
「あのお兄さん、配送はいつも朝十時だったと思うよ。その時間に合わせてちょくちょく通って、鉢植えを買って、でもあんまり話せなくてって。内気で一途で健気で想いの強い子だったのかな。そういうの、かわいいよね」
「女とは言っていない」
「違うの? まあ、どっちでも健気でかわいいと思うよ」
「かわいいか? あんなに適当に庭に植えて世話もしないで。あれで根が張るわけないだろ」
誠は本気で怒っていた。人間より花に同情しているのか。
「とにかく、花を買う住人の想いはどんどん強くなるが、業者には通じていない。花を見ては業者を想う。相当の執着だな」
「……なんだか怪談じみてきたんですけど」
「怪談だ。結果、異常な執着が花を媒体にして人の形になってしまった。それがフリージアたち四兄弟だろうな」
「それって、いわゆる生霊っていうヤツでは……」
「基本は花なんだ。花の近く、この敷地内にしか現れないだろう? 住人は引っ越してしまったが、残された花には念みたいなものがこもり続けている。俺たちにはっきりと姿が見えたのは、花が咲いている間だけだったけどな」
「じゃあ、花の咲く時期が違う四兄弟が揃って消えたのはなんでだろう」
「住人が花壇の花の存在を忘れ去ったか、業者への想いが消えたかじゃないのか? 一度消えて、住人も引っ越したんだ。もう現れることはないだろう」
「お兄さんへの想いが通じて、花壇に残した花にくっついていた想いが消えた、とか?」
誠は変な顔で僕を見た。考えもしなかったという顔だ。
「一郎は、優しいんだな」
全然そんなこと思っていなさそうだけれど、言われてちょっと嬉しかった。
「ねえ、マコちゃん。人の形になって現れたフリージアたちに、意識みたいなものはなかったのかな? フリージアたちはいつもひなたぼっこしていたよ? 空を見て、たまに僕と目が合ったりもしたよ」
「花からすれば、人間に取り憑かれたようなものだろう? 花に意識があるのかどうかわからないけれど、花の本体と人間の念が混ざったなら、花の動きをする人間くらい出来上がるんじゃないのか?」
「……花人間。怖っ。花の精の方が夢があって良かったな」
誠は笑っていた。僕は全然笑えなかった。花の精が見えるのと、生霊もどきが見えるのとでは怖さのレベルが違う気がした。
「あれ? でもあのお兄さん、なんでニッコウキスゲって名乗ったんだろう?」
「台車を押していたんだよな。何が乗っていた?」
「え、と……切り花とか鉢植えとか」
「そこに黄色い花はあったか?」
「うーん、たぶん沢山あった」
「ニッコウキスゲっていうのは、今からが時期の花なんだ。黄色で、形はまあフリージアに似ていなくもない。お前なら余裕で間違える」
「僕が台車の花をフリージアだと言ったと思われたのか」
「花の業者と四兄弟が同じ姿だとお前が確認してくれたお陰で、推測は確信に変わった」
僕はすっかり納得していた。とにかくあのお兄さんがちゃんと人間なら安心だ。
「マコちゃん、ありがとう。これで安心してスーパーに行ける」
「良かったな」
「うん……」
四兄弟に関しては、確かに納得したし安心もした。だからこそ、気になることがある。
誠もわかっているのだろう。適当に流してはぐらかすようないつもの飄々とした雰囲気の中に、どこか緊張感があった。
「あのさ、前に言っていた『花壇の花は弱い』って、念が弱いっていうことなんだよね?」
「まあ、そんなところだ」
「キクちゃんは、強いの?」
僕は思いきって訊いてみた。
誠は少し迷うような、困った顔で僕を見た。四兄弟の話をする前の迷い方とは違う。僕は、聞いてはいけないことに踏み込んでしまったのか。
「キクは、花壇の花たちよりも前から消えることなく存在し続けている。花の時期以外もずっとあの姿だ。俺たちと話すこともできる。本体である菊自体がとても強い植物だから、念が強いのか植物の生命力で強いのかはわからない。強いのは確かだな」
念がこもっているなら、菊を植えた誠以外にはありえない。誠の強い想いが菊にくっついているということだ。
「マコちゃんは?」
「俺?」
「タンポポなんだろう? 強いの?」
いつもの調子で訊いてみた。冗談が言いたかったわけではない。重たい空気が怖くなった。ただ、それだけだった。
「……俺は弱いよ。いつ消えてもおかしくないくらい弱い」
誠は、わずかも笑っていなかった。真っ直ぐに僕を見つめて、淡々とそう言った。
「あの、僕……」
言いたくないことを言わせた?
僕の言葉を遮って、今度は誠が僕をからかうように言った。
「じゃあ、ついでに。もうひとつ怪談をしようか?」
「え?」
「キクの話だ」
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